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第15話 君のお家に

 葵に告白し、そしてそれを取り消したあの日から。一週間と少しが経過した。


「ういっす。晴翔、一緒に帰ろうぜぇ〜」


「おう。すぐに荷物まとめるからちょい待ち」


 朝は一緒に手を繋いで登校し、昼は一緒に手作り弁当を食べる。そして下校時は再び手を繋いで、隣同士の家の前まで帰路を歩く。


 気づけばすっかりこの生活が定着していた。言ってももう一週間だ。少しくらいは慣れてきた気もする。


「ん。へへ……やっと手、繋げた。こうやって登下校する時と一緒にご飯食べてる時が一日で一番幸せだ」


「ん゛んっ。お、お前な。そういうことを平然と言ってのけるなよ……」


 ただやっぱり、まだまだドキドキさせられることは多い。


 今のだってそう。可愛い女子にこんなことを言われてドキドキしない男子なんているはずがないのだ。


 そして見ての通り、葵は相変わらずである。スキンシップもボディタッチも多いし、何より幸せそうに笑う。俺がいるだけで楽しいと言ってこんな良い笑顔を向けてくれる女の子なんてこの先現れるのだろうか。いや、無いだろうなぁ。


「なあ晴翔、そういえば最近全然一緒に遊べてなくねえか? 登下校はずっと一緒だけどよ」


「え? あー、言われてみれば確かにそんな気もするな。春休みも入学準備とかでバタバタしてて遊びって意味ではあんまり会えなかったし、入学してからもまあ……な」


 中学三年生と高校一年生の間の春休みは短い。確か一週間ちょっとしか休みがなくて、そのうえその期間には高校の制服や教科書を買いに行ったり、葵であれば部活の友達との付き合い、後輩とのイベントも多くあった。その結果遊びに行くという意味では一度しか時間を設けることができなかった。


 まあちなみにその頃にはとっくに俺は葵のお尻に惚れていて、告白する気は満々だったんだけども。その忙しさやシンプルに日和ったメンタルの弱さ諸々の理由で入学式の後に持ち越されたのである。


「っし、今日は遊ぼうぜ! 晴翔はどうせ暇だろ?」


「し、失礼な。まあ確かに暇だけどさ……。一応明日も学校あるんだし遠出はできないぞ? 寄り道くらいならいいけど」


「ふっふっふ。何言ってんだぁ? あるだろうよ。遅くまで遊べてかつ全く遠出もしなくていい場所がよ」


「? どこだそれ」


 何故か得意げにむふんっ、とご立派な胸を張る葵だが、生憎と俺には全く心当たりがない。


 なんせ高校から俺たちの家への帰り道にある店なんて精々コンビニくらいだ。田舎というわけではないが、周りが住宅街すぎて大きなショッピングモールなどに行くには一度家に戻り自転車で向かわなければならない。


 距離にすればそこまで遠くはないものの、問題は葵の門限。コイツのお父さんは良くも悪くも過保護で、夜の八時以降の外出は禁止されている。夜に出かけるのなんて食後のランニングくらいなものだろう。


 まあとにかく、ショッピングモールに行くには時間が足りないのだ。行くこと自体は可能でも行き帰りにかかる時間なんかを考えれば長居ができない。そんな環境の中、一体葵の頭にはどんな選択肢が浮かんでいるのやら。


「晴翔の家でいいだろ! それなら門限ギリギリまで遊んで隣の家に帰るだけだしな!!」


「……へ? いや、いやいやいや! ちょっと待てよ俺の家!? さ、流石にそれは……」


「ああ〜ん? なんだよ、幼なじみなんだからいいじゃねえかよぉ。中学ん時も何度も入ってるだろ?」


「そ、それはそうなんだけど……」


 それは想定していなかった。


 確かに俺たちは幼なじみだから、お互いの家でよく遊んでいた。一緒にゲームをしたり漫画を読んでダラダラしたり。最後に遊んだ日も意外と近く、確か春休みのかなり序盤の方だっただろうか。色々と愚痴を聞いたり気分転換にゲームをしたりと、それなりに楽しんだ記憶がある。


 しかしあの時と今とでは、俺たちの関係は違うのだ。


 告白を取り消しただの幼なじみに戻ったとはいえ、言わばそれは形式上の話。俺は葵を好きだということを知られていて、しかも全てを好きになってからもう一度告白すると約束までした間柄。ただでさえそんな仲なのに、ここ最近であっという間に女の子として意識しまくっている葵を部屋に入れるなんて。正直心が持つ気がしない。


「な〜ぁ〜、いいだろぉ〜? 晴翔の家行きたいんだよぉ! ゲームやろうぜぇ〜?」


「げ、ゲームは別にいいんだけどさ。そうだ、それなら本体持ってくるから別の場所で────」


「それじゃテレビの画面でできないだろぉ? ほら、お前の部屋それなりに大きい画面あるじゃねえか!」


「ぐぬぬ……」


 強情な奴め。駄々をこねやがる。


 ただこうなると葵は言うことを聞いてくれないんだよなぁ。良くも悪くも我の強い部分があるし、このまま問答を続けても無駄な気がしてきた。


(どうする? いっそのこと本当に俺の部屋に入れるか? あ、葵を……)


 ぶんぶんと繋いだ手を揺らしてくる葵を、横目でチラリと見つめる。


 きっと葵は俺の部屋に来ることに対してそんな深い考えは無い。本当にただ幼なじみとして俺の部屋で遊びたいと、そう言っているだけなのだろう。


 気にしているのは俺だけ。逆に言えば俺さえ折れてしまえば一切話をこじらせることなく、普通に遊んで普通に帰る。それだけの幼なじみな遊びをして終わりだ。


「あ、そうだ。ちなみに言っとくけどよ」


「ん……?」


「私がお前の部屋行きたいの、ゲームがあるからってだけじゃないからな。お前の部屋だから行きたいんだ。″お前と″ゲームがしたいんだからな!」


「っっ!? そ、そんな宣言しなくていい! ったく……」


 なんだそれ。俺の部屋だから行きたい? 俺とゲームをしたい? クソ、やっぱりコイツは卑怯だ。そうやってすぐに俺が意識してしまうような言葉をぶつけてくる。


 や、やっぱりコイツ、俺のこと好きなんじゃ? よく考えたら告白をやり直させてくれるのだって、もう一回フるためとは考えづらいんじゃないか? 俺が葵のことを好きって言ってからやたらと毎日機嫌は良いわいっぱい女の子な部分を見せつけてくるわで。本当にただの幼なじみ相手にする行動としては、既に常軌を逸し始めているのでは……?


 次告白をやり直せば全て分かること。深く考えないようにしていても、やっぱりそういった考えは日常的に浮かんでしまう。さっきの台詞だってよっぽどの鈍感でもない限り「あれ、俺のこと好きなのか?」って思っても仕方がないだろう。


 改めて、そんな相手を部屋に……


「なあ、お願いだ。一緒に遊ぼ? 晴翔の部屋でいっぱい匂い嗅ぎた……ん゛んっ。お、落ち着いてゲームしたいんだよ。い、嫌か?」


「嫌……なわけない、けど」


 ダメだ。ダメだろその顔は。そんな整った容姿で上目遣いなんかするんじゃありません。ただでさえ普段の男勝りな部分とたまに垣間見える女の子な部分とのギャップでドキドキさせられっぱなしなんだ。




 断れるわけ……ない。


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