目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第3話 お尻派は邪道じゃないが?

「え〜、これからこのクラスの担任を務めます。相浦沙織です。初めての高校生活でみなさん分からないことも多いかと思いますが、担任として一年間精一杯フォローさせてもらいますので。よろしくお願いします」


 クラスが拍手で包まれる。


 昨日に入学式を終え、今日からはいよいよ一学期が始まる。それに伴いクラス分けで計八クラスに別れた俺たちは、各クラスで担任の先生の挨拶を受けることとなった。


 ちなみに俺と大和、葵と中月は偶然にも全員同じクラス、一年四組である。


「じゃあ私からの挨拶はこれで終わり。ここからはこれから一年を共にしていくクラスメイトに向けて、一人一人自己紹介をしてもらおうかな」


 相浦先生はおおらかな笑顔でそう言うと、まずあいうえお順の席で並んでいる俺たちの一番右前の人を指名し、出席番号一番、二番と進んでいくように自己紹介を求める。


 なんともまあ一学期らしい流れだ。大和はこういう時赤松という名字のせいでほとんど一番目を任されてしまうから可哀想だな。そういえば中学の卒業式でも唯一一番最初だからと卒業証書の全文を校長先生から読み上げられていたっけ。


「え〜っ、と。赤松大和です。小中とずっとサッカーをやってて、高校でも一応サッカー部に入る気です。なので同じ人は仲良くしてくれると嬉しいです。これから一年間、よろしくお願いします」


 そしてやはりこういうことに慣れているからか。一番槍としての役割が上手い。


 自己紹介をどのようにするか細かく指示は受けていないから、基本的にはみんな一番目の人がしたのを真似ていくことになるだろう。


 それを分かっていての小中の部活の話と、これからどの部に入ろうとしているかの話。これなら真似やすいし、帰宅部だとしてもそれはそれでとりあえず真似ることだけはできる。簡潔に済ませてかつ、初めて話す人とも話題作りをできるお題をこうやって挟むのはやはり流石だ。


 そして案の定、二番の人も三番の人も、似たような構文での自己紹介を続けて。出席番号十八番、葵の番がやってくる。


「白坂葵です。中学まではバスケやってました。高校では今のところ部活入るつもりはないです。よろしくお願いします」


 おお、アイツ簡素の中でも本当に簡素に済ませやがったな。


 にしても高校では部活するつもりなかったのか。バスケの半ズボン越しのアイツのお尻はシルエットが若干隠れながらもその中に確かな丸みがあって中々良かっ……ん゛んっ。


 まずい、この尻フェチが原因でつい昨日フラれたことを忘れたのか俺は。いや、だからと言ってあの魅力的なお尻をもう二度と見ないなんてこと、できるはずがないんだけどさ。


 俺にとってのお尻は、男子高校生にとってのおっぱいと大差ない。むしろそれ以上の存在だ。特にそれが葵のものとなれば簡単に視線は吸い寄せられ、つい見入ってしまう。


「……けっ」


「っ!?」


 あれ? というか今、アイツチラッとこっち見た? 見るだけ見て舌打ちするみたいにした?


 まずい。スカート越しのお尻を見ていたのがバレたか。今日は昨日のことを謝るつもりでいるのに、そんなのがバレたのなら謝りづら過ぎる。


 実際に気づかれたのかは分からない。が、葵が向けてきた視線はまるで俺を突き刺すように鋭くて。


 俺には、その恐怖を椅子に座って柔らかく変形したお尻を眺めることで中和することしかできなかった。


◇◆◇◆


「ね〜ね〜晴翔〜。昨日葵に告白してフラれたんだって〜?」


「っ……な、なんだよ。俺のこと笑う気か?」


「私がそんな性悪に見える? もぉ、慰めてあげようと思っただけじゃんかぁ」


 ぐらっ、ぐらっ、と。椅子を後ろに傾かせながらそう絡んできたのは中月。葵の親友である。


 一応彼女とは俺も面識があり、葵の他に唯一と言っていいほどちゃんと仲の良い女子の友人だ。


「顔がニヤついてるぞ。この高校デビュー性悪ヤンキーめ」


「ちょっ、当たり強いなぁ。お尻狂いのド変態陰キャ君め」


 高校デビューと言ったのは、彼女の髪が変わったのは高校に上がる寸前の春休みの出来事だったからである。


 まあ元々ギャルっぽいところはあったし、いつ髪を染めてもおかしくない感じではあったんだけども。中学が終わりようやく校則の縛りが無くなったことで、速攻美容院に行って今のような派手髪へのデビューを果たした。


 元々の性格からもムカつくがよく似合っているため、高校から初めて関わる奴らにはむしろ黒髪に戻られた方が違和感があるくらいだろう。


「全くぅ。どうやったらあなたのお尻が好きですなんて酷い告白できるのさ」


「それ、大和にも同じこと言われた。やっぱり葵怒ってるよな……?」


「そりゃもう、ね。おこおこのプンプンだよ」


「だよなぁ。クッソ、マジでなんであんなこと言っちゃったんだぁ……」


「それは晴翔がド変態だからじゃん? ま、純粋におっぱいとかじゃなくてお尻ってのは流石に私もびっくりしたし」


「オイちょっと待て。その言い方はお尻派として看過できないぞ。何か? お尻派は邪道だと、お前はそう言いたいのか?」


「あはー、そこで噛みついてくるのはド変態過ぎるよぉ」


 そんなことを言われても。お尻をこよなく愛する者として、おっぱいとの差別化をする発言を見過ごすことなんてできるはずもない。


 おっぱい派とお尻派は古来から争いを続けている二代派閥。いわばたけのこなアレときのこなアレと同じ。自分の属する派閥が見下されるようなことがあれば、声をあげて抗議する義務があるのだ。


「ま、それは一旦置いておいて。どうするの? 仲直り、したいんでしょ?」


「……それは、まあ」


「ならやっぱり謝るのが一番手っ取り早いよ。そしてできることなら告白をやり直すべき。葵を好きだって気持ちは本物なんでしょ」


「あ、あぁ。勿論そのつもりだよ」


 俺は葵のことが好きだ。それに間違いはないはず。普通顔とか性格から人を好きになることが多いが、俺の場合それがお尻だったというだけ。この好きに嘘はない。例え周りと違ったとしても。


「なら早速今日、一緒に帰ってその時に謝っちゃいなよ。私もそうできるようサポートしたげるから」


「ほ、本当か!?」


「もちもちのもちだよ〜。ま、なんやかんや言って晴翔とも腐れ縁だし。ジュース三本で手を打ってあげる」


「う゛っ……お前、そういうところほんとちゃっかりしてるよな」


「なんとでも言いなさいな。ど〜せ晴翔が頼れるのなんて私と大和くらいしかいないんだから」


「……喜んで、買わせていただきます」


「素直でよろしい〜」


 ムカつくが、正直頭が上がらない。


 俺が頼れるのは大和とコイツのみ。それは本当のことで、しかも葵に真正面から接触できる人物ともなればいよいよ本当に中月に頼るしかなくなる。コイツ自身もそれを分かっていての交渉のはずだ。


(こういうところがいけ好かないんだよなぁ……)


 だが背に腹は変えられない。ここは大人しく要求を飲むとしよう。




 葵との関係修復には間違いなく、コイツの力が必要だ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?