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40 ソルの幸せ

 久しぶりにソルからロベリアへ連絡があった。正確には、連絡があったというより、気がつけばロベリアの制服のポケットにメモが入っていた。


 ――我が太陽。今日の午後の授業が終わったら、私の研究室にてお待ちしております。


(私も先生にお礼を言いたかったから、ちょうど良かったわ)


 アランを更生させてくれたお礼をまだ言っていない。ロベリアは指示通り、授業が終わるとソルの研究室へと向かった。


 研究室の扉をノックすると、「どうぞ」という声と共に、わざわざソルが扉が開け招き入れてくれた。扉を閉めたソルは、うやうやしくひざまずく。


「我が太陽。お越しくださり光栄です」

「まだ私が太陽なのですね」


 ロベリアが床にしゃがみ込み、ソルの視線の高さに合わせると、ソルが銀ブチ眼鏡の奥で迷惑そうに眼を細めた。ソルは主に忠誠を誓っている証しに、ひざまずきたいらしい。


「我が太陽。それはどういう意味ですか?」

「どういう意味って……」


 嫌そうに立ち上がったソルに合わせて、ロベリアも立ち上がった。


「だって、私がダグラス様とおつき合いしているから、もう私は先生の太陽じゃないのかなって?」


 ソルはニッコリとウソくさい笑みを浮かべると、どこからか薄い冊子を取り出した。それはいつか見せてもらったファンクラブの会報誌だった。


「新刊ですよ」

「あ、そうそう。私ももらいました。そういえば、ファンクラブも、まだあるんですね」


「当たり前です。むしろ、ロベリアさんがカマルくんやアランくんではなく、ダグラスくんを選んだことで、『ロベリア様は真の女神だ!』と会員たちはお祭り状態です」


「どうしてそうなるのか、よく分からないんですが……?」


「ファン心理なんて、貴女は理解しなくて良いのですよ。それに、この画集を見てください」


 ソルは研究室の棚から、一冊の薄い本を取りだした。そこには、優しいタッチで描かれたロベリアのイラストが描かれている。


「あ、これ。レナさんの……」


 ソルから画集を受け取り中身を見てみると、レナが描いたロベリアとリリーのイラストを一冊の本にまとめたものらしい。


「それは、今、爆発的な人気になっていまして、なかなか入手できないレアものですよ。ちなみにレナさん曰く、売り上げは、兄のレオンくんの医学院への資金の足しにするそうです」

「へぇ……って、これ、そんなに儲かるんですか!?」


 医学院の授業料は、とんでもなく高いと聞いていたので驚いてしまう。


「まぁ、それなりに」

「そうなんですね。レナのお兄さんも好きなことができそうで良かったです」

「我が太陽、安心するのはまだ早いですよ。レオンくんは、こちら側の人間ですから」


 狂気じみた笑みを浮かべながらソルは顔を近づけてきたが少しも怖くない。ロベリアが「はいはい」と流すと、悲しそうなため息が聞こえる。


「もう貴女に、怖がっても、おびえてももらえないので、先生は本当に悲しいです。でも、貴女のような模範的な生徒に、理由もなくお仕置きするわけにはいきませんからね……」


 そう言いながら、ソルは一冊の本を取り出した。


「そんなわけで、貴女の泣き顔を見たいというこの欲求を合法的に満たすために、先生、貴女をモデルにした物語を書きました」

「……え? 何しているんですか、先生?」


 相変わらずソルの思考がぶっ飛んでいてついていけない。


(でも、私の物語ということは、ダグラス様との恋愛もの? それは、ちょっと読んでみたいかも)


「先生、その本の中を見てもいいですか?」


 ソルは「もちろん、いいですよ」と本を差し出した。


(どれどれ……)


 パラパラと中身を見ると、ロベリアがモデルと思われる主人公のイザベラが、リリーがモデルと思われる妹のアリアに、歪んだ愛情を向けられ牢に監禁され、大変な目にあわされてしまうという年齢制限付きの内容だった。


「ええっ!? ほ、本当に何しているんですか、ちょっと、先生!?」

「貴女の泣き顔が見たくて、つい書いてしまいました」


「ついじゃないですよ!? しかも、この内容のものを本人に見せるって、いったい何を考えているんですか!?」


 ソルは少しも悪びれず「羞恥に頬を染めて、涙目になる貴女を一度見てみたくて」とうっとりする。


(あ、危ない……。やっぱり、この人、危ない……)


 その視線を受けて、ソルは嬉しそうに熱く息を吐いた。


「ああ、そのおびえた瞳、最高です」

「先生。これは、おびえているのではなく軽蔑しているんです!」


「でしたら、もっと軽蔑してもらえるように、たくさん本を書きましょう。次回作は、貴女の前で朗読して差し上げましょうか?」


(この人は、やめてって言っても絶対にやる……)


 ロベリアは、ため息をついた。


「もう、先生が楽しいならそれで良いですよ」


 ソルは笑顔を作るのをやめた。


「先生がこの学園を守ってくださったから、リリーも私も、今、とても幸せです。アランだって先生のおかげで前より楽しそうに過ごしています。だから、お礼もかねて、先生の楽しみには、できる限りおつき合いします」

「ロベリアさん……」


 ソルは神妙な顔でロベリアに白紙の紙を手渡した。


「では、私が書いた物語を熟読して、一週間以内に、読書感想文を先生に20枚提出してくださいね」

「先生、少しは遠慮してください」


「仕方がないですね。では10枚で」

「先生……」


 ロベリアは、ふと乙女ゲーム『悠久の檻』での中でのソルを思い出した。ゲームとは違い、目の前のソルには、影を含んだ暗殺者の姿はどこにもない。


「先生、今、幸せですか?」


 つい口にしてしまった言葉に、ソルは口の端を少しだけ上げて答えた。


「お陰様で。とても楽しく過ごしています」


(だったらいいか)


 ロベリアは、仕方がないので読書感想文を10枚書く覚悟を決めた。

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