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第9話 手作り弁当

 ざわざわ。ざわざわざわ。


「なー、朝の見た?」


「見た見た。あの二人付き合ってんのかな?」


「付き合ってるだろー。あーあ、俺白坂さんワンチャン狙おうと思ってたのに」


「いやお前には無理だって。高嶺の花すぎる」


「それはまあ……な」


 四方八方から飛び交う噂話。よく漫画なんかでくしゃみをした時に「誰かが自分の噂話をしている」なんて表現をするけれど、今それをするなら俺と葵はくしゃみが連発して喉がガラッガラになっても止まらないだろう。


 クラス分け二日目の朝にて一眼女子がクラスメイトの男と手を繋いで登校してきた。そのインパクトはどうやら凄まじかったらしく、すぐに広まった。流石に学校の中ではまずいと思い通学路の途中で手繋ぎはやめたのだが、既に誰かに見られていたらしい。


「ね〜ね〜葵〜今朝は晴翔と随分と熱々だったそうじゃないか〜! 二人は付き合ってるのかにゃ〜?」


「くんぬふぎゅぅうぅ……っ!」


 あーあー、まあものの見事に葵が中月のおもちゃにされてら。


 涙目でぷるぷると小さく身体を震わせながら俯くその様からとれるのは、まさに後悔の念そのもの。だから言ったのに。誤解されるぞって。


「おい晴翔、お前一体たったの一日で何があった? あの告白から大逆転できるとは到底思えないんだが……」


「酷い言い草だな。まああれだ、仲直りしたんだよ。別に付き合ってはないし、元の幼なじみに戻っただけだ」


「ほ〜う?」


「な、なんだよ」


「ただの幼なじみが手繋ぎ登校……ねぇ」


 やっぱり言い訳としては苦しいだろうか。


 けど仕方ないじゃないか。俺から言えることはそれくらいしかない。実のところ幼なじみ以上にも以下にもなっていないのだから。……ちょっと明らかに今までよりお互い″意識″し始めてるってだけで。


 まあ正直なところ俺もこの言い訳がそう簡単に通るとは思えない。大和と中月にはあとでちゃんとあったことを話すつもりだ。


 その旨を伝えると大和は、ひとまず安心したといった表情でおめでとうをくれた。


 中月は相変わらずで、涙目の葵をツンツンしたりいじったりとやりたい放題。もうやめてやれよと思う反面、葵のああやって弱っている姿は結構新鮮なのでまだ見ていたい気もする。


 が、その時間は長くは続かず。一限の始まりを告げるチャイムと共に各々が自分の席に戻ると声は止んだ。


「ふふっ、よかったね。晴翔」


「あ、あぁ。助かったよ中月。おかげで葵とはちゃんと仲直りできた」


「いいってことよ〜♪ あ、でも感謝の気持ちはちゃんと報酬で……ね? ジュース期待してま〜すっ」


「はいはい。昼休みになったらな」


 全く、とんだ悪目立ちをしてしまった。なんか葵を狙っていたという男子の声も聞こえたし、厄介なことに巻き込まれないといいのだが。


 まあ……別に俺と葵は付き合っていないし、そう言えばなんとかなるか。信じてもらえるかはだいぶ怪しいけれど。


「それではこれより一限、数学Aを始めます。教科書を────」


 俺と葵は幼なじみという関係性も中月と大和以外には知られていないし、今はこのままでいい。


 本当に付き合うまでは、あくまでただ仲の良い友達で。葵も今朝のことで懲りただろうし、少なくとも学校ではあまり目立つような行動はとってこないだろうと。


 そう、思っていたのだが。


◇◇◇◇


「は、晴翔ッ! お弁当……作って来たんだ。一緒に食べねえか……?」


「……へっ?」


 四限終わりの昼休み。大和と高校生活初めての食堂にでも行こうかと話していたところに、後ろから肩をつつかれる。


 振り向くと葵が顔を真っ赤にし、弁当箱を二つ持って立っていた。


(え? えっ……? 何それ、聞いてないんだが?)


 いや待て、よく思い返せ。そういえば昨日……


『なあ晴翔、お前高校の昼飯はどうするんだ? 中学の時は毎日パンとか食堂だったけど』


『ん? あ〜、そうだな。まあ高校も同じかな。それがどうかしたのか?』


『い、いやぁ? なんでもねえよ』


(あれかぁ……)


 思い当たる節のある会話をしていた。


 あれ、あの時はただの何気ない会話だと聞き流していたが、よくよく考えたら「じゃあ私がお弁当作ってやる!」って言い出してもおかしくないシチュエーションだ。


 いやまあ、正直作るなら作るでちゃんと言って欲しかったけど。ぶっちゃけそれ以上に葵の手作り弁当にはかなり興味を唆られる。


 コイツが料理をしているところを見たことがないが、一体どんな仕上がりになっているのだろうか。期待七割不安三割だ。葵のお母さんはかなりの料理上手だったし、頼っていたのだとしたら相当なものになっているかもしれない。見た所ベタな指の切り傷とかも無いみたいだし、味付けの間違いなんかが無ければそう酷いことにはなっていないはずだ。


「へっ、じゃあ俺は一人飯と洒落込みますかね。お幸せに〜」


「あ、ちょっ────」


 颯爽と大和が姿を消す。


 アイツ、相変わらずこういう時の退散速度は一流というか……空気を読む速度が異常だ。俺に気を遣って一瞬で姿を消しやがった。


「晴翔……? が、頑張って作ったんだ。お前に食べて欲しくて……」


「ん゛んっ。あ、ありがとう葵。じゃあせっかくだから頂こうかな」


「ほんと!? や、やった。へへ……」


 ああもう! そんでコイツは可愛いな!? 


 やっぱり朝に感じた違和感は気のせいじゃなかった。明らかに今、葵は女の子としての魅力を全面に出し始めている。そしてまた、俺はそんなコイツのことが可愛く見えて仕方がない。


 昨日あんな宣言をしたばかりだというのに。これではすぐにコイツのことが″幼なじみ″として見れなくなってしまいそうだ。


 というか、一刻も早くそうさせようとしている……なんて事はないよな? いくらなんでも。


「ど、どこで食べる? 教室でってのはやっぱりちょっと恥ずかしいだろ?」


「それならいい場所見つけてあるんだ。二人っきりになれる所、な」


「二人っ……きり……」


「おうっ」


 なんだろう。葵と二人きりになるなんて今まで当たり前のことだったのに。むしろどんな友達よりも……それこそ大和よりも放課後は二人きりになることが多かった間柄だ。こんな言葉、今更なはずなのに。


 胸が高鳴る。″二人きり″という言葉に高揚している自分がいる。


(全く。厄介だな……)


 それもこれも、全部葵が可愛く見え始めたせいだ。


 この感情を否定する必要はないなろうが……それでもこれまで十年以上もただの友達だった相手を、昨日のあの宣言の後からこんな簡単に女の子として見られるようになるなんて。自分のチョロさが恥ずかしい。


「じゃあ早く行こうぜ! なっ、晴翔!!」


「……おぅ」




 ざわつく感情を抑えながら。俺は葵に手を引かれ、教室を出たのだった。


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