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第10話 秘密の場所

 二人きりになれる場所。その答えはそこについてからとのことで。


 廊下を歩く。葵に手を引かれて。手を繋いで。


 周りからは視線が集まった。当然だろう。葵のような美少女と冴えない男が一緒にいて、そのうえ手を繋いでいて。クラスの奴らと同じで、″そういう関係″なのだろうなと思う奴らがこちらを見てニヤけたり、嫉妬したり。三者三様な視線を浴びせてくる。


 そんな中、俺は────


(ぐぬおぉぉぉっ!! あ、葵のお尻が目の前に……落ち着け、落ち着け俺ェッ!!)


 それらに一切気づく事なく、葵のお尻を注視していた。


 気持ち早歩きで足元に力が籠っているからか。一歩踏み出すたびにスカートの下でお尻が小さく躍動している。


 おおよその輪郭しか見ることのできないこの状況でも、俺は中のお尻の様を容易に想像で保管できた。そしてすぐに結論づける。


 やはり葵のお尻は最高だ……と。


(って、待て待て待て。何評価してんだ俺は。葵のお尻以外の部分を見るって約束しただるぉ!?)


 なんだろう、この感覚。何故こうも視線を吸い寄せられてしまうのか。見ているだけで安心できる。心が安らぐ。まるで実家のような……


「そ、そういうことか!?」


「へ? どうしたんだよ晴翔? 急に大きな声出して」


「あ、いや……なんでもない!」


「ふぅん?」


 そうか、そういう事だったのか。


 気づいてしまったぞ。何故こうもお尻で安らぎを得てしまうのか。


 簡単な事だ。俺は葵のお尻に恋をしてから、ずっとお尻を見続けて来た。けど昨日からは意識的にそれを止め、他の可愛いところを発見しつつある。


 しかし、慣れないことをすると心が疲弊するものだ。


 即ち今の俺にとって葵のお尻とは、RPGでいうところの回復薬。意識的にはポーションというやつに最も近い。


 ま、まああれだ。お尻を見る事そのものは禁止されてないし? たまには原点回帰も大切だろう。今日は特に朝から葵のこれまでにない、つい可愛いと思ってしまう表情や仕草を何度も見せつけられた。少し休憩しないとこのままでは心がもたないからな。


「……なぁ、今すっごい寒気がしたんだが。もしかして晴翔、お尻見てたか?」


「…………な、なんのことだか」


 だが、そんなことを思っていたのも束の間。葵が立ち止まり、ジト目で俺を見つめてくる。


 さっきまで考えていた言い訳を口にも出すべきだろうか。……いや、流石にまずいか。


「お前ってやつは……本当、油断も隙もないというか。オラ、隣来い」


「ひっ。お、怒ってるのか?」


「ああん? ったく、怒ってねえよ。お前がそういう奴だってことはもう重々分かってんだ。まあその一応……あれだ。お尻だったとはいえ、私の好きな所だって言ってくれてるわけだし……見るなとは、言わない」


「っ!? そ、それって合法的にお尻を凝視してもいいってことか!?」


「馬鹿、なんでそうなるんだよ!! そんな事一言も言ってねえだろ!?」


「そう、か……」


「いや、露骨に落ち込むなよ」


 全く、と少し呆れるように呟いてから。葵は俺の身体を引き寄せて自分の横に持ってくると、再び歩き出す。


「……私は、お前の横顔見ながら歩きたい気分なんだよ」


「〜〜っ!?」


 そ、そんなこと言われたら。隣を歩くしかないじゃないか……。


◇◇◇◇


「ここだ! ここでお前と昼ごはん食べたかったんだよ!」


「おおっ? なんだここ?」


「へへっ、夜瑠からいい場所があるって教えてもらってな。どうだ? いい場所だろ」


 葵が俺を連れてやって来たのは、正門から一番遠い裏校舎の横にある庭……の、向こう側。


 木々が風に揺らされ心地のいい音を立てるそこにはベンチが設置されており、周りに人はいない。


 そのうえ校舎側から見ると木々や緑のカーテンが邪魔をして俺たちの姿を隠していた。おかげで学校の中にいながらもどこかここは秘密の場所のような雰囲気があり、まさに二人きりになるのに最適な場所と言える気がする。


 こんな場所を知っているなんて流石は中月。人脈の広いアイツのことだから、きっと早速仲良くなった先輩か誰かにここの存在を聞いたのだろう。


「けどこんないい場所、他の人は来ないのか? というかもう先約がいてもおかしくなかった気がするけど」


「あ〜、そこは大丈夫だぞ。このベンチが置かれたの今年からで、なんなら昨日からだからな。特に公表されることもなく余ってるベンチを清掃員の人が設置したらしいんだけど、夜瑠だけがその話を仕入れたんだと。ちょっと手伝う機会があったらしくて、その時特別に教えてくれたらしい」


「な、なんだそれ。どんな偶然……というか中月すげえなオイ」


 清掃員の人を手伝う機会って一体なんなんだ? 普通そんな機会、中々訪れないと思うんだが。


 しかもそれを中月が、って。アイツまさかベンチ設置を自分で察知して確証得るために手伝ったりしたんじゃないだろうな。そんで上手く話を持ち出して設置することを聞き、なんなら他の人に言わないよう口止めまで……は、流石に考えすぎか?


 ただアイツならそれくらいのこと平気だしてしまいそうだから怖い。「ここは葵と晴翔専用席にしてもりったから好きに使ってね〜♪」とかサラッと言ってきてもおかしくないからな、マジで。


「ま、深く考えんなよ。いいじゃねえか……これで私たち、二人っきりでお弁当食べれるんだから」


「そ、そう……だな。うん。とりあえず考えないことにする」


「よしっ。じゃあお腹も減ったし食おうぜ。ほら、座れ座れっ」


「おう……」


 いち早く腰を下ろした葵は「隣に来い」と言わんばかりにベンチをぽんぽんっ、と叩き、俺を誘う。


 それに応えるよう隣に腰掛けると、葵から受け取っていたお弁当箱を太ももの上に乗せた。


 青色の巾着袋の結び目を解くと、中から二段のお弁当箱とお箸が出てくる。隣で同じようにピンク色の巾着袋を取り除いた葵も、同じような形のお弁当箱を使っているようだった。


「な、なんか緊張するな。その……あんまり笑わないでくれよ? 頑張って作ったんだけど、正直まだまだな出来でさ」


「気にしないぞ。葵が頑張って俺のために作ってくれたんだ。多少不格好だったところで笑ったりしない」


「そう、か? そう言ってもらえるとちょっと気が楽になるな……」


 そうだ。これは葵がわざわざ俺のために手作りしてくれたお弁当。見た目は置いておいて、仮に味が美味しくなかったとしても今の俺ならそんなところも可愛いと……そんなことを思ってしまいそうだ。


「じゃ、開けさせてもらうぞ」


「……ん」




 気づけば頭の中から不安は取れ、期待感だけが溢れ出ていた。

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