「ハンバーグプレート一つと、ドリア一つ。あとマルゲリータピザ一つに辛辛チキン三つ。んでセットドリンクバーお願いします」
「え? あっ……じゃあ俺はナポリタンとセットドリンクバーで」
「畏まりました。ドリンクバーの方セルフサービスとなっておりますので、あちら入り口手前にてお願い致します。では、少々お待ちください」
席に着き、しばらくメニュー表を眺めて。呼び出しボタンで店員さんを呼ぶと、葵は颯爽と横文字メニューを羅列した。
えっと……なんて言った? ハンバーグ、ドリア、ピザとチキンとドリンクバーだっけ? 凄いなコイツ。運動部時代からよく食う奴だとは知ってたけど。明らかに常人なら食いきれない量の注文だ。
「……今、どんだけ食べるんだって思ったろ」
「へっ!? ん、んなわけないだろ! その、よく食べるなぁって思っただけで……」
「ちょっとニュアンス違うだけじゃねえか」
そんなこと言ったって、なぁ。むしろそう思わない方がおかしいというか。
ハンバーグとドリア、くらいまでならまだ分かる。ハンバーグを頼むときは大体ライスを追加するわけだから、それがドリアに変わっただけのことだ。
だがそこにピザ一枚丸ごととチキンが三つも加わるとなれば充分大食いレベルだ。やっぱりバスケ現役時代に筋肉をつけるためとよく食べていた習慣がまだ残っているのだろうか。バスケを辞めた今、そのペースで食べ続けると危険な気もするけど。
「バスケは辞めたけど毎日運動はしてるっての。毎日朝と夜に三キロずつのランニング。今日だってちゃんと朝走って来てる」
「よ、夜もやってたのか!? 朝やってるのは知ってたけど……」
「バカ、現役時代にそんな事やったら身体ぶっ壊れるっての。引退してから増やしたんだよ。バスケ辞めた分の埋め合わせでな」
いや、いやいやいや。毎日計六キロランニングて。コイツ体力どんだけなんだ。流石中学時代女子バスケ部でエースを張っていただけはある。俺なら朝の三キロだけで足を攣ってその場で動けなくなる自信しかないな。
というか、どうりで……。運動部時代バスケユニフォーム越しに見ていたあのハリがありながらも丸い、かと言って垂れているわけではない理想的な形。さながら桃尻と呼ぶにふさわしいお尻が、中学三年生の夏に部活を引退してもう半年も経つ今でも全く崩れる事なくキープされているのには違和感を感じていた。
もちろんコイツ自身生まれつきお尻のポテンシャルはあったのだろうが、それだけじゃない。あのお尻はちゃんと努力によってキープされていたのだ。
大きすぎず、小さすぎず。確かな柔らかさを感じさせる丸みを帯びながらもしっかりと引き締まった、完璧なフォルム。その背景にキチンと努力が詰まっているのだと思うとどこか感慨深い。
やっぱり先天性の形の良さに頼るばかりで努力を怠る怠け尻と、そのポテンシャルを持っていながらも向上心を持ち続けて美しさに磨きをかけた美しい桃尻とでは根本的な部分で魅力に差が出てくる。流石だ葵。それでこそ俺が惚れたお尻の持ち主だ……。
(って、俺はまた何考えてんだ!? だぁもう、クッソ!! 反省しろやァァァッッ!!!)
思いっきり自分をビンタしてやりたくなる衝動に駆られながらも、いきなり葵の前でそんなことをしたら何事だと不審がられそうなのでグッと堪える。
駄目だ、これからお尻への告白の件を謝ろうとしているのに、俺は思っていたよりも頭の中をお尻に支配されてしまっているらしい。こんなんじゃ謝ってもすぐにボロが出て終わりだ。
お尻のことは考えないように。そう思えば思うほど、俺の中でお尻への感情が溢れ出て来て。葵への好きが止まらなくなる。こんなのじゃ駄目だと分かっているのに。
「そっ……か。やっぱり努力家なんだな、葵は。素直にかっこいいよ」
「っおえ!? そ、そそそそうか!? 別に褒められるようなことじゃねえよ。……へへっ」
俺は、どうすればいいんだ。
ここでただうわべだけの謝罪をするのが、本当に正解なのか?
