パフェを注文し、待つこと数分。
「お待たせ致しました。こちら、桃の果実パフェになります」
「わぁ! 見ろ晴翔、めっちゃ美味そう!!」
「だな。しかも想像してたより結構でかい、し……」
ででどんっ、と値段の割にビッグサイズで現れたそれを見つめていると、俺の脳内に電流が走った。
とても美味しそうなパフェだ。白いクリームとピンク色のシロップ、そして満天の桃。きっと中にもゴロゴロと入っているのだろうが、なんとパフェの上部には小さな桃を半分に切ってそのまま乗せたのであろう果実の塊まで。本当、凄いな。
(凄く……お尻だな……)
いや、これは俺は悪くないと思うんだよな。桃が悪いだろ、流石に。
半分に切った桃をそのまま使ってるもんだから、真ん中にある割れ目とそれを境界線として左右に広がる丸みがなんとも芸術的にお尻を彫刻している。なんだよ、最高か? もはやこれお尻パフェだろ。かぶりつくどころかしゃぶりつくぞ?
「……お前写真撮るの禁止な」
「へ、変なことなんて考えてないですけど。ええ、決して」
「じゃあ上の桃、最初に一口で食っていいか?」
「はぁ!? おま、こんな芸術品をーーーーあっ」
「ほんとブレないな、そういうところ」
あっれぇ? さっきまで砂糖オーラドバドバでラブコメヒロインの顔してたくせに、気づけば呆れ顔になってるんですけど。おかしいな、さっきまでは直視できなかったのに、今の表情は見覚えがありすぎてもはや安心するまである。あ、決して俺にそういう女子からドン引きされた顔が好きとかいう性癖があるわけではなく。
「ま、別にいいけどさ。はいチーズ」
「へ? ちょ、いきなり?」
「ド変態が桃パフェに発情してる写真完成〜。夜瑠と大和のいるグループに送ってやろっと」
「ばか、やめろ!? ただでさえいつもなじられまくってるのに!!」
「へへ、嘘だよ。この写真は私だけのもんだからな」
カチャカチャ、とパフェスプーンを取り出しながら。葵はどこか嬉しそうに言う。
桃パフェに発情してるて。凄いレッテルを貼られてしまったもんだな……いやまあ、あれをお尻に見立ててしまった時点で発情と言い切れなくもないのかもしれないけども。
「……って、あれ? 葵さん? 俺の分のスプーンは取ってくれないんですか?」
「ん? いらないだろ」
「いりますけど……? あ、おま。何隠してんだよ」
「桃に発情するド変態にスプーンはあげませーん」
な、なんだと。スプーン無しでどうやって食えと。まさか俺だけ口か? 多分凄い絵面になるうえ周りからも葵まで変な目で見られると思うから絶対にやめた方がいいと思うけどな。いやマジで。
「パフェ、欲しいか?」
「もちろん。え、まさかここまで来てお預け?」
「ん〜や。スプーンはあげないけどいっぱい食べていいぞ。ただしーーーー」
「? っっつ!?」
「はい、あ〜んっ♡」
ニヤり、と小悪魔のような表情を浮かべた葵は、細長いパフェスプーンの先端でパフェを掬い、俺の前に差し出す。
「スプーンもはんぶんこ、な」
「な、何言ってんだよ。あーんなんて受けないぞ。周りに人もいるし」
「じゃあ私が食べよっと」
「あっ!」
ひょい、ぱくっ。
差し出してきていたスプーンの先端をそう言って自分のもとへ戻すと、一口。乗っていた桃のシロップたっぷりなクリームを美味しそうに食べて見せつける。
「観念しろよ。冷たくておいし〜いパフェ、このままだと私が全部食べちゃうぞ?」
「ぬぐっ……」
元々これが目的で一つのパフェをはんぶんこすることを提案してきたのか、それとも今咄嗟に思いついて実行に移しているのか。
真意は定かではない。とういか、そんなことはどうでもいいのだ。
問題なのはーーーー
(あ、あ〜んで食べさせあいっこ、なんて……そんなの、もう完全にカップルがやることだろ……)
俺たちはもうただの幼なじみではない。そのような関係は俺が告白をした時、すでに破綻しているのだ。
言うなれば今の状態は″幼なじみ以上恋人未満″。もう一度告白をさせてもらう約束をしているわけだから、葵がきっと俺のことを、その……多分、一人の男として見てくれているのであろうことは重々承知している。
そしてそれは俺も同じ。そんな相手とこんな……こんなことを……ッ!!
「ほい、セカンドチャンスだ。次は桃の果肉入り」
「っ……」
銀色のスプーンがクリームの水分に浸されて光沢を帯びながら、再び俺の前へと現れる。
しかも今度は、明確に葵が口を付けたものへと変貌したわけだ。明確な間接キスである。
ドキッ、と。不覚にも心の臓が跳ねた。
きっと昔ならこんなこと、簡単にできていたのに。多少恥ずかしいと言う感情はあっても、所詮は幼なじみだからと。その一言で済ませられていたはずなのに。
葵を女の子だとーーーー一人の異性だと感じ始めてからは、こんなこともできないでいる。
「タイムアップ。この意気地なしめ」
「あっ……」
「ん〜〜っ! んまっ!!」
このままで、本当にいいのか?
違う。俺はもう、葵とどうなりたいかは決めたはずだ。恥ずかしい? そんなの、″嬉しい″の前に比べたらーーーー
「ではでは、次がラストにしましょうかねえ。はい、あ〜〜」
「んッッ!!」
「ひゃへっ!?」
葵と恋人のようにあ〜んをし合って、一つのパフェを食べる、そんな、誰が見ても明らかな幸福すぎる行為を自覚した瞬間。俺の身体は条件反射のように素早く動き、スプーンの先端を口に咥えていた。
甘い。舌に触れた瞬間溶け出すクリームと、柔らかながらもしっかりと存在を主張する果肉。パフェスプーンたった一杯分のそれだかで、口内に幸せが広がっていく。
「何変な声出してんだよ。あ〜んされたから食べただけだろ?」
「へ、変な声なんて出してねえ! ただその、いきなりだったからびっくりしただけ、だっつの……」
きっと葵の中の想定では俺が食いつくことはないと決めつけられていたのだろう。不意を突かれたという様子で咄嗟にスプーンから手を離したかと思えば、徐々に耳から頬までが赤く染まっていく。
「美味いな、これ。ってどうした? 顔赤いぞ?」
「は、はあ!? 赤くない!!」
「いーや赤いぞ。とりあえずパフェでも食べて落ち着けよ」
あ〜んという行為は、する側よりもされる側の方が圧倒的に恥ずかしいものだ。
きっとそれは葵も理解していたはず。理解していたからこそ、あんな煽り方をした。
そしてその結果、今スプーンは俺の手元にある。替えは全部葵が隠しているから、他のを用意しようと思えばいくらでもできるだろうけど。もし、俺と同じようにーーーーこのパフェを恋人のように食べたいという想いがあるのならば。
「はい、あ〜ん」
俺からも、全く同じことをさせてもらうとしよう。葵にも目一杯、楽しんでもらうために。