「チャーリー・バロット。どういうことか、説明してもらおうか」
洋館……というよりは城の中と言った方がしっくりと来る部屋。
舞踏会でもできそうなほど広く、自分の顔が写るほど磨きぬかれている大理石の床は傷一つ無い。
部屋の中央を縦断するように赤く四角い絨毯が敷かれていて、その先には段差があって玉座が鎮座されている。
この部屋には四つの太い、白い柱と絨毯と玉座しかない。
まるで中世の王の間というのが一番しっくりするかもしれない。
その玉座に頬杖をつきながら座って、こちらを見下ろすアメリアの声は凛と通る反面、冷たく響いた。
享年十七歳というには、大人びた顔で若干のつり目は普通にしていても、どこか威圧感がある。
「聞こえなかったのか、チャーリー・バロット」
「あー、いや……」
なんで、名指しなんだ?
僕の周りにはゾンビ達、三十二体が並んで体育座りしている。
その中でも目立たないように、臭いのを我慢して真ん中よりやや後ろにいたというのに……。
「取り敢えず、あたしの前に来い」
アメリアが足を組みかえると、スリットから見える太ももが艶かしく光り輝いた。
……とても、死体とは思えないほど艶がある。
しかも、今日は白い、チャイナドレスのような服を着ているのでボディラインがはっきりと分かる。
見事なボンキュッボンだ。
生きていた……いや、元の世界にいたときでも、これほどのプロポーションの女の人は生で見たことはなかった。
「アメリア様のおみ足だ!」
「腐れ萌える!」
周りのゾンビ共のテンションが最高潮へ、一気に高まる。
「黙れ」
言葉で人を刺し殺せるのではないかというほど、冷たく鋭い声が響いた。
あれほど盛り上がっていたゾンビたちが水を打ったように静まる。
「聞こえなかったのか、チャーリー・バロット。あたしの前に来いと言ったのだ」
腰まである長い金髪を細く白い手で梳きながら、再度、僕を指名してくる。
「ヤベエ! アメリア様の首筋見えた! 俺、もう死んでもいい!」
「バカ! 肩の方がエロいって!」
「いや、鎖骨だ!」
再び盛り上がり始めるゾンビを一瞥したアメリアは、人差し指をすっと上げた。
その指の上に半径一センチほどの光の玉が発現する。
アメリアはその玉をゾンビたちのいる中心へと飛ばす。
同時に爆発が起こり、ゾンビたちの体が弾けた。
「ぎゃー!」
「頭が吹っ飛んだ!」
「誰か、俺の目玉探してくれ! って、お前、今踏んづけただろ!」
阿鼻叫喚。
大惨事。
まさしく、そこには地獄絵図が広がっていた。
「ご、ご褒美もらっちゃった……」
中には体を小さくビクビク震わせながら、気持ち悪い笑みを浮かべている奴もいる。
「あたしはあまり気が長くないぞ」
「はいはい……」
これ以上、待たせたらなにをするか分からない。
仕方ない……。
僕は諦めて立ち上がり、アメリアの前に立つ。
「うむ。で? これはなんだ?」
僕が呼ばれるままにやって来たことに一瞬満足そうな表情をするが、それも儚く消える。
アメリアは眉間にしわを寄せ、まるで汚物を見るような目で僕を見た。
そして、玉座の横に置いてあるダンボールに視線を移す。
「なにって……。防腐剤だろ」
ダンボールの中には小分けした防腐剤が大量に積まれていて、溢れんばかりの状態だ。
「チャーリー・バロット。言葉の使い方には気をつけろと何回言わせる気だ?」
「敬語は苦手なもんで」
肩をすくめて見せると、後ろでゾンビたちが「バカ、殺されるぞ!」とか「一人だけご褒美もらうつもりだ、ずるぞ!」とか様々な声が聞こえてくる。
ゾンビたちの心配をよそに、アメリアは鼻で小さく笑う。
「ふん。まあ、いい。もう一度聞くぞ。これはなんだ?」
「だから、防腐剤だろ」
「聞いているのは、そういうことではない。なぜ、こんなに余っているのかということだ」
「なんでって……。渡せなかったから、仕方ないだろ」
「なるほど……。あたしの記憶違いなら言ってほしい。一日五百人は死者を集めてこいと命令し、貴様はそれを了承したはずだが?」
「記憶違いだ」
「黙れ」
「おうっ!」
いきなり腹を殴られたことで力が抜け、床に両膝を打ち付ける。
頭の位置が低くなったことでアメリアは右足を上げ、白いハイヒールで僕の顔を踏みつけてくる。
頬が痛い。
ヒールが食い込んでるぞ。
穴が開くからやめて欲しい。
「あたしが聞きたい言葉は謝罪であって、言い訳ではない」
「も、もう少しで見えるのに……」
「アメリア様、もう少し足をお上げください!」
後ろでゾンビたちが一斉に右側に移動する音が聞こえた。
確かに足を上げたことで、スリットの奥が見えそうという状態になっている。
このエロゾンビ共!
