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【リリー視点】

 アランが余計なアドバイスをしてからというもの、ロベリアは学園内でダグラスを見かけるたびに抱きつきに行っている。


 ダグラスは、基本カマルの護衛として後ろに控えているが、令嬢たちがカマルに近づくと、カマルを守るために一歩前に出る。


 それは、ダグラスの習性になっているらしく、ロベリアが一人でカマルに近づいても反射的にダグラスが一歩前に出るので、そこを狙ってロベリアはギュッとダグラスに抱きつく。


「お、おわっ、え!? ろ、ロベリア様!?」


 何度抱きつかれても、ものすごく驚くダグラスに、ロベリアは「ダグラス様、お疲れ様です」とニコリと微笑みかけてからパッと離れて去っていく。


 あとに取り残されたのは、顔を真っ赤にして呆然と立ち尽くすダグラスと、ダグラスの背後で口元を押さえ、必死に笑いをこらえるカマルだけだ。


 今日も挨拶代わりにダグラスに抱きついたロベリアは、満足そうにリリーの元へ戻ってきた。


「お待たせ、リリー」

「お姉様ったら、こんなことをいつまで続けるつもりなの?」

「いつまでって、ずっとよ」


 当たり前じゃないくらいの顔で言われてしまう。


「もう……」


 ロベリアは、ダグラスを見つけるとキラキラと瞳を輝かせ、抱きついたあとはとても幸せそうに頬を染めている。


(こんな顔を見せられたら、応援するしかないじゃない)


 そうは言っても、現状でこの二人がうまくいく可能性は低い。何か方法はないかと考えているうちに、リリーはロベリアの不思議な記憶のことを思い出した。


(そういえば、お姉様のお話だとレナが天才なんだっけ?)


 しかも、レナには秘密があって本当は男性だという。少しも信じられなかったが、レナの頭が良いことは本当なので、リリーはレナに相談してみることにした。


 ロベリアと分かれると、リリーはレナの部屋に向かった。


「レナ、今いい?」


 リリーが扉をノックすると、中から「リリー? 入ってー」と返事が返ってくる。


 勉強机に座ったレナは、一生懸命に勉強をしているかと思いきや、スケッチブックに絵を描いていた。


「また私とお姉様の絵を描いているの?」


 スケッチブックから顔を上げたレナは「うん」と恥ずかしそうに微笑んだ。


「この絵はロベリア様のファンクラブの会報誌に使われる絵なの」

「お姉様のファンクラブねぇ」


 ロベリアに害はなさそうだし、ロベリア自身も公認しているからそのままにしているが、少し怪しいなとは思っている。


「その人たちに、今度、同人誌っていうのかな? 本を出さないかって言われたから出してみるつもり」

「レナが私たちの本を作るの?」


「う、うん、もし人気が出たらお金がたくさんもらえるから」

「レナは、お金がほしいの?」


「うん、お兄様が医学院に行きたいって言っているんだけど、両親が反対していて……。お兄様のお役に少しでも立ちたいの。ダメかな?」

「ダメじゃないけど、それってレナ的に楽しいの?」


 リリーがいまいち理解できずにいると、レナは必死にコクコクとうなずいた。


「わ、わたし、仲良しなリリーとロベリア様が大好きなの! 憧れちゃうというか、ドキドキするというか……。ちょ、ちょっと百合(ゆり)っぽいっていうか……ずっと見ていたいわ」


「百合? お花の?」


 意味が分からず尋ねると、レナはアワアワしながら「リ、リリーは知らなく良いの!」と言われてしまう。


「なによ、それ」


 少しムッとしてしまい、リリーはレナの耳元に口をよせると小声で「お姉様が、レナは本当は男だって言っていたわよ」と囁いた。


「なーんて、そんなわけないよね?」


 笑いながらレナを見ると、レナは顔面蒼白になりブルブルと震えていた。


「え? レナ、怒ったの? ごめんね」


 無言で首を振ったレナは「ご、ごめんなさい……」と消えそうな声で謝罪すると紫色の瞳いっぱいに涙を浮かべる。


「え? もしかして……?」


 コクンとうなずいたレナの瞳から大粒の涙がこぼれた。


「騙していて、ごめんなさい……」


「ま、待って! もし、それが本当だとしたら、お姉様の不思議な記憶のお話って……?」

「全て本当よ」

「じゃあ、私が王族になる可能性が高いっていうのも?」


 レナがうなずくとまた涙がこぼれる。


「あくまで推測の域だけど、可能性はゼロではないわ」

「それって、私がカマルと結婚するってことよね?」


 レナは手の甲で涙をぬぐいながら「そうだと思う」と答えた。


「有り得ない……けど、レナがウソをつくとは思えないし……。じゃあさ、レナは天才なんだよね? 私のお父様はお姉様をカマルかアランの妻にしたいの。娘を政略結婚の道具にしか思っていないの。そんなお父様を説得して、お姉様と護衛騎士がうまくいく方法ってあると思う?」


 少しだけ考える素振りをしたレナは「あるわ」とキッパリと言い切った。


「リリーのお父様が娘を政略結婚の道具にしか思っていないのなら、道具のより良い使い方を提示すればいいの。例えば、ロベリア様とダグラス様が良い感じだから、カマル殿下はリリーに興味を持って妻にほしがった……とか。ロベリア様とダグラス様のおかげでリリーがのちに王妃になれるとしたらどうする? リリーが王妃になる条件を、ロベリア様とダグラス様の婚姻に繋げると上手くいくと思うわ」


「ああ、なるほどね」


 それなら確かに父もロベリアとダグラスを認めるかもしれない。


「でも問題は、私もカマルもお互いに興味はないし、私も別に王妃になりたくないってことよね……」


 レナは「そうよね」としょんぼりしている。しょんぼりしながらもレナは「でも、リリーの話を聞く限り、リリーのお父様は侯爵以上の家柄の男性としか婚姻を許さないって感じよね? だったら、リリーの結婚相手もカマル殿下かアラン様なの?」と痛いところをついてきた。


「残念ながら、そうなのよ……」

「カマル殿下が嫌なら、リリーは、アラン様と結婚するの?」

「それだけは嫌! そうなると、消去法でカマルしかいないのよねぇ。でも、私が王妃なんて柄じゃないし。向こうにも選ぶ権利はあるわよ。どうして結婚しないとダメなのかしら?」

「わたしは、リリーが王妃様になってくれたら嬉しいわ。わたし、学園を卒業したら王宮勤めになるから、王宮でリリーに会えるもの」


 レナの言葉に「それはちょっと良いわね」とリリーの心が揺れた。


「でもさ、レナが本当に天才だったら、今まで発明したものとかで、すでにお金持ちじゃないの?」

「それが……本名のレグリオで発表したことは、全てストレイム子爵家の財産になっているの。お金のことは今まで両親に任せっきりで……」


 レナとリリーは、そろってため息をついた。


「私のお姉様にも、レナのお兄様にも幸せになってほしいわね」

「うん、そのためにできることは全部するわ」


「そうね……。レナのそういうところ大好きよ。男の子でも女の子でもなんでもいいから、これからも私の友達でいてね」


 リリーが微笑みかけると、レナは顔を真っ赤にしたあとに、「うん!」と涙ながらにうなずいた。

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