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第8話 私とじゃ嫌なのか?

「もしもし?」


『夜瑠! 聞いてくれよ夜瑠!! 晴翔が! 晴翔がァァッッ!!』


「おお、落ち着いて落ち着いてぇ。どしたぁ……?」


 午後三時を少し回った頃。私は大和とショッピングモールに来ていた。


 ちょうど欲しいコスメと見に行きたい服屋さんがあったので、荷物持ち係(ご飯を奢ったし上手くその口実も作れたから)として大和を連れ回していたんだけど。フードコートで休憩がてらアイスを食べていたところに葵から電話が。


「白坂さんか?」


「そ。晴翔との件の報告だと思う」


 まあこの声色を聞けばどうなったのか大方予想はつくけども。一応聞いてあげるか。


 私は大和に離席すると合図してその場を離れると、女子トイレ前のベンチに腰掛ける。大和が聞いていると分かれば話しにくくなる内容だろうから、私からの親友としての配慮だ。


『告白、後々やり直させて欲しいって……! 私の全てを好きになってからもう一度ってよ!?』


「はえ〜、よかったじゃん。じゃああとはお尻以外の部分を好きになってもらうだけってわけね」


 それ、マイナスがゼロに戻っただけな気もするけど。まあ本人が嬉しそうならいっか。


 どの道遠回りにはなっちゃったけど晴翔が葵のことを好きになるのなんてそう時間はかからない気がするし。むしろ私や大和目線から見ればなんで今までそうなるなかったのかが不思議なくらいで。全く、幼なじみというのはこれだから……。


『へへ、えへへへっ。どおしよ夜瑠、ニヤニヤが止まんねぇ! 晴翔がお尻以外のところもちゃんと見てくれるって宣言してくれたんだ……私のことを、一人の女として!!』


「ったく、相変わらず晴翔のことになると乙女だなぁ。あのド変態君のどこがそんなにいいんだか」


『夜瑠には分かんねぇだろうなぁ〜。アイツの良さを一番分かってるのは幼なじみである私だけ。そう! 昔からずっと一緒だった私だけなんだからよ!!』


「はいはい。そうですか〜」


 テンション高いなぁ。晴翔をフッちゃったこと相当後悔してたみたいだし、良かった良かった。セッティングしてあげた甲斐があったってものだ。……まあ私は正直邪魔が入らないようにしてあげただけで、ほとんど当人たちで解決してしまったのだけれど。


「ま、仲直りできたのならひとまず安心だよ。ここからはひたすらアタックするだけなんでしょ?」


『アタッ!? お、おぅ。もちろん……わ、私の魅力を分からせて悩殺してやる!!』


 あ、駄目だこの子。なんか凄く嫌な予感がする。こう、空回りしそうというか。気合の入れる場所を間違えそうというか。


 ……まあ、それはそれで多分見ていて面白いと思うしいっか。本当に困りそうな時は助けてあげればいいし。


「じゃあ一旦切るね〜。今外にいるから。また明日〜」


『お〜う!! 夜瑠も頑張るんだぞ!!』


「へ? 私……?」


『赤松のことだよっ! 夜瑠は私と違って女の子として最高に可愛いんだからな!』


「は、はぁっ!? ちょ、待っ!! 私と大和は別にそんなんじゃ────っ!!」


 ツー、ツーっ。


 電話が途切れる。葵め、一方的に電話を切るなんて。


 何が頑張るんだぞ、だ。私は本当に違う。別に葵と違って恋焦がれるとかそういうの、全く……。


「何勘違いしてんだか。ったく……」


 ないない。私は恋愛とかそういうの、全然興味ないし。こういうのは見る専なんだから。


「は〜ぁ。って、大和待たせちゃってる。戻ろ」


 私は、葵と晴翔の恋愛話を聞いてニヤニヤ助言をするくらいがちょうどいいしね。


◇◆◇◆


「お、おっす……晴翔」


「お、ぅ。おはよう……葵」


 もはや示し合わせたかのように、俺たちは制服姿で遭遇する。


 小学校の集団登校時代から、中学。そして今は高校、と。もう何年になるかも分からないほど一緒に登校してきた俺たちにとって、これはとても自然なことだ。家だって隣だし、仮にどっちかが少し早く家を出てしまっても結局相手が来るまで待ち続ける。


 が、だ。二日前、関係を断ち切ってしまうかのような最低な告白をし、そして昨日一時的に幼なじみに戻った俺たちが今までと同じ空気感でとは……正直、いかなかった。


「な、なんだよっ。私の顔になんか変なもんでも付いてるか?」


「へっ!? い、いや。そんなことないぞ。いつも通りの葵だ」


「いつも通り……なのか?」


「〜〜っ!!」


 あれ、なんだコイツ。何らしくない表情してんだよ。


 男勝りで、喧嘩っぱやくて。口調も女らしくなくて乱暴。そんないつもの葵なら、「ならいいんだ! 行こうぜ!」と歩き出しているはずだ。


 それなのに。何故か今日の葵は、まるで俺からの何かを期待するかのように身体をもじもじさせていて。ちょっと上目遣いでほんのりと頬を赤く染めるその様は、確かに女の子で。


(い、今俺……可愛いって、思ったのか?)


 葵の容姿はかなり整っている。体型なんかも申し分なくて、男女問わず昔から色んなやつにモテまくっては告白もされていた。


 美少女、と表すにはどうしても俺にとって葵の存在は身近過ぎて、今まであまり深く考えたことはなかった。それこそ結局俺の初恋は葵のお尻に奪われたわけだけど。


「……ん」


「な、なんだよ?」


「手……繋ご? これから私のお尻以外に好きなところいっぱい、探したいんだろ」


 ああもう、マジでなんなんだよ!!


 今日の葵は心臓に悪すぎる。一つ一つのモーションが可愛くて、女の子で。まるで目の前にいるのは葵の姿をした別の誰かなんじゃないかって思えるほどに。


 可愛い。胸がザワつく。なんなんだ、この気持ちは……。


「そんなところ見られたら……ご、誤解されるぞ?」


「……晴翔となら、いい」


「はぁっ!?」


 待て。本当に待ってくれ。


 俺と葵はただの幼なじみだった。一方的に恋をしたのは俺の方で、それがお尻だったかどうかなんて置いておいても俺は鼻から玉砕覚悟だったんだ。


 葵はプロポーションが高くても俺は違う。運動も勉強も平均で、突出したところはないし顔だって良くて中の下。人に好きになってもらえるような点なんてこれっぽっちもない。


 それなのに昨日の発言といい、今日の態度といい。もしかしたら葵は俺のことが好きなんじゃないかって。あまりに自惚れていて自信過剰かもしれないけれど、そう思わせくる。 


 葵にとって俺は一体……どういう存在なんだ?


「い•い•か•ら!! お前は私と手を繋ぎたくないのか!? 私とじゃ、嫌……なのか?」


「そ、それはない! あーもう、分かった。分かったよ……」


 いつものように葵の半歩後ろではなく。隣に立って、差し出された手をそっと握る。


 ……暖かい。そういえば葵と最後に手を繋いだのっていつだっけ。運動してるかっこいい姿を何度も見ていたから勝手に大きい手を想像していたけど……こんなにちっちゃくて、か細かったんだな。


「じゃ、じゃあ……行くか」


「……おぅ」


 お互いに照れ臭くてそっと顔を背けると、手だけで存在を確かめ合うかのように握る力が強くなる。




 これまでとは明らかに違う、俺たちの新しい日常が幕を開けた気がした。 

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