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35 似た者姉妹でした

 ロベリアは、リリーが大変なときに、ファンクラブの会報誌が貰えると不謹慎にも喜んでしまったことを反省しながら保健室へと急いだ。


(やっぱり、私はリリーのことが大好きで、何よりも大切だわ)


 だからこそ、リリーと話がしたかった。


(アランと一緒にいたリリーは、私のことをすごく怖がっていたから、もしかすると、もうお話してくれないかもしれないけど……)


 それでもやっぱりリリーと話したい。


 保健室の前にたどり着くと、扉の前に立っていたダグラスがロベリアに気がつき会釈した。


「リリー様はベッドで眠っておられます。今は保健室の先生がついてくださっています」

「分かりました。ありがとうございます」


 ロベリアが保健室の中に入ると、保健の先生が「ロベリアさん、待っていたわ」と手招きする。


「先生、リリーは大丈夫ですか!?」

「大丈夫よ。外傷もないし、熱もないわ。でも、さっきからずっとうなされていてね。貴女のことを呼んでいるわ」

「私を……?」


 ロベリアがベッドの側の椅子に座ると、先生は「リリーさんが起きたら呼んでくれるかしら?」と言ってベッドの仕切り用カーテンを閉めた。


 眠っているリリーは「お姉様、ごめんなさい……ごめんなさい」と、うわ言をくり返している。


 ロベリアは、ベッドに横になるリリーの手をそっと握った。


「リリー、私のほうこそごめんね。貴女をどうしても守りたくて貴女の意見も聞かず、勝手なことばかりしてしまったわ……。もっとちゃんと貴女と話せば良かった。アランのことも、カマルのことも、ダグラス様のことも、前世の記憶も全部貴女に相談すれば良かった……」


 リリーなら、ロベリアが真剣に話せば、どんなおかしな話でも疑いながら、最後にはきっと信じてくれたと思う。


 握ったリリーの手に、ロベリアは祈るように自身の額を当てた。


「ごめんなさい。リリー、大好きよ」


 ピクッとリリーの指が動いた。ロベリアが目を開くと、リリーはうつろな表情でこちらを見ていた。


「リリー! 大丈夫!?」


 ロベリアが慌てて声をかけると、リリーの翡翠のような瞳に、みるみると涙が溜まっていく。


「どこも痛くない?」


 リリーがコクリとうなずくと、リリーの大きな瞳からボロッと涙がこぼれた。


「わ、私、ごめんなさい……。あの護衛騎士とお姉様をどうしてもくっつけたくなくて……不幸になるお姉様を見たくなくて……。でも、お姉様が、あんなに傷つくなんて思わなかったの。お姉様に、あ、あんなに悲しい顔をさせるつもりはなかったの……」

「うん、大丈夫よ。分かっているわ」


 リリーの頭を優しくなでると、リリーは小さな子どものように泣き出した。


「お姉様、ごめんなさい! お姉様を傷つけてごめんなさい!」

「もういいのよ。私たちってすごく似た者姉妹だったのね」


 ロベリアは、リリーの柔らかい髪を優しく撫でた。


「私もね、リリーに幸せになってほしくて、こっそりと裏でいろいろやっていたの」

「お姉様が!?」

「貴女の意見も聞かずに、本当にごめんなさい」


 頭を下げるロベリアに驚き、リリーはベッドから起き上がった。


「お姉様が謝ることなんてないわ! よく分からないけど、私のことを思ってやってくれたことなんでしょう?」

「そうだけど……」

「なら大丈夫よ」


 ニコリと微笑んだリリーに、ロベリアは微笑み返した。


「だったら、ダグラス様のことも、リリーが心配してくれたんでしょう? だから、リリーも謝らなくていいのよ」


 シュンとしてしまったリリーは「分かったわ」と呟いた。ロベリアは、穏やかにリリーに話しかけた。


「私はね、リリーが大好きな人に出会って、その人もリリーを大好きになってくれて、お互いを想い合いながら暮らしていけたら幸せなんじゃないかなって思っていたの。だから、リリーには、素敵な男性と恋に落ちて欲しかった。でもね、それは私の勝手な願いで、そこにリリーの意見はなかったの」


 ロベリアは、大切な妹の瞳を覗き込んだ。


「ねぇリリー。貴女の幸せって何かしら?」


 リリーは、クスッと微笑んだ。


「お姉様の考えは間違っていないわ。私も大好きな人に大好きになってもらって、お互いを想い合いながら暮らしていけたら幸せよ。でもね、私の大好きな人はお姉様なの。だから、私はわざわざ素敵な男性に幸せにしてもらう必要はないの。だってもう、お姉様に幸せにしてもらった後なんだもの!」


