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33 使えるものは全て使います②

 ロベリアは、一人、庭園のベンチに座りながら思った。


(私のファンクラブって、本当にあったんだ……)


 侯爵令嬢のロベリアでこれなら、王族のカマルや公爵令息のアランにも、もちろんファンクラブがあって、もっとすごいのかもしれない。


 そんなことを考えていると、キョロキョロしているレナを見つけたので、ロベリアは声をかけた。こちらに気がついたレナは、駆け寄ってくる。


「ロベリア様、リリーは部屋にいませんでした」


 今にも泣き出しそうなレナに「ありがとう」とお礼を言う。


「わたし、リリーが行きそうなところを探します!」

「お願いね。私のほうでも探しているから。何かあったら、ここで待ち合わせましょう」


 コクリとうなずいたレナの背中が見えなくなると、背後から声をかけられた。


「我が太陽」

「先生?」


 ソルは大きな木の後ろに隠れているのか姿は見えない。


「私の姿が複数の生徒に目撃される可能性があるので隠れることをお許しください」

「分かりました」


 確かにソルは表向きは教師なので、一生徒に服従しているような言動を他の生徒に見られるわけにはいかない。


「アランくんですが、部屋にはいませんでした。ケンカの処分待ちの軽い謹慎だったため、監視もつけておらず、出ようと思えばいつでも部屋から出られる状態でした」


「リリーも部屋にいませんでした。二人が一緒にいる可能性があります。早くリリーを探さないと!」

「アランくんの目的は?」

「分かりません……」


 ロベリアがリリーを救いたくて行動した結果、この学園には媚薬は蔓延(まんえん)しなかったし、ロベリアはリリーをいじめなかったので、元のゲームシナリオからかけ離れてしまっている。


 ソルは「私は表立って貴女を助けられないので、教師権限で一時的にダグラスくんの謹慎を解きました。彼に貴女を守ってもらいます」と言った。


 その言葉の通り、遠くからダグラスが走ってくる姿が見えた。


「ロベリア様!」

「ダグラス様……」


 なんとなく気まずい空気が流れた。先に口を開いたのはダグラスだった。


「リリー様がいなくなったと聞きました」

「そうなんです。今から、皆に手伝ってもらって探します」

「皆……?」


 ダグラスの後ろには、ゾロゾロと生徒たちが集まって来ていた。皆、襟元にファンクラブ会員の証(あかし)であるピンバッチをつけている。


 その中の一人の男子生徒がロベリアに近づいてきた。


「ロベリア様、私はファンクラブの会長をさせていただいています」


 ロベリアの隣でダグラスが「ふぁん、くらぶ?」と戸惑っている。


「初めまして会長さん。実はお願いがあって、声をかけさせていただきました。皆さんには私の妹のリリーを探してほしいんです」

「お話は他の者から聞いています。はい、喜んでお手伝いさせていただきます」


 会長は集まった会員たちを振り返った。


「今から三つのグループに分かれてリリー様を捜索する。Aチームは本館を、Bチームは男女の寮内を、Cチームは部活棟と食堂周辺を担当。その際に、リリー様を見かけた者がいないか、聞き込みも忘れないでくれ!」

「「「はい!」」」


 会員たちは、まるで訓練された兵士たちのように素早く散っていく。


 ロベリアも探しに行きたかったが、会長に「ロベリア様は、ここにいてください」と言われたので大人しくベンチに座っていた。


 しばらく待っていると、すぐにあちらこちらから情報が届き出した。


「リリー様を昨晩、女子寮で見かけた生徒はおりません」

「今朝、食堂や購買でも、リリー様を見かけた生徒はいませんでした。販売スタッフも見ていないので、リリー様は食堂と購買には行っていません」


 報告を聞く限り、やはりリリーは昨晩から部屋に戻っていないようだ。本館にも、部活棟にもリリーはいないと報告が入った。                                                                    

「昨晩、食堂から出るリリー様を見た者がいました! リリー様が一人で庭園のほうに向かったと言っています。庭園内にリリー様がいる可能性が高いです」


 そこまでの報告を受けて、ロベリアは我慢できずベンチから立ち上がった。


「分かったわ、ありがとう。庭園を中心に探しましょう! 私も探します」

「私たちも引き続き探します!」


 そう言うと協力してくれた生徒たちは、一斉に広すぎる庭園内に散っていく。


(リリーに何かあったらどうしよう……)


