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38 我慢の限界です

 男女合同のダンス授業になるとアランがロベリアに近寄ってきた。


「ねぇ、ロベリア。僕と踊ろうよ」

「いいけど……」


 最近のアランは、今までいた大勢の取り巻きと距離を取っているようで、以前に増してロベリアに話しかけてくる。そのことについて尋ねると「僕に簡単に騙されるタイプの人間を、騙さないように話すのが大変なんだよ」と教えてくれた。


 ロベリアに向かって礼儀正しく頭を下げるアランにこたえて、ロベリアもスカートを少しつまみ会釈する。


 ダンスの曲が始まると同時にアランと手を取りステップを踏んだ。もう身体に染みついてしまったダンスは、意識しなくてもできてしまう。それはアランも同じようで先ほどの会話の続きをしだした。


「だからさ、僕と友達になれるのはロベリアかダグラスくらいなんだよね」

「どうして、そこでダグラス様が出てくるの?」


「だって、ダグラスも騙せなかったから」

「ダグラス様も騙そうとしていたの!?」


 ロベリアがアランを睨みつけると「ごめんって、もうしないよ」と微笑んだ。


「あ、そういえば、今日のダグラス面白かったんだよねぇ。聞きたい?」


 そんな聞き方はずるいと思いながらも「……聞きたいわ」と言いながらロベリアはターンした。


「なんかね、ダグラスが『アラン、これを見てくれ』って言うから……」

「ちょ、ちょっと待って!? ダグラス様はアランを呼び捨てにしているの?」


「うん、僕が呼び捨てでいいよって言ったら、ダグラスが『分かった』って」

「しかも、タメ口!?」


 それは頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。


「わ、私なんて付き合っているはずなのに、ダグラス様に未だに『ロベリア様』って呼ばれて敬語を使われているのに……!?」


 衝撃的すぎてロベリアがステップを踏み間違えると、アランが「危ないよ」と優しくフォローしてくれる。


「い、いつの間に二人はそんな仲に?」


 アランは「うーん? 僕がダグラスに『この前は、ごめんね』って謝ったら、ダグラスが『ロベリア様の好きなものを教えてくれたら許します』って言うから、教えてあげたらなんか仲良くなっちゃったんだよね」とのんきなことを言っている。


 アランは「何? もしかして、妬いているの?」と爽やかに笑った。その笑みには優越感が浮かんでいる。


「すごく……ものすごく妬いているわ」


 ロベリアがアランを睨みつけると「ロベリアは可愛いなぁ」と笑い飛ばされた。


「でも、僕のせいじゃないよ。ダグラスが僕に君のことを色々聞いてくるんだもん」

「……そう」


(私に直接聞いてくれたらいいのに……)


 ダンスが終わっても、一人でむくれているとアランに頬をムニッと引っ張られた。


「ダグラスってさ、僕が無意識に洗脳したり騙そうとしたりしても通用しないから一緒にいて楽なんだよね。しかも、実直で信頼できるから、僕、ダグラスのこと好きだなぁ」


 アランにチラッと視線を送られると、からかわれていると分かっているのに、どうしてもムッとしてしまう。それに、『ダグラスのことが好き』という言葉はウソではないようで、アランの雰囲気が以前より穏やかになっているような気がする。


(アランにもダグラス様の素敵さが伝わるのは嬉しいけど、私よりダグラス様と仲が良いのは複雑な気分だわ……)


 ロベリアがため息をつくと、アランがようやく引っ張っていた頬を離してくれた。


「ダグラスに相手にされなくて可哀想なロベリアに、良いこと教えてあげるよ」

「相手にされているわ! 可哀想じゃないもの!」


 つい必死に言い返してしまい、アランは笑いをこらえている。


「この授業が終わったら部活棟の多目的室に行きなよ。ダグラスが話したいことがあるんだって」

「え? それって良い話よね? 私、ダグラス様に振られないわよね?」


 アランがもう我慢できないといったように噴き出した。


「あはは、本当にロベリアは可愛いなぁ。もし振られたら、僕が優しく慰めてあげるから、心配せずに行っておいでよ」

「少しも嬉しくないわ!」


 「ああ、そうだ」とアランはロベリアの耳元に口を寄せた。


「君たち、挨拶のハグ以外、何もしていないんでしょ? 多目的室は密室だよ。ロベリアからもっと手を出しちゃいなよ」

「なっ!?」


 アランを見ると『良いアドバイス』をしたと言わんばかりにニコニコしている。


「そんなこと、できるわけ……」

「相手はあの堅物だよ? ロベリアに『結婚するまで決して手を出しません!』とか宣言しちゃってるんだよ? ロベリアから何かしないと、結婚するまでずっと今のまま『ダグラス様』と『ロベリア様』の関係だろうね。そうしている内に、ダグラスを奪われたりして……」


「う、奪われるって?」


「例えばさ、薬を盛られたダグラスが、朦朧としている間に別の女が既成事実を作っちゃったら、生真面目ダグラスは『女性を傷物にした責任を取ります』とか言って、ロベリアを捨ててその女と結婚しそう」


(ありそう!)


