レースが始まる。
三、二、一、のカウントダウンと共に走り出したカートはぶつかり合い、一つ目のアイテム抽選箱を獲得していった。
が……
「何エンストしてんだよ。焦りすぎだって」
「う、うるしゃいっ! 黙って見てろ……っ!」
案の定、葵はスタートからつまづいていた。
カウントダウンの時にアクセルを押し続けるとスタートを加速しながら走ることができるのだが、逆にそこで長く押しすぎるとカートがエンストしてしばらく動けなくなる。
これまで葵は一応スタートくらいはまともに決めれていたのだが、今回は更に悪化してその唯一まともだった点すら崩壊してしまった。
やっぱり珍しく動揺している。声も震えていてずっと噛んでるし。
「ふん、ぬぅっ!?」
ガンッッ。
「うおぉ……おおっ!?」
ドンッ、ガゴッ。
「ちょ、やっぱり狭いって! 晴翔! もうちょっとそっち詰めてくれよぉ!!」
「ゲームは普通狭い場所でもできるもんなんだって。実際俺はどこにもコントローラーぶつけたりしてないだろ」
「……ああもうっ!」
ようやく自分がおかしいことを自覚し始めたか。そうだぞ、そうやってコントローラーを操作しているだけで周りのいろんなものにぶつかるっていうのは本来おかしいことなんだぞ。
そろそろ俺の部屋の壁に傷がつき始めるんじゃないかと思うくらい、何度かコントローラーをぶつけてから。葵は少しずつ意識し始めたのか、次第に身体の動きを小さくしていく。
そうだ、それでいい。本来ゲームってのはそうやって遊ぶものだ。
身体を暴れさせる癖を直せば、やがて意識を指先に集中させられるようになるはす。そうすれば元が下手くそすぎることもあってすぐに上達していくことだろう。
にしてもコイツ、さっきからやたらと車体が左に寄ってるな。
いや、車体だけじゃない。よく見たらさっきまで左右に縦横無尽な暴れ方をしていたのに、どう考えても身体を左に傾けてばかりになっている。さっきから壁に何度も腕が激突していた理由はこれか。
「なあ葵、ずっと左寄ってるぞ。右カーブは曲がれてるのに左ばっかりミスしてる。どうした?」
「は、はぁっ!? き、きき気のせいだろ! ほら、このカーブだって……んにゅうっ!?」
「あ、落ちた」
なんだ? 今一瞬こっちに身体を傾けようとして躊躇したような。
というか真っ直ぐな道を走っている時でもそうだ。明らかに左に身体を傾けてばかりで、まともに走れていない。
「はぁ……はぁ……っ! また最下位っ……!!」
「葵、もしかしてなんだけどさ。俺の方に身体傾けるの避けてるのか?」
「あ、あぁん? 私がなんでそんなこと、しなきゃいけないんだよ……」
「恥ずかしい、とか」
「い、今更!? 私たちは幼なじみだぞ。手だって毎日繋いでるんだ。さ、触るのを避けるなんてそんなこと、するわけ……ひっ!?」
なんか怪しいので、とりあえず手を握ってみる。
今までだったらできなかったことだが、流石に毎日繋いでいれば多少の慣れは生じる。それこそ自分から握りにいけるくらいは。
が、葵の方はというと。
「ひゃああぁっ!?」
「へ、変な声出すなよ!」
「おお、お前がいきなり触るからだろ!? 変態! お尻狂いのド変態! 女の敵ッッ!!」
「明らかに必要以上の罵倒だなァァ!?」
急に悲鳴をあげたかと思えば、コントローラーをその場に放り捨ててベッドの上へと逃げていく。顔は茹蛸のように真っ赤っ赤だ。
(これは責め時……だな!)
俺の中のいたずら心に火がついた。