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第32話 ドッヂボール

「へっ。晴翔は私が守ってやんよ! そんでぜってえ勝つぞ!!」


「お、おお?」


 バーベキューが終わり、腹がパンパンなのにも関わらず、全員参加のクラス遊びが始まった。


 このスケジュール組んだ奴どう考えても人の心無いだろ。昼飯食わせた直後にドッヂボールとか正気の沙汰じゃない。しかもここから三時間もぶっ続けて。全部ドッヂじゃないとはいえ過密スケジュール過ぎるぞやっぱり。


 芝の上に角の目印となるマーカーを置き、二分化したクラスメイト達が各々簡易コートへと入っていく。


 ちなみに葵は同じチーム、大和と中月は相手チームだ。


 正直葵が味方な時点で負ける気はしないが……大和が敵というのは少々怖い。絶対アイツボール持ったら俺狙ってくるし。


「大和アンタ、私のことちゃんと守ってよね。ボール当てられるとかマジ嫌だから」


「はあ!? 自分の身ぐらい自分で守れや!!」


「……あれ見てもそんなこと言えるわけ?」


 先生の合図で、俺たちボールから試合が始まる。


 一番最初にボールを持ったのは葵。そして一瞬で投げる方向を男子連中が固まっている場所へ固定すると、大きくふりかぶってーーーー


「ドラァッッ!!」


 一閃。


 その気迫を体現するかのように目にも止まらぬ速度で空を切り裂いたボールは、一直線の軌道で男子二人をダブルアウトへ追い込む。


 その瞬間、このドッヂボールにおける序列は一瞬にして決定したのだった。


「私が当たったら死ぬでしょ、あれ。比喩抜きで」


「はは、奇遇だな。多分あれは俺でも死ぬ」


 葵は運動神経抜群だ。元バスケ部で現在もなお引き締まったその身体から放たれるその一撃はまさに凶器。みるみるうちに敵が減っていくと、やがて敵の戦意そのものが消え、闘争心は恐怖心へと塗り替えられる。


「おい葵、ちょっと手加減してやったらどうだ? これもはやリンチだぞ」


「あ〜ん? ったく、みんな軟弱すぎんだよ。ちょっとは骨のある奴……あっ♡」


「ひいっ!? 待て! 待て待て待て!! なんでこっちを向く!?」


「赤松ってえ、結構動けたよな?」


「い、一旦落ち着け。話をしよう! そうだ、こういう時は!!」


「ちょ、はあっ!? なんで私を前にすんの!? 大和! 男なら私のことちゃんと守ってよ!!」


「あれは違う、流石に無理だって! 普通の奴相手ならいいけどあの猛獣相手はマジで無理! ワンチャンお前相手なら手加減してくれるって可能性に賭けるしかない!!」


「ざっけんなあああああ!!!」


 わあ、地獄絵図。


 ほんと、コイツが味方でよかった。俺も二分の一でああなっていたと思うとゾッとするな。


「赤松か夜瑠か……どっちにするか悩ましいなあ」


「わ、わわ私と葵は親友でしょ!? ここは関係知的に薄い大和から始末すべきじゃない!?」


「始末!? い、いいのかよ白坂! 俺にはバスの座席を譲ったっていう多大なる恩があるだるお!? ここは手軽に当てれるこのクソギャルをだなーーーー」


「うっし! 面倒臭いから全力投球だ!!」


「「うぎゃああああッッ!?!?」」


 ひゅんっ。考えるのをやめた葵から放たれたボールは中月を捉えたーーーーかのように見えたが。


「かひゅっ……」


 すんでのところで身を捩った中月の腰を掠め、無慈悲にもボールは大和へ。ーーーー大和の大和へと、炸裂したのだった。


◇◇◇◇


「えっとその……なんかごめんな?」


「き、きききき気にすんなっ。ちょ、ちょっと死んだじいちゃんが手を振ってるところが見えただけだから……」


 ズルズルとコート外へ引っ張られた先でしばらく悶絶したのち、大和は戦闘不能状態となって瀕死状態だ。


 ちなみに葵はその直後不意を突かれて討伐された。なので今は大和の看病係兼外野である。


 一応ドッヂボールのルール上は外野から再び誰かを当てれば戻っては来れるのだが。今回のこれは試合が始まる前に行った一人以外はアウトになったらそこで終わりの特別ルール。結果的に一人の男の犠牲によってチームメイト一同は命拾いする結果となった。


