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第41話 カレー作り2

「って言ってたけど、アイツほんとに料理なんてできんのか? 全くそんなイメージ無いんだが」


「まあ、あんだけデカい啖呵切るくらいだから大丈夫じゃね? 少なくとも俺らよりはできるんだろ」


 一旦席から離れ、人が群がる水道で野菜を濯ぐ。


 具材はじゃがいも、にんじん、たまねぎだ。四人分の支給品だからそれなりに量が多い。たくさん運動してお腹すいてるし、早く洗って戻りたいな。


「てかよくよく考えたら絶対白坂の方が料理できるよな。毎日お前に愛妻弁当作ってるくらいだし」


「あ、愛妻!? やめろよ……」


「うわあ、男の赤面需要無えー」


 っていうか、そうか。大和は葵のお弁当がお母さんと一緒に作ってるものだってことは知らないんだもんな。そりゃそう思って当然か。


 けど実際は、なんとか必死に日々努力で作ってくれているのだ。たまに指に絆創膏が巻かれている時もあるし、大和の想像している料理上手とまではいかないと思うけどな。


「そういやお前はどうなんだよ晴翔。料理とかすんのか?」


「……最後にしたのは中学の調理実習だな」


「それ中ニの時だろ。つまり丸二年以上は包丁にすら触れてないと」


「みんな普通はそんなもんだと思うけどなあ。高一で母親に頼らず自炊してる奴なんかいんのか?」


「ま、それはそうだな。男子なら尚更」


 うちでは料理は全部母さん任せだ。


 なんというかこう……手伝おうかと思ったことはあるが、もう何年も主婦をやっている母さんの料理の腕を見ていると、逆に邪魔になる気がして。結局全部任せっきりにしてしまっている。


 そういえば葵も、そうだったと言っていた気がするな。最近はもっと上手になりたいからと朝のお弁当作りだけではなく夜ご飯のお手伝いをたまにすることで、お母さんから技術を盗もうとしてるんだとか。「もっともっと練習して、美味しいのたくさん食べさせてやるからな!」と言われた時は正直かなりキュンとした。


「とりあえずうちの班の希望の星は白坂ってこったな。男二人は使いもんにならないし、中月も……まあグレーゾーンな気がするし」


「そ、そうだな」


 あれ、この班大丈夫か……?


 仮に主戦力を葵とするなら、包丁の扱いや味付けまで任せることがほぼほぼ確定する。さっきも中月の言葉に明らかに動揺していたし、なんかちょっと不安になったてきたな。他の班から誰か追加招集でもするか?


 なんて、そんなことを考えながら野菜を洗い続けていると、やがて全てを洗い終えて。綺麗になったそれらを新しいビニール袋に入れて、水道から離れる。


 ま、まあなんだ。カレーなんてのは多分鍋にルーと具材を入れて煮込むだけなわけだから、そうそう不味い仕上がりにはならないだろう。野菜なんてちょっと切り方歪でも味は同じわけだし。……うん、きっと大丈夫なはずだ。


「よし、こんなもんだろ。戻って女子組のお手並み拝見といこうじゃねえか」


 中月が失敗する姿を想像しているのだろうか。どこかニヤついた表情を見せる大和の背後で、俺の心は気付けば心配一色に染め上げられていた。


◇◇◇◇


 トンッ。トントントントン。シャッ。


「「……」」


 周りの班から様々な調理音や会話が耳に届く中、目の前の調理台からそれはそれは綺麗な音を立てる女子が一人。


「葵〜、玉ねぎの芽先に取っといてくんない? 私もにんじん切り終わったらすぐ手伝うから〜」


「お、おぉ。任せろっ!」


 大和が隣でぽかんと口を開けている。


 分かるぞ、その気持ち。まさかこうなるとは思ってもみなかった。


(中月のやつ、めちゃくちゃ手際いいな……)


 俺たちの班の希望は葵。その認識には違和感を覚えたかものだが、かと言って中月がそのポジションになり得るとは全く思っていなかった。せめて良くても葵と同等くらいか、と。


 しかし蓋を開けてみれば、彼女の手腕は手伝うことすらできないほどな母さんのあれだ。コイツ、まさか本当に料理上手だったとは……。


「ふふん、どうせド変態組は私の料理の腕前ナメてたんでしょ〜。言っとくけど私、大抵の料理ならヨユーで作れるからね?」


「ば、馬鹿な……あの中月だぞ……?」


「悔しいけど、これだけのものを見せつけられたら認めざるを得ないよな。野菜切るのすっげえ速い上に上手いし」


 包丁ですぐににんじんの皮を剥き、そのままどんどん輪切りにしていく。


 まな板の上では抑える手が完璧に猫の手を形作っており、見ていてとても安全である。そのうえ四人分のにんじんをあっという間に切り終えてしまう手際の良さまで携えているのだから大したものだ。とてもじゃないがそれをしているのが中月だというのが今だに信じられない。


 いやまあ、確かに中月は運動以外はそつなくこなすイメージはあったけども。やっぱり正直言って料理ができるというのはかなり意外だ。


「よい、しょ……うんしょ……」


「……」


 それに比べて、葵のぎこちなさたるや。


 お前どの立場で二人を比べてんだって話ではあるけどな? 間違いなく俺が同じことをしても葵のあの速度を超えることはないだろうし、ほぼほぼモタつくのは確定なんだけども。


 それでも目の前で二人の調理風景をマジマジと見ていると、やっぱり差が歴然というか。葵が玉ねぎ二個の芽を取り終えるまでの間に中月の方は全てのにんじんを切り終えて、ルーを入れて既に弱火で煮込み始めている鍋に投入していた。


「あ、えと……俺らもなんか手伝おうか?」


「ん〜? じゃあお鍋の火見てて。じゃがいもの皮剥きできるならしてほしいけど、できる?」


「あ、はい。責任持って火の番させていただきます」


「ぐぬ……なんだこの屈辱感。なんだ、これえ……」


 もう、この班のカレー作りにおける序列は誰の目から見ても明らかであった。


 俺たちでは何も手伝えることはない。唯一できることと言えば、あのギャル先輩の足を引っ張らないよう隅っこにいることだけだろう。遅くとも仕事はできている葵も、カーストで言えば俺たちより随分上ではあるが。俺たちを庶民とするなら、葵は貴族。中月はその更に上の上にいる王様といったところか。


「あ、大和はごはんよそったり食器類用意したりしといて〜。働かざるもの食うべからず、なんでしょ? ちゃんと働いてよね〜♪」


「あっ、ぐ……ぅ……」



 庶民は、王様には逆らえない。

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