僕が今、踏まれているのはお前らのせいでもあるんだぞ!
けどまあ、僕は紳士だ。
この場であいつらのせいにするなんて、下衆な真似はしない。
ここは素直に謝っておく。
大人だなぁ、僕は。
「す……すいません……でしたか
「まあ、謝ったところで許す気はないが」
もう、どうしようもない下衆で、ハンパないドS女だった。
ちくしょう。やっぱりゾンビたちのせいにすりゃよかった。
「こ、この世界に来る新人は一日平均で十人足らずだ。五百なんて無理に決まってんだろ」
「それをどうにかするのが、お前の仕事だ」
「そもそも、うちの墓地の入居者が減少しているのはアメリアの性格が噂になってることが原因だぞ」
「ペラペラとよく動く口だな。もういい。考える気がないなら、その腐った脳みそを差し出せ。野犬の餌にしてやる」
「ぼ、僕の脳みそは腐ってない」
必死の抵抗をしている中、後ろでは「仕方ねえか……」「出せって言うなら……」という声と同時にパカッという音がする。
振り返ると、ゾンビたちが自分の脳みそを取り出して手のひらに乗せ、アメリアに差し出そうと歩いてくる。
「汚い」
手のひらをゾンビたちにむけ、光の玉を撃つ。ゾンビたちの悲鳴や歓喜の声が部屋中にこだまする。
「貴様の反抗癖は一向に治らないな。まさか、まだあたしに何か不満があるのではあるまいな?」
「顔を踏まれて喜べるほど、僕は変態でもないし腐ってもいない」
「いい加減学習したらどうだ。貴様は私の支配下、下僕――所有物だ」
「僕は確かにお前の部下だが、お前の物になったわけではないと一万回は言ったはずだ」
「ふん、戯けが。何度言われようが、それに納得しないと二万回は言ったはずだぞ」
「くそっ! 偉そうに、ふんぞりかえりやがって……」
「当たり前だ。あたしは偉い。この墓地で一、番、偉い。彷徨う貴様を助けてやったのは、このあたしだ。貴様の行動はすべてあたしが決める。それが君主である者の特権だからだ。いい加減理解しろ」
「例え、僕の脳みそが腐っても無理だ」
「……なにも聞こえんな。もう一度聞く。あたしになにか不服があるのか?」
グリッと頬にヒールがくい込む。
そろそろ、頬に大きな穴が開きそうだ。
マジで、ホント止めてくれ。
「……ありません」
「うむ。宜しい。貴様はいつまでも純真無垢な下僕でいればいい」
満足そうに笑みを浮かべて、ようやく踏みつけるのを止めてくれた。
同時に後ろからがっかりするようなため息が聞こえてくる。
お前らと違って、僕は痛覚があるんだ。
痛かったんだぞ。……ちくしょう!
早くあの#鍵__・__#を手に入れて、この世界から脱出してやる!
「次、ニナ・ローツ。墓守の報告を」
玉座に座り、肘掛に肘を乗せて頬杖をついて足を組む。
最初と同じ態勢で右端の白い柱の方へ視線を向けた。
「は、はい……」
柱の影から、ニナと呼ばれた女の子がひょっこりと顔を出す。
赤茶色の長い髪をツインテールにまとめ、クリッとした大きな瞳をした女の子はメイド服を着ている。
ゾンビとは違い、僕やアメリアと同じようにかなり#生体__・__#に近い。
体つきはアメリアと真逆な感じで、ほっそりとしている。
顔もまたアメリアと逆で、同じ十七なのにつぶらな目と小さい顔のせいで随分と幼く見える。
「え、えっと……その……」
極度に緊張しているのか、顔を真っ赤にしながらニナは体を小さく震わせる。
やばいな。このままだと……。
――やがて。
「はうっ!」
パタリとその場に倒れ、気絶してしまう。
やっぱり。
その様子を見て、アメリアが大きくため息をついた。
「後で、報告書であげるように言っておけ」
そう言い残してアメリアは部屋から出ていく。
窓から見える外の風景に白みがかかる。
もうすぐ夜明け。
ゾンビたちにとっての眠りの時間だ。