「……はぁ」
ごろん、と転がって、ベッドシーツの柔らかさに身を預ける。
結局私は何が言いたかったのだろう。
私は晴翔のことが好きだ。幼なじみとしてとか、友達としてじゃなく。一人の異性として。
だから告白のやり直しを宣言された時、その場で飛び跳ねてしまいそうなほど嬉しかった。だってそうだろ、あの宣言は私からすれば″好きな人からいずれ告白きてもらい、恋人になることを確約させる言葉″だったのだから。
そして同時に、いち早く告白のやり直しをしてもらえるよう努力した。お尻以外の……私の全てを見て、好きになってもらうために。
要はお尻から意識を逸らしたかった。お尻以外を見てもらう努力をしていたというのに、なんださっきのは。
「何が私の以外見てほしくない……だよ。どんだけワガママなんだ? 私は」
私の″お尻以外の部分を見てほしい″と言っておきながら、″私以外のお尻は見ないでほしい″なんて。あまりにワガママが過ぎるだろう。いくら私が晴翔のことを好きだとはいえ、ここまで求め過ぎていいものなのか。
「はぁ……すんっ。すんすんっ。あ、これ晴翔の匂いする。……好き」
手に持っていた枕をギュッと抱きしめると、いつも嗅いでいる晴翔の匂いが鼻腔をくすぐった。
好きな人の匂いだ。特別いい匂いでもなく、かと言って臭い匂いでもない。他では嗅いだことがないから何かを例に挙げて「これに近い」とも言えない、晴翔独自の匂いが枕に染み付いていた。
この匂いを嗅ぐと心が凪いで落ち着くようになったのはいつからだっただろうか。人を好きになるとその人の匂いまで好きになってしまうとは。気づけば私は晴翔の匂いを嗅ぐたび、幸せな気分で満ちる身体になっていた。
「へへ……晴翔だぁ。このベッド、毎日晴翔が寝てるんだもんな。すげぇ落ち着く。ずっとここで寝てたいな……」
気づけばつまらない悩みなんて吹き飛んでいて、私は晴翔の匂いを嗅ぐ事に必死になっていた。
ひくひくと鼻を動かしては枕やシーツから匂いを摂取し、次第にベッドの奥深くへと身体が潜っていく。
布団にも包まれてみた。全身をベッドの上に乗せてからくるまると匂いがどこにも逃げなくて、四方八方から幸せに包まれる感覚に溺れることができる。ああ、ほんとずっとここにいたい。ごねたら泊めてくれないかな……。
「あ、あの……葵さん? 何してるんですか?」
「へひゃはぁっ!?」
だが、幸せな時間はずっとは続かない。
急に声をかけられ布団の中から飛び出ると、お盆にお茶とコップを乗せた晴翔が戻って来ていた。まずい、とりあえず言い訳しないと。
「じゅ、授業で疲れてな……つい寝そうになってた。悪いな、勝手に布団動かしちまって」
「? ま、まあいいけど。てか大丈夫か? 疲れてるならゲームせずに帰ったほうが……」
「いや、大丈夫! マジで大丈夫だから!! よぉし、いっぱいゲームするぞぉー!!」
ご、誤魔化せたみたいだ。結構無理のある言い訳な気がしたけど、晴翔が鈍感でよかった。
(ったく、お前の匂い嗅いでたら病みつきになってたなんて……言えるわけねえからな)
そこにいるだけで。いや、もはやいなくても匂いだけで私の中にある好きを増幅させるなんて。
罪な男だ。私の幼なじみは。