「晴翔ー! 頑張れよーっ!!」


 が、がんばれと言われましても。自慢じゃないが俺は運動音痴なんだぞ。中月ほどではないものの、葵のように積極的にボールを当てに行けるような身体能力はしていない。


「よ、よしっ。みんなやっちゃえ! 葵がいなくなったら戦力九割減でしょ!!」


「「「「おおッ!!」」」」


 あ、ヤバい。完全に風向きが変わった。


 俺たちのチームは言わば葵のワンマン体制。誰がどれくらい強いのか定かではないものの、少なくとも勢いづき始めた相手チームには完全に気迫で負けてしまっている。


(これ、さてはさっきと真逆なことが始まるんじゃ……)


 葵が六人も当てて広げた差は、俺の悪い予想の的中と共に簡単に縮まっていく。


「うごっ」


「あべっ」


「おうっ」


 みるみるうちに仲間が減っていくその光景はまさに絶望そのもの。葵の抜けた穴を埋められる存在など、当然いるはずもなくーーーー


◇◆◇◆


「ったく、情けねえなあ。結局負けちまったじゃんかよお」


「……面目ない」


 結論から言おう、惨敗である。


 俺も結構粘りはしたものの、終盤で当てられてリタイアした。ここでかっこよく活躍して良いところを見せられるのは漫画の中の主人公だけ。現実なんてこんなもんだ。


「まあ簡単に当てられちまった私がとやかく言える立場じゃないんだけどなあ。一人くらい当ててほしかったってのが本音だけど」


「俺が球技あんまり得意じゃないの知ってるだろ。あれだ、俺は頭脳担当なんだよ」


「……晴翔ってそんなに頭良かったっけ?」


「やめろ。その正論パンチはボディーブローのようにジワジワと効いてくる」


 それにしても疲れた。やっぱり運動なんてもんは食後にするもんじゃないな。てかまだ三十分も経ってないのかよ。やっぱりスケジュールバグってね?


 なんて、そんなことを考えながらベンチでだれていると。クラスの奴らが次はサッカーボールを手に遊び始めた。元気すぎかよ。


「俺一旦休憩でいいや。葵は勿論サッカーしてくるだろ?」


「え? うーん……晴翔が行かないなら私もいいや」


「なんでだよ。気遣わなくてもいいのに」


 見たところ葵はまだまだ元気だ。ちょっとした運動でバテ始めてる俺とは違うだろうに。


「別に、そういうんじゃねえよ。サッカーはあんま得意じゃないから別にいいかなってだけ」


「……ふうん」


 まあ、葵がそれでいいなら別にいいけども。


(にしても……今日は結構暑いな。服、もうちょい薄着にすれば良かったか)


 まだ初夏にも入っていない春真っ只中。薄長袖でいいだろうと思っていたのだが、運動するとそれなりに汗もかく。袖を捲ったはいいものの、それでもまだ少し暑いくらいだった。


「なあ晴翔」


「ん〜?」


「暑くね?」


「暑いなあ」


「涼しいところ、行きたくね?」


「行きたいなあ。あるならだけど」


「じゃ、あったらついて来てくれるか?」


「そりゃ勿論。……ってお前、まさかここにいるのってそれが目的か?」


「へへっ。あったりい」


 どおりで。なにかここに一緒に残る訳があるんだろうとは思っていたけど、そういうことか。



「二人で……ちょっとだけ抜け出そうぜ」


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