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【ダグラス視点】褒美か罰か

 急に周囲の時の流れが緩やかになった。整い過ぎているロベリアの顔がゆっくりと近づいてくる。


 ロベリアは、ダグラスの唇に、フニッとやわらかいものを押し当てるすぐに離れていった。


(……今)


 状況を判断すると共にダグラスは腰が抜けた。尻もちをつくと、そのすぐ側にロベリアはしゃがみ込む。


「ダグラス様!」

「は、はい!」


 ロベリアの声は怒っている。形の良い眉は釣り上がり、新緑のような瞳がダグラスを睨みつけている。


 その表情は少しも怖くないし、なんなら可愛くて悶えてしまいそうだったが、ロベリアを怒らせてしまったという事実に、ダグラスは心の底から震えた。


 先ほど聞いた『もう、やだ』という涙声がダグラスの頭の中をぐるぐると回っている。


(私は、捨てられるのか!? い、嫌だ、もうロベリア様なしでは生きていけないのに! いや、しかし、今、確かに口づけを?)


 頭の中がぐちゃぐちゃになって正しい判断ができない。もうロベリアの言葉を待つしかないと思いダグラスは黙り込んだ。


 相変わらずロベリアは、怒っているが効果音がプンプンくらいの可愛さなので、どの程度怒らせてしまったのか分からない。


(私が幼い頃に母上に怒られたときは、悪鬼のごとき形相になって、こちらが死を覚悟しそうになるほど迫力があったが……)


 恐怖で言うとロベリアに怒られるほうが怖かった。ロベリアに「別れましょう」と言われたら死を覚悟どころか、本当に死んでしまう。


(とにかく、全力で謝って、許してもらえるまで誠心誠意お仕えして……)


 ダグラスがものすごい勢いでそんなことを考えていると、ロベリアはため息をついた。


「もう! ダグラス様が誠実でとても優秀なのは分かりますけど、Rイベントどころか、恋愛イベントすら起こらないなんて……」


 ダグラスに文句を言うというより、ロベリアは独り言のように呟いている。


(あーるイベント?)


 言葉の意味は分からないが、ロベリアがダグラスに不満をかかえていることは分かった。


「も、申し訳ありません……」


 不甲斐なく思いうつむくと、ロベリアに「もういいです」と言われてしまう。


「良くありません! 私に挽回のチャンスをください!」

「また敬語になってる……」


 ジトッと見つめられて、ダグラスは「うっ」と言葉に詰まった。


「こ、今度は決してロベリアをガッカリさせない! だから、もう一度だけ」

「もういいです」


 ロベリアにくるりと背を向けられてしまい絶望していると、座り込んでいるダグラスの両足の間にロベリアがちょこんと座った。


「は、はい!?」


 ロベリアはダグラスに背中を向けたまま「ほら早く、抱きしめてください」と言ってくる。訳が分からないまま、おそるおそる後ろから抱きしめると、顔は見えないがロベリアはクスッと笑ったようだった。


「これからは、ダグラス様に期待しません。私は勝手に強制イチャラブイベントを起こしますから」


 機嫌が直ったようで、しばらくダグラスの腕の中でゆらゆらしていたロベリアは「あ、そうだ」と言ってくるりと向きを変えダグラスと向かい合った。


「ダグラス様の腹筋を見たいから見ますね! 拒否権はありませんから」

「……はえ?」


 驚きすぎて、もはやまともに返事もできなかった。


 鼻歌を歌いながらロベリアはダグラスの制服の上着を脱がしていく。


(な、なななな、なんだこの状況はっっ!?)


 ロベリアにされるがままになって気がついたら上半身がはだけていた。はだけさせた犯人ロベリアは、瞳をキラキラと輝かせている。


「うわぁすっごい……割れてる……」


 ロベリアの白い指でそっと腹筋をなでられて、ダグラスの身体がビクッと震えた


「固い、すごい……」


 腹筋をゆるゆるとなでられておかしな気分になってくる。呼吸が荒くなっていることを、無邪気なロベリアに知られたくなくて、必死にこらえていると、ダグラスはハッと気がついた。


(あ、これは夢か)


 さすがにこんなに都合の良いことばかりは起こらないだろうと、ダグラスはため息をついた。少し落ち着いてロベリアを見ると、ロベリアはニコッと可愛く微笑んでくれる。


(現実ではふれることもできないが、夢なら、少しくらい……)


 欲望に負けてロベリアの頬にふれようと右手を伸ばしたら、ロベリアにペチンと右手を叩き落とされた。


「ダグラス様は、私と結婚するまで私に手を出さないんでしょう? だから、さわっていいのも好き勝手していいのも私だけです」


 ニコッと微笑んだロベリアはどこか妖艶な空気をまとっていた。


「既成事実……は、さすがに無理だけど、ダグラス様を他の女性に奪われない程度には、手を出しておかないと……」

「ろ、ロベリア? ロベリア!? ちょっと待ってくれ!!」

「嫌です」


 キッパリと断られたダグラスは、それからしばらくの間、褒美を与えられているのか、罰を受けているのか分からないような、されるがままのとてももどかしい時間を過ごした。

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