「な、なんだよ。話って……」
桜舞い散る春の空。雲一つ無い快晴の下、俺はそんな陽の当たらない体育館裏にいる。
高校一年生、春。それは入学式が終わってすぐのことだった。
「ごめんな、葵。急に呼び出して」
「いや、別にそれはいいんだけどよ。珍しいじゃねえか。晴翔からこんな、改まってなんて……」
彼女は白坂葵。俺、こと中之島晴翔の幼なじみである。
青い短髪を靡かせ、どこか落ち着かない様子でくるくると指に毛先を絡ませる彼女こそ、俺の初恋の相手。そして今、まさにその想いを伝えようとしている瞬間だ。
高校の体育館裏。そんなベタな場所に男子から呼び出されたのだ。きっと葵も薄々感じとっているのだろう。これから、自分は告白されるのだと。
「葵。お前とは昔からずっと一緒だったけどさ。なんというかこう……女子ってよりは、友達だった。異性としては本当、これっぽっちも見てなくてさ。ただ一緒にいると楽しい。それだけだったんだ」
「う、うん。知ってるよ。アンタは昔からずっと、そういう奴だった」
葵の性格もあってだろうか。男勝りで、口調も決して女の子らしいとは言い難い。だからどうしてもコイツとは異性という接し方をするよりも、隣で男友達のようにしている方が心地よくて。
けど、今はもう違う。
一度気持ちを自覚してからは、ずっとそれが心の中で大きくなっていくばかり。今ではもう、隣に立つことはおろか、近くにいるだけでずっと意識してしまう。
きっとこれが。これこそが────
「だけどな、葵。俺はもう、お前をただの友達としては見れない。もちろん幼なじみっていうのはある意味元々ただの友達じゃないのかもしれないけど。そういうことじゃなくてさ。……一人の女の子として、お前のことが特別になってるんだ」
「っっう!? あ、うぅっ!?」
かあぁっ。みるみるうちに葵の頬が真っ赤に染まり、その紅潮は耳まで伝染していく。
毛先を弄る手はフリーズし、挙動不審になりながら俺を見つめていた。もじもじと左右に少しだけ揺れているところもやっぱり可愛い。
「だから、お前にこの想いを伝えたくてこんな場所に呼んだ。葵と、これまで以上の関係になりたくて。こんな俺の言葉を聞いてくれるか?」
「……うん」
小さく深呼吸をした。緊張で少し乱れていた呼吸が整い、頭が冴えていく。
この告白が成功するかどうかは分からない。俺には未来を見ることはできないし、絶対に成功すると言い切れるほど自分に自信があるわけでもない。
信じられるのは、これまでの行いと経験だけ。葵と築き上げてきたこれまでの日々はきっと、この一瞬に繋がっている。
情けないところもたくさん見せてきた。男として、人より劣っているところも沢山あると思う。それでも俺は、そんな俺を……葵に、好きになってもらいたい。
だから目と目を合わせ、正直な言葉をぶつけるのだ。心の奥底にある本音を、ありのままに。これで失敗しても後悔はないと。そう、言い切れるように。
「俺はお前が……お前のお尻が大好きだ!! だから俺と、付き合ってくれ!!!」
「………………は?」
────俺は、君のお尻に恋をした。
◇◆◇◆
「ういっす晴翔。あれから連絡無かったけど結局どうなっ……て? その頬どうした」
「大和、おはよ。俺は燃え尽きたぜ、真っ白にな……」
翌日。俺は腫れた頬の痛みを冷えた湿布で和らげながら登校した。
新しい学校の新しいクラス。高校一年生初めての登校にあるまじき姿だなと思いつつも、唯一の親友が同じクラスだったのは不幸中の幸いか。
「え、フラれたの? まぁじか。俺は勝ち確だと思ってたんだけどなぁ」
コイツの名前は赤松大和。中学からの付き合いで、俺にとっては葵の次に付き合いが長い相手である。