 探しながらも両手の震えが止まらない。気を抜くと足まで震えてきてしまう。


「ロベリア様、落ち着いてください」


 気がつけばダグラスの黒い瞳が、真っすぐにロベリアを見つめていた。


「落ち着いてリリー様を探しましょう」

「は、はい」


 ロベリアの返事が情けないほど涙声になっていたせいか、ダグラスがぎこちない手つきで頭をなでてくれた。


(大きい手……温かい)


 ダグラスのおかげで少し気持ちが落ち着くと、ロベリアは『そういえば、私もリリーの頭を良くなでていたわね』と子どものころを思い出した。


(リリーは、かくれんぼが大好きだったのよね)


 侯爵邸の中や庭園内で、ロベリアとリリーはかくれんぼをして遊んだ。


 ――もーういいかーい?

 ――まーだだよー!


 幼いリリーは隠れるのがとてもうまくて、いつもメイドたちは見つけられなかった。


(リリーは、誰も見つけられないような場所に、いつも隠れていたのよね)


 そして、ロベリアが見つけるまで絶対に出てこない。見つけたら見つけたで『お姉様、遅いよ……。一人で寂しかった』と言ってリリーは泣き出してしまう。そんなリリーが泣き止むまで、ロベリアはリリーの頭を優しくなでてあげた。


(また一人で泣いているのかしら? だったら、私が早く見つけてあげないと)


 それなのに、どれだけ探してもリリーは見つからない。


(どうして?)


 子どものころのロベリアは、リリーを毎回見つけることができていた。


(昔は見つけられて、今は見つけられない……。もしかして……)


 ロベリアは勢いよくしゃがみこんだ。ダグラスが「ロベリア様!?」と驚いている。


「子ども目線の低い場所に、抜け道はないでしょうか?」


 その言葉を聞いたダグラスもしゃがみ込んだ。しばらく二人で周辺を探していると「ロベリア様、ありました!」とダグラスに呼ばれた。ダグラスの指さすようを見ると、生垣の下のほうに、子どもが一人通り抜けられそうな抜け道があった。


「ありがとうございます!」


 ロベリアが膝を地面について穴の中に入ろうとすると、ダグラスに制止された。


「お下がりください、ロベリア様」

「え?」


 ロベリアが戸惑っているうちに、ダグラスは生垣に突っ込んだ。


「ええっ!?」


 すぐにバキッボキッと木の枝が折れる音がして、数秒後には生垣に人一人通れる入口ができていた。


「どうぞ」


 そう言うダグラスの頭や制服には、葉っぱがついてしまっている。ロベリアが、その葉っぱを手で払いながら「ありがとうございます」と微笑むと、「いえ」と言いながらダグラスは頬を赤く染めた。


 ダグラスが作ってくれた抜け道を出ると、そこには空間があった。それは、庭園のあちらこちらにある木陰の休憩所とそっくりだ。


(ああ、なるほど。ここも休憩所だったけど、成長した生垣がくっついて入口を塞いでしまったのね)


 そのせいで、外から見てもここが休憩場所だと分からなかった。


 空間の中心には、ベンチが置かれていた。そのベンチには二人の生徒が座っている。一人はアラン。もう一人は膝を抱えてうつむき顔が見えないが確かにリリーだった。


 リリーが見つかってホッとしたのと同時に、アランに対して激しい怒りが湧いてくる。


「アラン……リリーに何をしたの?」


 アランは「あれ、周囲が騒がしいと思っていたらロベリア? よくここを見つけたね?」と爽やかな笑みを浮かべた。

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