六限終わりの教室。担任の相浦先生が教室へと戻ってくると、ザワザワと騒がしかったクラスが若干静かになっていく。
これからロングホームルームだ。先生からの軽い連絡事項が伝えられる普通のホームルームとは違い、週に一度。七限として三十分設けられているこの時間は、主に様々な業種の人を呼んでの体育館で行われる特別授業だったり、何も無い時は自習だったり。週によって結構やる事は変わる。
しかし今日は。普段の予想できない週とは違い、ここで何が行われるのかクラス全員がおおよそ察していた。
「え〜、みなさん。今日は来週に控えた校外学習についての説明と班決めを行います」
そう、校外学習が近づいていたからである。
堅苦しい言い方だが、まあ要は遠足。普段学校に行くとなれば憂鬱な勉強をさせられてばかりの学生にとっては一大イベントだ。
ちなみに今回の行き先はキャンプ場である。しかも一泊二日。金曜日と土曜日を使っての大盤振る舞いだ。
「向こうでは主にバーベキュー、クラスの仲を深めるための遊び時間。そして最後には自由時間があります。自由時間は班も何もなく買い物や遊びを楽しんでもらう時間なので一旦置いておいて。今日決めるのはバスの席、バーベキューの班、宿泊の班、クラス遊びの内容です」
そうして話を続けながら、先生は言った。
まず金曜日、午前に俺たちはバスでここを出る。その後二時間ほど移動してキャンプ場に着くと、昼ごはんでバーベキュー。食べ終えた後は昼から夕方にかけてクラス遊びをし、夜にはテントで就寝。次の日の午前を自由時間として昼には再びバスに乗り込み、この学校に帰ってきて解散だそうな。
これが主な流れ。テントでの宿泊班は男女別なので大和と一緒になりたいくらいしか希望はないが、問題はバスの席とバーベキューの班。
(葵と……一緒になりたいな)
昔はなんというかこう、とりあえず一緒になるかくらいの軽い感じだったのにな。
バスの座席は隣になりたい。バーベキューは一緒の班で楽しみたい。そう強く思ってしまっている。
「決め方はどうしようかな。バスの座席は……流石にくじ引きの方がいっか。座席で喧嘩しちゃったらアレだもんね」
むっ。くじ引きか。
しまったな。これでは俺の意志なんて関係ない。完全な運勝負だ。
ただそれに意義を唱えるのも……なぁ。バーベキューの班を各々で組めと言われるのはまだ分かる。仲の良い者同士で組みたいという意見も多いだろうし、何より班なんて作ってもせいぜい四つか五つ程度。むしろくじ引きなんかに頼るよりすんなり決まりそうなものだ。
しかしバスの座席はそう簡単にいかない。
隣の人を決める、というだけならどうにでもなりそうだが。その上に座席の″位置″まで決めなければいけないからだ。
前の方に座りたい奴、後ろの方に座りたい奴。窓際がいい奴だっているだろう。そういう希望を全員叶えられるとは到底思えない。それならもういっそ、くじ引きという運勝負に匙を投げてしまった方が早いし公平。先生も楽だろうしな。
ま、とりあえずバーベキューの班さえ一緒になれれば及第点か。バスの座席も百パーセント葵と隣になれないというわけでもないし。片方くらい運に任せても────
「よぉ〜し、決めた! どっちもくじ引きで決めよ〜!!」
「えぇ〜、くじ引きぃ!?」
「私たちで決めさせてよぉ〜」
「だって面倒臭いんだもん。それに今回の校外学習はクラスの親睦を深めるためのものだから。元々仲の良い人達だけで固まってちゃ意味ないでしょ?」
う゛っ、確かに。
俺たち目線で言えば校外学習とは仲良くなった友達と楽しむものだが、先生目線では違うのだ。
まだ高校一年生の春。うまくクラスに馴染めていない奴もいるだろう。そんな奴らからすれば仲良し組だけが固まるイベントは地獄に他ならない。
担任としてそんな状況は回避したいのだろう。それに今回の校外学習で元々関わりのなかった生徒同士が仲良くなってくれればこの先だって色々とクラス運営が円滑になっていく。
うん……理にかなってしまっているな。みんなそのことを察したのか、反対意見はそこまで長くは続かなかった。気づけばクラス全員が「まあ仕方ないか」という雰囲気に包まれ、くじ引きを受け入れてしまっている。
「ま、元々くじ引きにする気満々だったんだけどね〜。はいはい、じゃあ早速始めよっか。家事は作ってあるから。座席表は黒板に書いていくね」
クラスの人数は三十二人。そこに相浦先生と副担任の先生を足し、三十四人でのバス座席となる。
四列縦八人で、黒板にその表が書かれると前から順に番号がつけられていった。
「くじ引きはこの紙。中に数字が書いてあるから一人一枚ずつ引いていってね。はい、早い者勝ち〜」
手作り感満載の箱と、その中にある大きさがバラバラな折り畳まれた紙の数々。早い者勝ちという煽りに釣られ、早速女子を筆頭にみんなくじを引きに行っていた。
そしてそんな中。不自然な行動をとる女子が一人。
「どした? 葵」
「い、いやぁ? まあその……あれだ。せっかくだからお前と一緒に引こうかと思って。あれだぞ! 決して隣同士になりたいとかそういうのじゃなくて……いや、本当に!」
「ふぅ〜ん。お熱いねぇ、お二人さん。だいじょぶだいじょぶ。二人なら隣の席引けるよぉ〜」
「だっから! 違うって言ってるだろ夜瑠!!」
何が違うというのか。こんなタイミングで一緒にくじを引きたいなんて、そういう意味でしかないだろうに。
恥ずかしいけどまあ……悪い気はしないな。葵も同じ気持ちでいてくれていたというのは中々に嬉しい。
「そういうお前は赤松と引かないのかよ。隣、なりたくないのか?」
「はぁ〜!? なぁんで私がアレとならなきゃなんないんだか。普通に女子となりたいに決まってんじゃん!」
「オイ、なにコソコソやってんだ。言っとくが俺だってお前の隣だってごめんだっての」
「あ゛ぁん!?」
あれ、大和いたのか。ってあれ? その手に持ってる紙は……
「悪いが俺はもう引いてきたぞ。そして見ろ。見事に窓際最後列をゲットだ。げっへっへ、これであとは隣に可愛い子が来れば完璧だぜぇ」
「「「キモッ」」」
「ちょっ、なんでお前もそっち側なんだよ晴翔!?」
いやだって、なぁ。全然普通にキモかったし。何今の意味深スマイル。公道でやるなよ? 多分通報されるから。
やっぱりコイツ、人のこと言えないくらいちゃんと変態なんだよなぁ。え、類友? 誰だ今言った奴。ぶっ飛ばすぞ。
「っし、なら三人で行くぞ! ほら、早く!!」
「だな。フライング変態は置いといて」
「ぷぷ〜! お前の隣に女子なんて来ないよバーカ!」
「お゛お゛お゛ん゛!?」
さて、どうなることやら。