『夏美……俺はお前のことが好きだ! ずっとずっと前から大好きだった! 俺と付き合ってくれ!!』
『っ……なら早くそう言いなさいよ。バカ……』
ドドンッ、と特大の打ち上げ花火が上がると、それを背景に涙を浮かべたヒロイン────夏美が主人公である青羽にキスをする。
一夏の様々な出来事を乗り越え、胸の内を明かしながら主人公が告白したラストシーン。キスの後夏美も昔から同じ気持ちを秘めていたことを語り、初々しくも付き合い始めた二人を背に物語は終幕。エンドロールが流れていく。
(普通に面白かったな……)
率直な感想だった。二人の幼なじみという関係性と、逆に近しい距離感にい続けたことでもう一歩関係性を縮めることに対する躊躇をよく表現できていたと思う。ヒロインが可愛いだけの駄作だと評価されずにそれなりのヒットを収めたのにはしっかりと理由があったということだ。
「っ……っはぁ……」
「? どうしたんだよ葵。なんか息上がってないか?」
「い、いや……正直甘すぎて胸焼けしてるというか。キュンッ、て。甘すぎる恋愛を見てたらドキドキが止まらなくなっちまってよ……」
胸焼け、か。まあ甘すぎたというのには同意見だな。
何より衝撃だったのはヒロインの子が昔は内気な性格だったということだ。ただとあるタイミングで主人公への好きを自覚し、逆にそこからはどう接したらいいのかが分からなくなって冷たく当たったりツンツンした態度を取ってしまう。しかもそれが原因ですれ違いまで起こったというのに……。最後には主人公が勇気を出して気持ちを伝えたおかげでその恐怖心から来る態度が消え、キスという形で好きを交換し合うというなんともアオハル全開な展開だった。胸焼けしてしまうのも無理はない。
「めっちゃくちゃよかった。夏美ちゃん可愛すぎるよぉ……」
「だなぁ。演技も神がかってたし。途中ちょっとこのままじゃヤバいんじゃないかってヒヤヒヤもあったんだけどな。最後の告白シーンの甘々でそんなのも全部持ってかれたわ」
「な! な〜っ!! ああ、やっぱり見てよかった。サブスクに追加されるまで我慢強く待った甲斐があったってもんだ……」
それにしても、だ。改めて再確認させられたことなのだが、やっぱりコイツの好きな作品ってめちゃくちゃ女の子なんだよな。
ベタなアオハル系の恋愛物語。どれもこれもハッピーエンドで終わる作品ばかりで、泣かされるというよりは乙女心をくすぐられて恋愛をしたくなる感じの。俺はこういう作品をあまり見ることはないけれど、やっぱりたまに見るとこう……グッと来るものがある。葵同様、頭の中は今「見てよかった」という気持ちと余韻でいっぱいだ。
「へへ……やっぱりこういうベタで王道な展開、大好きだわ。こういうのでいいんだよって思わせてくれるこの感じ。これを余韻として感じるのが醍醐味なんだよなぁ」
すげぇ分かる。分かるようになった。最高だ、アオハル恋愛。
「……」
じぃん、と未だに続く余韻に支配される中。そんな俺の横顔に視線が突き刺さる。
当然それは葵のもの。さっきまで浮かべていたイタズラな笑みや恥ずかしがる表情とは違う。
明るいが……静かな視線。
「私にもこんな恋愛、できるかな」
「え……?」
それは、葵の心の底にある願望が漏れ出たかのような言葉。突然のそれに驚いてしまった俺は、思わず変な声を上げて硬まってしまう。
こんな恋愛。葵がそう言ってついさっきまで俺と見ていたのはアオハル恋愛映画だ。こういうのを見たいと言う時点で葵の中には少なからずそういった乙女感情があることは分かっていたものの、まさかそれを俺の横で吐露するとは。
「人生で唯一告白してきた奴は、お尻が好きとか言う変態野郎だったしなぁ」
「う゛っ。だ、誰のことでしょうね」
それを言われると耳が痛い。
俺だって最低な告白だった自覚はあるさ。緊張のあまり心の中の欲望を全部曝け出した結果があれだ。正直反論こそするものの、変態だと言われても仕方ないと思う部分もある。
本当に申し訳ないことをした。葵がこんなに乙女的な恋愛をしたいと思っていたなら尚更だ。
でも、だからこそ……
「ま、別にいいけど。その誰かさんは私のことちゃんと全部好きになってからもう一回告白し直してくれるみたいだし? それまで待ってるよ」
「……おぅ」
確信に次ぐ確信。もう何度目かも分からない、俺に向けられた分かりやすい好意。その好意の正体が何なのか、それをこれっぽっちも感じれないようでは鈍感が過ぎるだろう。
大丈夫だ。そんなに待たせるつもりは無いから。あと少しだけ、待っててくれ……。
「っと……オイ晴翔、見ろよ外! いつの間にか周り大自然になってるぞ!!」
「ぅえ? あ、ほんとだ」
そういえばこの映画を見始める前、見終わる頃にはちょうど目的地に着く頃だって話をしてたっけ。
バスの窓から外を見ると、俺たちを乗せて今走っているところは完全に山の中。周りを見渡しても木々が生えているだけで民家の一つも見つからない。ただひたすらに自然の中を進んでいる。
「楽しみだな、バーベキュー。バスの座席くじでは全然違う所引いたけどよ、そっちの班は一緒だもん。楽しみすぎてお腹もペコペコだぜ〜」
バーベキューは八班構成。結局バス座席を決める時のように中月が手を回し、俺たち四人で班を構成できるよう結果を調節した。クラスメイトとくじを交換し人員を入れ替えていく作業を先生に一つも気取られる事なく行ってしまえるその手際はもはや職人の技である。
ちなみに補足しておくと、俺と葵は元々同じ班のくじを引いていた。だからその時点で沸き立っていた葵はその後中月が俺のくじ番号を見て自分と、ついでに大和もおまけで勝手に同じ班に仕立て上げた。
本人は「ぼっち陰キャ君へのせめてもの優しさ」だとか言っていたが、実はあっちはあっちで同じ班になりたくて、その隠れ蓑に俺たちを使っただけだったりしてな。本心は中月のみぞ知るところだ。
「はぁ〜い。みんな、前の座席から順にバスを降りていってくださ〜い。一度全クラス集めてキャンプ場の人からの説明とか聞く時間があるので迅速にね〜」
「説明時間、か。それさえ終わればすぐバーベキューできんかな?」
「どうだろうな。火を使う事だし始まるまでに結構時間かかるかも」
「まぁじか。もう少しだって待てねえよぉ。さっきからお腹鳴りそうなの必死で我慢してんだぜ?」
「ならお菓子食べとけよ。そのために用意してたんじゃないのか?」
「……そんなことしたら肝心の肉を食べられなくなるかもしれないだろ」
「あ、そう」
意外とそういうところ気にするよな、お前。