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【カマル視点】最高のパートナー?

 護衛のダグラスが昼休憩に用事があるといって席を外したため、カマルは十数人の令嬢たちに囲まれて困っていた。


 ダグラスの代わりの護衛たちが令嬢を押し留めようとしても、止まらず押しかけてくる。


 なんとか令嬢たちの輪から抜け出したカマルが大きなため息をつくと、輪の外にいたリリーと目が合った。


 リリーの瞳には、相変わらずカマルへの好意は一切見えない。リリーは一歩カマルに近づくと「忙しそうだけど、少し時間をもらえませんか?」と丁寧な口調で話しかけてきた。


「忙しくはないよ。少し足止めされていただけだから」


 カマルの言葉にリリーの大きな瞳は、不快そうにスッと細くなる。


「話し合いはサロンで良いかな?」

「……はい」


 声にも不快感が現れている。


(さて、婚約の話をどう切り出そうかな?)


 王族だけが仕えるサロンにリリーを招き入れると、ソファーに座るように勧めたが、リリーは「いえ」と断った。


 リリーの態度を不敬だと感じたのか、殺気立つカマルの護衛たちに部屋の外で待つように伝える。カマルはソファーに座ると、リリーに穏やかに微笑みかけた。


「で、用件は何かな?」


 女性と話すときはできるだけ穏やかに話すように心がけている。カマルに声をかけられただけで、うっとりする女性ばかりなのに、リリーはため息をついたあと嫌そうに口を開いた。


「お姉様の幸せのために、貴方の婚約者に立候補しようと思ったんだけど……やっぱりやめるわ」


 リリーの言葉に驚いたが、顔には少しも出さずにカマルは尋ねた。


「どうして?」

「だって貴方、完璧王子とか呼ばれているけど、ぜんぜん分かっていないんだもの」


 その翡翠のような瞳には、軽蔑の色すら浮かんでいる。


「もちろん私は完璧じゃないよ。でも、君が言うほど愚かでもないと思うけど?」

「もし貴方が愚かじゃないんだったら、貴方は貴族女性の幸せには、少しも興味がないってことね。じゃないと『少し足止め』なんて言葉は出てこないもの」


 カマルは、確かに女性に興味はない。婚約者は必要だし、将来的に王妃が必要だとは思うが、王妃は愛する人ではなく、信頼できる優秀なパートナーを望んでいる。


 だからこそ、理解できないリリーの言葉が気になった。


「どういう意味か説明してほしいね」


 リリーは、まっすぐにカマルを見つめた。そこには女性特有の媚びや機嫌伺いなどが一切なく、まるで男性と話しているような気分になる。


「貴方を取り巻く女性たちは、どうして貴方に付きまとっていると思う?」

「それは、私の婚約者になりたいからだろうね」


 カマルは『何を当たり前のことを』と思ったが、リリーは首を左右に振った。


「そうだけど、違うわ。彼女たちが貴方に付きまとうのは、両親にそうするように強く言われているからよ。そうしないと怒られたり、ひどい家ではぶたれたりすることもあるでしょうね」


「どうしてそうだと言い切れるの?」

「私もお姉様もそう言われているからよ」


 ――学園では、少しでもカマル殿下の視界に入れ。

 ――殿下の寵愛を得ろ。

 ――それができないお前に存在価値はない。


「これは私がこの学園に入学するときに父から贈られた言葉よ。ロベリアお姉様も入学時に言われていたわ。貴方に少しも相手にされていないのに、付きまとわなければならないこたちの必死な顔……。私もお姉様がいてくれなかったら、そうなっていたでしょうね」


 淡々と語る声が、この話は真実だと告げている。


「貴方はとても優秀らしいけど、貴方が国王になっても貴族女性の地獄は変わりそうもないわね」


 リリーの瞳は、とても冷めていた。カマルに少しの期待もしていない。


「私が貴方の婚約者になれば、お姉様と護衛騎士の関係をお父様に認めてもらえるかと思ったけど、私、貴方は嫌だわ」


 もう用は済んだとばかりに、リリーはカマルに背を向けた。カマルはソファー立ち上がり、リリーの腕をつかんだ。


「だったら、君が変えればいい」


 リリーは冷たい表情のまま、少しだけ首をかしげた。


「私は完璧でありたいと日々努力はしているけど、少しも完璧じゃないことを誰よりも私自身が分かっている。だから、ダグラスのような優秀で信頼できる人材を側に置きたいんだ。リリー、君はとても優秀だ。だから、不甲斐ない私のために、君自身が貴族女性の明るい未来を切り開いてくれないか? 私はそれを全力で後押しするよ」


 少しだけ悩んだリリーは「そうすれば、お姉様も幸せになれるかしら?」と呟いた。


「なれる。ロベリアの幸せのためにも、君は私の側にいるべきだ」


 卑怯な言葉だったが効果てきめんで、リリーはフワッとやわらかく微笑んだ。初めて見たリリーの笑顔はとても愛らしい。


「そう。なら、そうするわ。お姉様の幸せのために、私は貴方の側にいる」

「独身女性を配下にするわけにはいかないから、私の婚約者という形にしてもいいかな?」

「そうね、そのほうがいろいろと便利だものね」


 カマルを上から下まで眺めたリリーに、「まぁ……我慢できるわね」と呟かれて、さすがにカマルも少しプライドが傷ついた。


「これでも見目麗しい王子と言われているんだけど?」

「うーん、少しも私の好みじゃないけど、そうね……貴方のこの金髪だけは、綺麗だと思うわ。だって、お姉様と一緒だもの」


 リリーにフワリと微笑みかけられて、カマルは気がついたことがある。


「私は女性の外見の好みはないけど、君の笑顔は好ましく思うよ」

「そう?」


 興味なさそうなリリーに、カマルはおかしくなってきた。


「君は面白いね」

「貴方も思っていたほど悪い人じゃなかったわね」


 カマルが「これからよろしく」と出した右手をリリーは軽く握りしめた。


「よろしく……と言いたいところだけど、私の前では、その気持ち悪い話し方やめてよね。アンタ、護衛騎士には偉そうに話しているくせに、女性の前でだけ猫かぶってるのバカみたいよ?」


 今まで誰にも指摘されなかったことを指摘されたカマルは『もしかしたら、私は最高のパートナーを得たかもしれない』と思った。

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