 リリーはギュッとロベリアに抱きついた。


「だから、私の幸せはお姉様が幸せになることよ! お姉様の幸せは、やっぱりあの護衛騎士と一緒になること?」


 その質問にはすぐには答えられなかった。


「ダグラス様のことは今でも大好きよ。でもリリーを悲しませたり、危険な目に合わせたりしてまで一緒になりたいとは思えないわ。好きな人に必ず好きになってもらえる訳ではないもの。恋人になれなくても、ダグラス様のファンクラブを作って活動するのも楽しそうだし……」


 冷めた目のリリーに「そんなのお姉様以外に、誰が入るのよ」と言われて、ロベリアは驚いた。


「え!? だって、リリーもダグラス様が素敵って言ってくれたじゃない!?」

「あんなのウソに決まっているでしょう!?」


「ど、どの言葉がウソなの?」

「全部よ全部! 誉め言葉も、告白も全部ウソ! 私があの護衛騎士を好きになるわけないでしょう!?」

「ええー!?」


 リリーに鼻息荒く言い捨てられて、ロベリアはショックを受けた。


「ひ、ひどいわ! リリー」

「これについては謝らないわよ! そもそも、お姉様の趣味が悪すぎるのが悪いのよ! しかも、あの護衛騎士、伯爵家の三男なのよ!? どうして侯爵令嬢のお姉様と釣り合うと思うわけ!?」

「だって、ほら、婿養子……」


 ロベリアが言い終わる前に、「私たちのお父様が許してくれると思うの!?」と怒られた。


「で、でも、ダグラス様はとても優秀で、カマル殿下の護衛だし、将来的には王位を継いだカマル国王陛下の側近よ?」

「お父様が側近ごときで満足するわけないでしょう!? それこそ、お姉様の結婚相手なんて、カマルかアランくらいしか認めないわよ、あの強欲男!!」


 ハァハァと肩で息をしながらリリーは「あー、スッキリした」と言った。


「お姉様の言う通りだわ。私たちは、相手を守るんじゃなくて、もっと本音で話し合うべきね」

「そ、そうね……。えっとじゃあ、私の話も聞いてくれる?」


 落ち着きを取り戻したリリーがコクンとうなずいたので、ロベリアは、これまでのことを全て話した。


 ある日、突然転生前の記憶が蘇ったこと。この世界が転生前にプレイしていた18禁乙女ゲームにそっくりなこと。そして、そのヒロインがリリーで、ヒロインをいじめる悪役令嬢がロベリアであること。攻略対象者の男性たちには、ひどい裏ルートがあること。


 話を聞いていたリリーは「何を言っているの……と言いたいところだけど、アランに騙された後だからウソとも言い切れないわ。そもそもお姉様は、そんなつまらないウソをつく人じゃないもの」と言ってくれた。


「ありがとうリリー。それでね、レナさんが言っていたんだけど、この不思議な記憶は王国や王族を守るために発現するんだって。だから、リリーはもしかしたら、カマル殿下と結婚する可能性が……」

「はぁ!?」

「いや、もちろん可能性があるだけで、絶対ではないのよ?」


 眉間にシワをよせたリリーに「私があのクズ王子と? 一気に信憑性がなくなったわ」と言われてしまう。


「えっと、信じてもらえないなら、じゃあ、もうアレを言うしかないわね」

「あれって?」


 ロベリアはリリーの耳に口を寄せると「レナさんは、実は男性なの」と囁いた。


「……は? そんなわけないじゃない」

「じゃあ、レナさんが男性だったら、私の話を信じてくれる?」


 リリーは苦笑しながら「分かったわ。もしレナが男だったら、お姉様のお話を全部信じてあげる。そんなこと絶対にないけどね」と言った。


「あ、そういえば、レナさんもリリーを探してくれたの。まだ貴女が見つかったことを伝えられていないから、きっと心配しているわ」


 リリーはベッドから下りると「じゃあ、私がレナを探して伝えておくわ」と言ってくれた。


「身体は大丈夫なの?」

「うん、お姉様に嫌われたと思って絶望していて、さらに空腹と睡眠不足でフラフラしているところに、アランの精神攻撃を受けたって感じなのよ」


 「私は、もう大丈夫」と言ってリリーは、保健の先生に挨拶をすると、一人で保健室から出て行こうとする。


「待って! 私も一緒に行くわ」


 リリーを呼び止めるとため息をつかれてしまう。


「お姉様は、私以外にも、しっかりと話し合ったほうが良い人がいるんじゃない?」と言いながらリリーは保健室の扉を開けた。そこには忠犬のようにダグラスが控えている。


「お姉様が『どうしても、コレじゃなきゃ嫌だ』って言うなら、私はもう反対しないわ」


 リリーは、ダグラスに向かって「アンタごときが、私の最高に素敵なお姉様を泣かせたら許さないから!」と暴言を吐いて舌打ちしてから去って行った。

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