それとも……
◇◆◇◆
セルフサービスのドリンクバーを二人で取りに行ってから席に戻ると、やがて数分で飲んでいた料理が到着する。
字面で見るよりもやはり目の前にそれらが届くと迫力が凄まじく、これらの食べ物が今から全てあの細い葵の身体の中に全て収まるのかと思うと。女の子は不思議な生き物だなと思った。
「んぅめぇ〜! ひっさしぶりにここのハンバーグ食べた!! ピザもチーズやっべえなオイ!!」
「それは良かった。そんな美味そうに食べてもらえるとお金出した甲斐があるな」
ナイフで切り分けたハンバーグをフォークで刺して口に運んだ次は、熱々のドリアをスプーンで掬う。チーズで閉じ込められたそれは相当熱かったらしく、かなり焦った様子でメロンソーダを飲んでから。ピザカッターで一切れのマルゲリータピザを用意すると、粉チーズたっぷりのそれをパクり。
食べる速度は早くどこかがっついているようにも見えるが、食べ方はかなり綺麗だ。ナイフとフォークの持ち方、使い方も上手いし、咀嚼音が聞こえてくることもない。美しい食べ方なのに異常な速度で食べ物が消えていくその様はもはや異様としか表すことができない。
このまま気持ちのいい食べっぷりを眺めてゆっくりと食事を楽しみたいが、残念ながらそういうわけにもいかないんだよな。ここに葵を呼んで一緒に食事をしているのは、ただいつものように幼なじみとして純粋に楽しむためではなく謝罪の場を儲かるためなのだから。
小さく深呼吸をして。烏龍茶で軽く喉を潤してから。俺は意を決すると、口を開いた。
「葵、話があるんだけど……いいか?」
ピクッ。ピザを食べ進めていた彼女の身体が小さく反応すると、目線が交錯する。
恐らく中月から今日俺になんで食事に誘われたかはそれとなく説明を受けているだろう。というか、もはやそんなことをされなくても大方察しがついているはずだ。
だから、多分「ようやくか」という心境で。そっとテーブルに備えつきの紙で口元を拭くと、すぐに話を聞く体勢を整えてくれた。
本当は食後に話す方がいいかもしれないとも考えたのだが、ビビりな俺のことだ。変に後回しにしすぎると何も言い出さずに明日以降に話を持ち越しかねない。
思い立ったらなんとやら、だ。
「昨日のこと、か?」
「あ、あぁ。あの後俺なりに色々考えたんだよ。それで、その……」
変な告白をしてごめん。忘れてくれ。今までどおりの幼なじみに戻らせてくれ。もう一度告白をやり直させてくれ。
様々な言葉が、頭をよぎる。
俺が本当に伝えたい言葉はどれなのだろう。
きっと葵は、俺のことを″男として″好きではない。実際に俺は昨日フラれているわけだし。いくら変な告白をしてしまったからとは言え、あんな壮絶なビンタを喰らっておいて相手が自分のことを好きだなんて思うのは自惚れが過ぎる。
なら、せめて。今まで通りの幼なじみに戻りたい……のだろうか。
葵とはずっと一緒にいたい。例えそれが俺の望んだ″恋人″という関係性でなかったとしても。葵は葵だ。俺の大切な幼なじみで、そして初恋の人。そんな相手と一緒にいられなくなるくらいならいっそ、恋人になることなんて諦めて────
(諦めていい……のか?)
なんだ、これ。まるで思考にモヤがかかったみたいな。そんな感じがする。
俺はこの期に及んでまだ、葵のことを諦められないのか? このまま進んでしまえば幼なじみとしてすら、隣に立たなくなるかもしれないのに。
それほどまでに、俺にとってコイツは……
「オイ晴翔。お前、そのタイミングで黙り込むなよ」
「っ……ごめっ────」
「言っとくけど、取り繕った言葉なんて並べたら許さねえからな。私が聞きたいのはそんな言葉じゃない」
「えっ……?」
「本音を聞かせろよ。それとも昨日のあの言葉も、お前にとっては嘘だったのか?」