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第25話 特等席

 校外学習当日。学校の運動場に停車しているバスの中から、俺たちのクラスを乗せるために用意されたものに各々乗り込んでいく。


 結局あの後行ったバーベキューの班を決めるくじ引きでは俺は見事に惨敗した。唯一の救いだったのは同じ班に大和がいたことか。ちなみに葵に関しては中月とも同じ班になることができなかったようなので俺よりも酷い。


 だがまあ、切り替えていこう。葵と一緒にバーベキューをしたかったというのは本当だけれど、こればかりは悔やんでも仕方がない。だからまずは今を楽しまないと。


「ふぁ〜あ。ねっみぃ……」


「何回目のあくびだ? 相変わらず行事ごとの前日は寝れないのな」


「るっせぇなぁ。楽しみにしてたんだから仕方ねえだろぉ」


 この癖は相変わらず、か。昔から運動会の前や遠足の前、修学旅行の前もよく寝れなくなってあくびしながら登校してたっけな。


「は〜い、じゃあみんなくじ引きのとおりの席で座っていってね〜」


「だって〜。じゃ、行こっか♪」


「くそぅ。なんで俺の隣はコイツなんだ……俺はもっとこう、清楚な感じの子が好みでだな……」


「私清楚でしょうが」


「え?」


「え?」


 向こう二人も昔から変わらないな。


 仲が悪いように見えて実はめちゃくちゃ馬の合う二人だ。中月は大和に対していつも揶揄ったり何かに利用したりをするものの、結局はずっと一緒にいるし。何よりアイツは大和といる時だけやけに楽しそうだ。そしてそれは大和も似たようなもので、いつも悪態ついてばかりなもののその関係をどこか心地よく感じているように見える。


 あれ、あの二人って案外お似合いなのでは? まあ喧嘩の愚痴を俺と葵が散々聞かされることにはなるだろうけども。仮に付き合ったらなんやかんやで長続きしそうだな。


「うっし、私らは一番後ろだから最初に乗り込まなきゃだな。行くか、晴翔!」


「うい」


 運転手の人に「お願いします」と一声をかけてから、まだ誰もいないバスの中へと乗り込む。


 俺と葵の座席は一番後ろ。こうして改めて見ると中々の特等席だ。四列あるうちの俺たちが座る二列とその横の二列の間が通路でくっきりと区別されているのもポイントが高い。まあバスの座席って多分どこもそんな感じの作りだろうけども。


「わったし窓側〜♪ いやぁ、赤松のやつ中々どうして良い席引いてくれたなぁ」


「だな。最後列の窓側なんて特等席だし」


「ふふんっ。まあそれもあるけどよ」


「?」


「お前の隣、だからな。それだけで私からすれば一番の特等席だ」


「っ……そ、そっか」


「ん〜? 照れてんのか?」


「照れてないっての! ったく」


 ニヤリとしてやったり顔をしてくる葵から目線を逸らし、隣に腰を落とす。


 ふわりと甘い香りがした。葵の……女の子の匂いだ。


 肩と肩が触れ合いそうなほどの近距離。俺の頭の中はあっという間に葵一緒に染め上げられていく。


 他の奴らが座席に座り始め周りがザワザワと騒がしくても関係ない。



 隣に好きな人が座っていて、それ以外に意識を配る余裕なんてあるはずがないのだから。


◇◇◇◇


「それでは発車します。みなさん、シートベルトの着用にご協力ください」


 バスが動き出す。


 車内は未だ騒がしく、校外学習の準備として臨時で組まれた「校外学習係」が編集した流行り曲のプレイリストの再生も始まったことでその熱はより強まっていく。


「へへ。なあ、目的地に着くまで何する?」


「うーん、そうだな。一応お菓子くらいなら持ってきてるから食べられるけど」


「バカ、違うっての。いやまあほれも大切だけどな? お菓子ぽりぽりしながら雑だってだけじゃあ味気ないだろうが」


「それはまあ……」


 とはいえ、なぁ。


 さっき葵のことを揶揄っておいてあれだが、実はというと俺も昨日あまり寝られなかった。興奮と緊張のあまりベッドの上で悶えたり妄想したりを繰り返しているだけで朝を迎えてしまったのだ。目にクマが残らなかったことは幸いだったけど、朝バタついてたせいでそういった準備は全くできていない。


「ま、晴翔は何も持ってきてねえだろうなと思って色々用意してきた。ほら、これとか!」


「えーと、なになに? ウニョにトランプ、それに……あとはお菓子ばっかりだな。色々って二つだけ?」


「ふ、二つありゃ充分だろ! 何も持ってきてない奴よりマシだっての!」


 そこを突かれると痛いけどな。


 色々用意してきた、と言って葵が見せてきたビニール袋の中に入っていたのはその二つのカードが入った箱に、大量のお菓子類。


 宿泊するテントの中でこれを広げたら盛り上がりそうなものだが、生憎この場では……


「ウニョって二人でできるのか?」


「……やったことない」


「トランプは二人で何するんだ?」


「ば、ばば抜き……とか? あと神経衰弱?」


「それを数時間?」


「……」


 コイツ、さてはたいして考えずに選んできたな。


 まあ確かにウニョとトランプといえば「とりあえずこれがあれば」の代名詞ではある。実際大人数でやれば基本的に盛り上がるし。


 しかし二人となると話は別だ。できないことはないんだが、おそらく何回もやろうとはならない。戦い方が単一になってしまうから数回が限界だろう。


 となればやはりトランプか。こっちはまあゲーム数は中々に多いカードだし。これに飽きたらこれ、と繰り返し使って時間を潰すことはできる。二人となるとこちらも中々絞られるけど無いよりはよっぽどいいか。


「ま、まあとりあえずやるか。せっかく持ってきてくれたんだしな。時間余ったらその時考えよう」


「ほんとか!? うっし、じゃあばば抜きやろうぜ!」


 一瞬しゅんとした表情を見せた葵だったが、それを察しトランプを手に取って見せると簡単に表情が豹変する。やりたかったんだな、トランプ。分かりやすい奴だ。


 そういえばコイツ、昔は結構トランプにハマってたっけ。部活で忙しくなったり、遊ぶ手段として俺が買ったゲーム機が選択肢に入ってきたりしたからやる回数は減ったけども。案外良い盛り上がりを見せてくれるかもしれない。


「ふっふっふ。シャッフルは私に任せろ! カードシュババババッ! って混ざるやつ得意で……わぶっ!?」


「はぁ……何やってんだ」


 きっとリフルシャッフルをやりたかったのだろう。カードの山を二つに分け、思いっきりしならせながら交互に入れていくことで混ぜるアレだ。


 が、下手も下手。案の定ミスった葵の手からは大量にカードがこぼれ落ちる。


「貸してみ。お手本見せてやるから」


「やーだーっ! 私がやるのーっ!!」


「子供か!!」


 どうやら本人は結構自信を持って臨んでいたらしい。カードを取り上げようとすると思いっきり反撃された。正直シャッフルのやり方なんてなんでもいいんだけどな……。


「いいから黙って見てろ! これを……こう、のわっ!?」


「……」




 ま、いいか。可愛いし。もう少し付き合ってやろう。

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