「だぁっ!? てめ、また雷かよ!? クッソ、落ちたァ!!」
「今のは俺じゃないって。……というかアイテムなんて無くても勝てるし」
「なんか言ったかァァァッッ!?」
ガチャガチャガチャッ、と今にもコントローラーのスティックがへし折れるんじゃないかという勢いで荒い操作を続ける葵は、再びアイテムの被弾を喰らい絶叫する。
俺たちがプレイしているゲームは「ユリオカート」。通常ユリカー。国民的レーシングゲームだ。
ちなみに言うと葵はゲーム音痴である。昔から俺はインドア派でコイツはアウトドア派。ゲームばかりしていた俺は気づけばレート戦と呼ばれるネット対戦でもそれなりに戦える実力が備わるようになり、反対に外で遊んでばかりだった葵の実力は初めて遊んだ時から止まったまま。もはや接待してもどうにもならないほどの実力差だ。
「ま、また最下位……だと。ちょっとは手加減しろやぁ!!」
「手加減とかでどうこうなるレベルじゃないって。だって葵、そもそも自力でゴールできないだろ」
「ぐぬぬ……」
このゲームは十二人構成であり、今は俺たち二人とCPU十人でレースをしている。
そしてレースの特性として、十一位の人がゴールして全員の順位が確定すると十二位の人のゴールを待たずしてレースが終了するのである。
これは主にオンライン戦で接続が切れその場から動けなくなってしまった人や、遅すぎて全然ゴールできない人を待たなければいけなくなることを防ぐために用意されたプログラムなわけだが。今それが「ゴールすらさせてもらえない」という残酷なものへと切り替わり、葵に襲いかかっている。
「CPUも強すぎんだよ! これ難易度とか下げらんねえのか!?」
「これ、レベル一番低いやつに設定してるんだけどな」
「……」
コイツに関しては問題なのはもはやそこじゃない。
誰かからアイテムで妨害されるとか以前に、葵は自走能力が低すぎるのだ。ちょっとしたカーブでコース外へ転落するし、芝生にも平気で突っ込む。一応そういうのを防ぐことができるシステムもあるにはあるのだが、それをしたらしたで見えない壁に向かって無理やり突っ込んでいくみたいになり、結局その場でカートが硬直するのであまり意味は無かった。
というか、なんでそんな事になるのかは明白なんだよな。勿論練習不足とかは大前提なんだけども。それを除いても、明らかにわかりやすい問題点があるのだ。
「もう一回! もう一回だ!!」
「はいはい。次はちゃんとゴールしてくれよ」
「ナメられてる……こんな変態に私がァァァァァ!!」
「オイ変態は余計だろ」
その問題点はレースを始めたらすぐに現れる。
ユリカーはコントローラーで操作するゲームだ。指先を使い、スティックとボタンを動かす事によって画面上のキャラを走らせる。
つまり求められるのは指先の繊細な動きだけ。それなのにコイツは……
「ぐぬおぉぉぉっっ!!」
「めちゃくちゃだ……」
すぐに身体が動く。身体ごと動く。右に曲がろうとすれば身体が右に倒れ、左も同様に。まっすぐ進んでいる時だってアイテムの被弾一つでテンパり、暴れ、また操作が乱れる。
コイツ、根っこからもうゲームに向いてないんじゃなかろうか。
ゲームをしていると画面の中の行動に沿って身体が動いてしまうというのは、結構ありがちな症状だと聞く。
が、葵のはやっぱり異常だ。ちょっと傾くとかそういうのじゃない。
「あの、葵さん? すーっごく邪魔です」
「おめえが邪魔してるんだるぉ!? 物理的に邪魔してくるなんて卑怯な……ッッ!」
違うんだよなぁ。今伸ばされた腕がガッツリ俺の視界を遮ってるんだよなぁ。
というかなんでコイツはそんな自信満々に自分は邪魔してないなんて言い張れるんだ。この状況、誰がどう見ても俺が邪魔してるとはならないだろうに。
ベッドに腰掛けて二人で並び、俺はそのままの体勢で。葵は右に左に揺れながら、かつコントローラーを持っている腕まで四方八方に伸びている。そのうち殴られそうで本当に怖い。
なんて、そんなことを考えながら黙々と一位を取り、葵はまた十一位のCPUがゴールしたことでレースを強制終了させられる。
「たっはぁ……また負けたぁ。このゲーム子供向けだよな? ならもっと難易度低くしとけっての!」
「いや、流石にここまで下手くそなのは想定してないんだと思うけど。葵はもうちょい自分が相当下手くそだっていう自覚を持った方がいいと思うぞ」
「んなっ! そんなこと言うならお前、もっと操作の仕方教えてくれよ! 私だって一回くらい晴翔に勝ってみたいんだって!!」
「えぇ……。教える、ねぇ」
まずはどこから教えればいいのだろう。とにかく教えなければいけないことが多すぎてかなりの重労働になってしまう気しかしないな。
とりあえず急務なのはやっぱり身体を動かしてしまう癖を無くさせることだろうか。とはいえ、どうすれば治るのだろう。全身磔にでもすれば嫌でも動けなくなるし、いずれ治りそうな気もするけれど。まあ当然そんなことできるわけがないし。
ひとまずは自分が動いてしまっているっていう自覚をさせることから始めるべき、か。
「よし分かった。じゃあ葵、ちょっと壁側寄ってくれるか」
「え? あ、あぁ。別にいいけど」
広々とスペースを使うのをやめ、葵を壁際に寄せる。左は壁ギリギリになるところまで詰めさせて、右は俺が至近距離に座る事によって使えるスペースを限りなく狭くした。
「ちょっ!? な、なんでこんな狭くするんだ!? 近い! 近いって!!」
「いいから。この状態でレースすれば嫌でも自分がどうなってるのか分かるぞ」
「ん、んぬぅ……」
要は暴れられるスペースを与えない。これなら左右に揺れたり腕を伸ばしたりすれば何かには絶対ぶつかるし、それに気づけば意識させることも可能という寸法だ。
って……あれ? なんか葵の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。部屋、暑かったか? それとも……
「恥ずかしがってる、のか?」
「んなっ!? な、なななわけねえだろ! いいから早くやるじょっ!!」
あ、噛んだ。
なんだよコイツ、お弁当食べる時とかも責める時はとことん責めてくるくせに。もしかしてあれか? 責めたり弄ったりするのは得意でも逆は苦手なのか?
(これはもしや、チャンスなのでは……?)
最近俺はずっと葵に責められてばっかりで、何度も何度もドキドキさせられた事により心を乱され続けていた。
不平等だよなぁ? 急に女の子になって俺のことドギマギさせやがって。男としての威厳を保つためにもたまには反撃せねば。
ここは俺の部屋だ。アドバンテージは俺にある。今こそその時だろう。
「何恥ずかしがってんだよ。これくらい普通だろ?」
「あ、当たり前だ。恥ずかしがってなんて、ないからな……」
見せてもらおうか。責められて更に赤く染まっていくその様を。