女の子である葵にはできない相談も同じ男であるコイツだからこそすることができて、実際昨日の告白のことも何度か相談したりしたものだ。まあその結果は散々なものだったけれど。
あ、これはちなみになのだが、葵も同じクラスである。当然昨日の今日だから目すら合わせられないが。
「まさかビンタされるとは。さてはお前、よっぽど酷い告白をしたな?」
「酷い告白だと!? 俺はお前に言われた通り自分の気持ちを全部曝け出してだな!!」
「……ああ、なんか察した。お前、絶対晒し過ぎただろ。白坂さんになんて言って告白したんだ?」
「え? それは……」
俺は事の顛末を素直に話した。
入学式の後体育館裏に呼び出し、告白をした事。ただ好きだというありきたりな言葉だけで済ませるのではなく、ちゃんとどこを好きになったのかを述べた事。そして、その後答えを聞く間も無く猛烈なビンタを喰らった上に逃げられた事。その全てを。
「お前、前々から馬鹿だとは思ってたけどさ。あれだな。筋金入りってやつだな」
「誰が筋金入りの馬鹿だって!? おま、フラれたばかりの親友に対してちょっとばかり冷た過ぎやしないか!?」
「いやぁ……だって、なぁ? その告白方法でOKしてくれる女の子なんていないって。何が『お前のお尻が好きだ、付き合ってくれ!』だ。頭沸いてんのかド変態」
「ぐぬ、ぐぬぬぬ……」
俺は、葵のお尻に恋をした。
これは紛れもない事実だ。よく恋愛映画なんかで「私のどこを好きになったの?」と聞く女子がいるが、俺は葵に同じことを聞かれたら真っ先に「お尻が好きになった」と答えられる自信がある。
「ったく、お前が″尻フェチ″なのは知ってるけどさ。普通好きになった女子に向かってそれを告白するかぁ?」
「んなこと言われたってぇ。俺は葵のお尻を好きになって、そこから惹かれていったわけで……」
「お前、やっぱり最低だぞ。じゃああれだ。お前がいかに酷い告白をしたのか、俺が簡単に教えてやる」
ん゛んっ、と一度咳払いをしてから。大和は机に突っ伏していた俺に目線の高さを合わせると、真面目な表情をして言う。
「いいか? 俺が女子だと思ってこの言葉を聞け。お前が女子からお前のした告白と同レベルのものを受けるという前提だ」
「お、おう。分かった」
何これ、怖い。妙に真剣な表情でそんなことを言ってくるもんだから、思わず頷いてしまった。
けど、俺の告白って本当にそこまで最低だったのだろうか。いや、そりゃ普通の人よりは酷いかもしれないけど。ここまでボロカス言われるほどのことか? むしろ自分の性癖を正直に曝け出してる分、隠れて堪能するよりはよっぽど────
「あなたのち◯ぽが好きです。私と付き合ってください」
「…………ふぁ?」
「これがお前のした告白を女子バージョンに置き換えたものだ。どうだ? 自分がどれだけクズか、少しは分かっただろ」
「ま、マジで? 俺今のと同レベル? 正直キモ過ぎて血の気が引いたんだが」
「だぁから、白坂さんはそれと同じ感情を抱いてお前をビンタしたんだっての。ようやくこれで自覚できたか」
「お、俺……最低だったのか。ち、ち◯ぽと同レベルの告白をしちゃったのか!? 昔からずっと一緒にいた幼なじみに、ち◯ぽと! よりにもよってち◯ぽと同レベルのを!!」
「ば、馬鹿野郎! おま、ち◯ぽち◯ぽ連呼すんな!! 俺まで変な奴だと思われるだろ!?」
まずい、俺はとんでもないことをやらかしてしまったのか。
大和にあんなクソ告白シュミレーションをされてようやく気づくことができた。俺は葵に、あんなことを……。
(謝らないと、だよな。ああでも、なんて謝ればッ!!)
告白に失敗し、この恋は終了したのだとばかり思っていたのに。
どうやら、苦悩はまだ続いていくらしい。