 ロベリアは平静を装いながら、心の中で激しく頭を抱えた。


「で、でも、ダグラス様はとても優秀だから、絶対に薬を盛られたりしないわ」

「そうかな?」

「そうよ!」


 ロベリアの精一杯の反論は「ふーん、じゃあ心配しなくていっか」とアランのどうでも良さそうな声に流された。


「……アラン」

「なに?」

「私をからかって、面白がっているでしょう!?」


 アランは少年のような笑みを浮かべて「うん」とうなずいた。


*


 ダンスの授業が終わり昼休みになると、ロベリアはアランに言われた通り多目的室へと向かった。多目的室の扉をノックしてから開けると、そこにはダグラスの姿があった。


 ダグラスはこちらに気がつくと「ロベリア様」と名を呼び微笑んでくれる。その可愛らしい笑みにロベリアはときめいた。


「アランがロベリア様に伝えてくれたのですね」


 ロベリアが「……アラン?」と聞き返すと、ダグラスは「違うのですか?」と驚く。


「そうじゃなくて、今、アランって呼び捨てに……」

「え? ああ、アランにそうするように言われたので、そう呼ばせていただいています」


(ダグラス様と仲が良いって話はウソじゃなかったのね……)


 アランがすごくうらやましい。


(お願いしたら私のことも『ロベリア』って呼んでくれるかしら?)


 ロベリアが勇気を出して呼んでほしいという前に、ダグラスから白い封筒を渡された。


「これは?」

「実は今回ここにお呼びしたのは、ロベリア様にご相談したいことがありまして。私の実家に私たちの婚約の件で手紙を送ったのですが、返事が……」

「反対されたのですか!?」

「いえ、そうではないのですが」


 ダグラスはバルト伯爵家の三男だ。ダグラスとの婚約は、バルト伯爵の同意を得てから、ロベリアも父に相談しようと思っていた。


(ダグラス様のお父様は、この婚約のことどう思っているのかしら?)


 不安になりながらダグラスに渡された手紙を読むと、そこにはこんなことが書かれていた。


 ―― ダグラス、頭でも強く打ったのか? ディセントラ侯爵家のご令嬢は大層美しいと聞く。そんな令嬢がお前と婚約するはずがない。令嬢に好意を寄せられているというのは全てお前の妄想であり思い込みだ。愚かな夢などみずに、地に足をつけカマル殿下の護衛に励め。


 手紙の内容に驚いたロベリアが「ええ!?」と叫ぶと、ダグラスは深刻な表情で「もし、全て私の思い込みなら、私はロベリア様にとんでもないご迷惑を……」と青ざめている。


「思い込みじゃないです! 私、ダグラス様に大好きって言ったじゃないですか」


 ボッと顔を赤くしたダグラスは「そ、そうですよね。申し訳ありません」と頭を下げた。謝ってもらっても胸の奥がズキズキと痛んで、すぐに気持ちを切り替えられない。


 これまで胸に仕舞い込んでいた小さな不満が積りに積もってあふれ出てしまう。


「……ダグラス様、ひどいです」


 我慢できずに涙ぐむと、ダグラスは目を見開き顔面蒼白になった。


「ろ、ロベリア様?」

「もう……やだ」


 視線を避けてダグラスに背を向けると、背後から「う、あ」とダグラスのうめき声が聞こえる。


「ロベリア様、すみません! 父からの手紙でつい不安になってしまい! 愛していますお許しください!」


 ひざまずいて許しを請うダグラスをロベリアは涙目で睨みつけた。


「そ、それだけじゃないです……。アランのことは『アラン』って呼ぶのに、私のことは『ロベリア』って呼んでくれないし……」


「呼びます! ロベリア! 愛しています!」

「タメ口でも話してくれないし……」


「話す! これから、そうするから!」

「でも……」


「で、でも?」


 すがるようなダグラスからロベリアは視線をそらした。


「……あのとき……キスしてほしかったのに、してくれなかった……」


 ハッとなったダグラスは、勢いよく立ち上がった。ダグラスの大きな手のひらがロベリアの両肩に置かれる。黒い瞳が真剣にロベリアを見つめていた。


「ロベリア、愛している」


 ダグラスの顔がゆっくりと近づいてくるのを、ロベリアがジッと見ていると鼻と鼻がぶつかりそうな距離でダグラスは固まった。


「……ロベリア、お願いだから、目を閉じてくださ……ではなく、目を閉じてほしい。緊張して頭がどうにかなりそうだ」


「嫌です」


 きっぱりと断ったあとに、ロベリアはダグラスの唇に自分の唇を押しつけた。

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