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第33話 こもれび

 葵に言われるがまま、ベンチを離れる。


 クラス遊びはあくまで任意での参加だ。よくよく考えればさっきのドッヂボールも何人かいなかった気がするし。多分食後だからと最初は不参加にした者や、はじめからシンプルに運動に対するモチベーションが無くてサボっている奴もいたのだろう。


(ま、葵が突然いなくなるってのはそれらとは目立ち方が違い過ぎる気がするけど……)


「ほら晴翔、こっちだこっち。もうちょっとだぞー」


「へいへい」


 ぎゅっ、と強く握られた左手から引っ張られ、しばらく。芝生広場からバーベキュー場に戻り、更にその少し先。そこにはコテージのようなものがあった。


 木製で少し古めの外壁だ。「こもれび」と看板に名前の書いてあるそこには、自販機が数台。中を少し覗いてみるとカフェのようになっている。俺たちと同じ一年生の生徒も何人かいた。


「なんだここ。カフェ……?」


「カフェというか、休憩所というか。バスで来た時はここを通らなかったからあんまり人は来てないけど、やっぱり何人かはいるか。まあ調べたら簡単に出てくるしな」


「葵も調べたのか?」


「ま、まあ……な。晴翔と来れたらいいな、って」


 かぁっ。葵の耳がほんのりと赤く染まる。


 こんな所にこんな店があるとは全く知らなかった。明日の自由時間はこのバーベキュー場からバスで少し移動した先で行われるわけだし。当然その先に何があるのかとかは調べてたが、ここでは完全にスケジュールにそって動くつもりでいたからな。完全にノーマークだった。


 中にいる奴らはやっぱり、サボりに来ているのだろうか。今の俺たちに周りの奴らをあまりどうこう言う筋合いは無いが。クラスの親睦を深めるという名目で組まれたクラス遊びの時間な訳だから、ずっとここにいることを先生に見つかったら怒られそうだな。


「と、とりあえず入ろ。中なら空調効いてて外より涼しいだろうし」


「そうだな。せっかく葵が俺と来たいって調べてくれた店だし、入らないわけにはいかないか」


「ちょっ!? う、うううるさいな! なんかその言い方だと私が一人で盛り上がりまくってた見たいだろ!!」


「違うのか?」


「……ち、違くはない、けど」


「素直でよろしい」


 純粋に嬉しかった。


 分かってはいたことだ。葵がこの校外学習を楽しみにしていたことくらい。こんな言い方は少し自意識過剰かもしれないけれど、俺と一緒に何かをする時間を求めてくれていたことも、ちゃんと分かってる。


 だから、俺からはーーーー


「行くか。あんまり時間も無いだろうし」


「う、うん」


 ポカポカと暖かい葵の手のひらを、ぎゅっ、と握る。


 葵が俺と行くために調べてくれていたカフェ、か。一体どんな所なのだろう。なにか甘いものが食べたいな。甘味があればこの疲れもよく癒せそうだ。


 俺が手に込める力を強くした瞬間、葵はボッと茹蛸のように顔を赤くしたが、気づかないふりをして。扉を引く。


 空調による涼しい風が皮膚に当たり、途端に身体が微かに冷えたが……この身体の熱を冷ましきるには、この程度ではまだまだ足りなさそうだ。


◇◇◇◇


「いらっしゃいませ。お二人様でよろしかったでしょうか?」


「はい。二人です」


「畏まりました。ではご案内いたしますね」


 俺たちを席まで案内してくれたウエイトレスさんは、見たところ二十代前半か……もしかしたら大学生さんなのではないかと思えるほどに若い女の人だった。


 店内の雰囲気としては完全におしゃれなカフェだ。置いてある小物やちょっとした植物、優しい色合いの装飾など、店内に映る全てがとにかく子綺麗で。街中にひっそりと営業している隠れた名店感がある。こういう所に入るのは初めてだから少しソワソワしてしまうな。


「こちらお冷やとお手拭きになります。ご注文お決まりになりましたらお声掛けください」


「ありがとうございます」


「あ、ありがとうございます……」


 テーブルの端にブックスタンドのような物で立てられているメニュー表もまたおしゃれだ。なんか本っぽいというか……あれだ。日記帳みたいな感じ。


「で、葵さん? いつまで顔赤くしてるんですか?」


「へっ!? そ。そんなに赤い……?」


「そりゃあもう。せっかくさっきは見て見ぬ振りしたのに。流石にその状態で正面に座られたらなあ」


「だ、誰のせいだと思ってんだよ。あんな……不意打ちみたいなことしやがって」


「さて、なんのことやら」


 メニュー表を手に取り、二人で見やすいよう横向きで広げる。


 勝手な偏見でこういうカフェにはコーヒーが大量にラインナップされているのかと思っていたが、どうやらここでは違うらしい。


 コーヒーもあるにはあるのだが、種類は二種類でアメリカンとエスプレッソのみ。その代わり、フルーツジュースやクリームソーダなど、どちらかと言えば甘い飲み物に種類が偏っていた。


(よく見たら周りのお客さん、うちの生徒も含めてほとんど女子だな。男子もいるにはいるけど彼女と来てる奴ばっかっぽいし。ここの客層って女の人が多いのか……)


 どおりで甘味のラインナップが強いはずだ。


 まあ女の人でも甘いものはあまり飲まないという人もいるかもしれないけど、多分ここまで偏ったのは売れ筋を見てのことなのだろう。実際に見渡してみて、テーブルの上にコーヒーカップがあるお客さんはごく僅かだ。


「へえ、デザートも結構いっぱいあるんだな。パフェにケーキ、手作りドーナツも。どれも美味そう」


「晴翔、案外甘いもの好きだもんな。舌もお子ちゃま気味だし」


「お前にだけは言われたくない」


「いや、でも晴翔コーヒー飲めないじゃん。私は飲めるもん」


「牛乳で薄めたら、だろ?」


「「……ぷはっ」」


 少し意地を張り合ってみたものの、結局はお互いにお子ちゃますぎて思わず同時に笑みが漏れた。


 かっこつけてアメリカンでも頼んでやろうかと思ったが、やめておこう。コイツには既に飲めないことがバレてるわけだからむしろ逆効果だ。無理しているとバレた状態でコーヒーを啜ることほどダサい行為もそう無い。


「葵のオススメ、教えてくれよ。事前にリサーチ済みだろ?」


「おま、それ擦り続けるつもりか!?」


「はは、ごめんて」


「ったく……」



 相変わらず、コイツといると居心地が良いな。


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