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第24話 助けて尻神様

 自然にできたクラスメイトの列に並び、箱の中におおよそ十枚ほど残っていたくじの前に立つ。


 まずは中月から一枚。なんの悩みもなく一瞬でくじを取ると列から離れて黒板の前で自分の位置を確認しに行く。


 そして次は葵の番だ。


「ふぅー……」


「何気合い入れてんだよ」


「るっせぇな! こっちだって色々あんの!!」


「色々、ねぇ……」


 大きく二回、深呼吸。その後ズバッ、と力強く手を突っ込むと、ようやくくじを手にする。


 さて、俺の番。所詮こんなのは運だ。あんな風に気合いを入れて引いても、逆に無欲で適当に引いても。結果は神のみぞ知るもので、それを操ることなんて俺たちにはできない。


(そう。大事なのは神様に祈ることだ)


 俺はよく一般に言われる神様を信用していない。


 名前を出すとなんか色々とよろしくない気がするので出さないが、まあよく言われる有名なあの人やあの人のことなんかより、俺の中には一人……いや、一つの神様が既にいるのだから。


(尻神様……どうかこの哀れな子羊をお救いください!!)


 万物はお尻から生まれお尻へと還る。俺が信仰するのはただ一人、お尻の神様だけだ。


 お尻を信じる者はきっと救われる。お尻への信仰心と尊敬の心なら誰にも負けない俺ならきっと良い結果を掴み取ることができる……はず。


「とうっ!」


 くじを一枚引き、俺も二人へ続いて黒板の前へと移動した。


 ザワザワとうるさい中、該当の番号を引いた奴らがそこに自分の名前を書き込んでいく。


 そんな様子を横目に自分の番号を確認して。俺は一瞬にして絶望に叩き落とされたのだった。


(一番……て。相浦先生と副担任の後ろかよ)


 まず位置が悪い。一番後ろの席を引いた大和が羨ましい限りだ。


 別にこの場所だから何ができなくなるとかそういうのは無いと思うけれど、なんというかこう……やっぱりどうしても先生と席が近すぎると嫌なものだろう。実際俺も理由のない嫌悪感に襲われている。強いて理由をつけるなら副担任の先生がちょっと苦手なところだろうか。


「ど、どうだった? 晴翔」


「あー……俺一番前だ」


「マジ……かよ」


「葵は?」


「……一番後ろ」


 おお、こんな見事に離れるか。もはや隣を引くより難しいんじゃないか? それ。


 だがまあ起こってしまったものは仕方ない。諦めてバーベキューの班こそは一緒になれるよう祈っておくか。尻神様……ほんと頼みますよ?


「そーいえば中月はどうだったんだ……って、あれ? どこ行った?」


 俺と葵よりも先にここへ来ていたはずの中月がいない。もう黒板に名前を書いて自分の席へと戻ったのだろうか。


 そう思い名前を確認したが、そこにはまだアイツの名は書かれていなかった。お手洗いにでも行ったか?


 まあいい。とりあえずさっさと名前書いて────


「ちょっと待った」


「……え?」


 チョークを持とうとした手を後ろからガッシリと掴まれる。


 細く白い腕だ。そして爪がテカッている。葵の爪も綺麗だけれどこんな人為的なテカり方してないし。こういうのが大好きな人間を一人、俺は他に知っている。


「なんだよ、中月。どうかしたのか?」


「どうかしたのか、じゃないでしょ。ったく……何簡単に受け入れちゃってんだか」


 一体何をするつもりだ。受け入れるも何も、結果はもう出て……


「ほんと、手のかかる子達なんだから。ちょっと来て!」


「のわっ!?」


「ちょ、夜瑠! 何引っ張っ……!!」


 俺と葵は中月に腕を引かれて人混みを脱すると、教室の後ろへと連行される。


 教室の後ろ。────大和の座っている、俺の席へと。


◇◇◇◇


 ドンッ! と。そんな文字が刻まれそうな気迫と共に大和の前に立つ中月と、我関せずといった様子の大和の資産が交錯する。


「どうした中月。ふっ、さては悪い番号でも引いたか?」


「悪い番号……そうね。ある意味そうかも」


「ある意味ぃ? おいおい、負け惜しみは見苦しいぜ?」


 一体何なんだ。中月と大和の言い合いはいつものことだが何故そこに俺と葵を連れて来たのか。コイツの意図が読めない。


 そしてそれは葵も同じなようで、きょとんとした様子で中月の後ろ姿を見つめている。


「大和、アンタ八番で合ってる? 一番後ろの窓際」


「合ってる……けど。なんだ? まさかお前が隣、なのか……?」


「あからさまに嫌そうな顔しやがるなぁ! 違うっての。私はね────」


「「っ!!?」」


 その瞬間。俺と葵は全てを理解した。


 中月が開いて見せたくじの番号は九番。


 即ち……俺の隣だ。


 何故すぐに気づかなかったのだろう。俺たちや人の引いた番号は″運命的″であり、この上ないほどの模範解答であるということに。


「晴翔の番号は一番。そして葵の番号は十六番。この意味、分かるよね?」


「へ? っっ!! おま、まさかっ!!!」


「さぁて、誰がどうするのが一番利口かなぁ。ね〜、一番後ろの特等席を引いた大和くん?」


 俺と中月が隣で、葵と大和が隣。


 この偏りはほぼ完璧だ。そしてそのほぼを無くしてパーフェクトにするにはあと一ピース。中月は番号を黒板に書いて各々の位置が確定してしまう前にその事実へと辿り着いていたのである。


────大和さえ折れれば、全てが上手くいく。


「ま、窓際の……一番後ろ……特等、席……」


「うんうん。そうだねぇ。でもそこに座れると大和が座るよりもっとも〜っとハッピーになれちゃう子達がいるんだけどなぁ。ほら見て? この美少女の羨望の眼差し。アンタはこれを無視できるの?」


「う、ぁ……ぅあ……」


 大和の善性に葵の瞳が突き刺さる。


 グサッ、と。心臓が貫かれる音がした。


 コイツは俺のことを言えないおっぱいフェチのド変態だが、こと女の子相手に対しては絶対的な優しさを持つ。そんなフェミニストハートが美少女である葵の瞳に貫かれて無事で済むはずがない。


 悪いな大和。本当は男である俺が味方になってやらなきゃいけないところだが、ここばかりは譲れない。それに「美少女の隣に座りたい」という願いは叶うんだからここは折れてもらうぞ。中月だってこんな奴だが顔面偏差値は葵にも引けを取らないのだから。


「……し、一つ……だからな」


「にゃんだって〜?」


「貸し一つ! 白坂! 晴翔!! お前ら貸し一つだからな!!」


 バンッ。ようやく観念したらしい大和の手から、くしゃくしゃのくじが机に叩きつけられる。


「ほんとか!? ありがと! マジでありがとな!! この借りは必ず返すから!!」


「ふっ、私にはお昼ごはんですぐ返してくれたらいいよ晴翔。フルーツサンドね♪」


「はい。喜んで買わせていただきます」


 なんだかやたらと中月には昼ごはんをパシらされている気がするが。まあいい。それで一番後ろのしかも葵の隣という最高最強の特等席が手に入るなら安いものだ。


「はぁ……なんでこんなことに」


「いいじゃん。ほら、美少女が隣だよ? きゃるんっ☆」


「可愛くねえ」


「あんだとぉ!?」




 最高の友達だ。全く……。

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