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【アラン視点】

 激高するダグラスに木剣をつきつけられても、アランは冷静だった。


(なるほど。僕は踏んではいけない床を、思いっきり踏み抜いてしまったみたいだ)


 ダグラスは、まるで物語に出てくる騎士のように「素手の相手とやるつもりはない。お前も木剣を取れ」と言った。声だけが妙に落ち着いているのが、より怒りの強さを表している。鋭いダグラスの目は、睨んだだけで相手を殺せそうなほど殺気立っていた。


(ダグラス、完全に目がイっちゃってるよ……これ以上の会話は無理だね。まぁいいか、前から騎士と戦(や)ってみたかったし。でも、ここじゃあダメだ)


 誰もいない鍛錬場でやりあっても、『ロベリアを手に入れる』というアランの目的は達成できない。どうせやり合うなら人が多いところで騒ぎを起こしたほうがいい。アランは鍛錬場の隅にある練習用の木剣を取りに行くふりをして、ダグラスから逃げた。


「ま、待て!?」


 背後からダグラスの戸惑う声が聞こえる。


(よし、追ってきた。この時間ならまだ食堂に人が残っているはず)


 アランも本気で走っているのに、ダグラスはドンドンと距離を詰めてくる。


「あはは! すごいね!?」


 直線で走ると食堂に着く前に追いつかれてしまう。アランは急な方向転換を入れながら、なんとか食堂まで逃げ切った。予想通り食堂内には、まだまばらに人が残っている。


 アランは立ち止まり、ダグラスを振り返った。


「ダグラス、学園内での私闘は禁止されているよ?」


 ダグラスは「私闘ではない。意見の食い違いから起こったケンカだ」と自分が武器になる木剣を持ってきていないことと、これから二人の間で行われることは『ただのケンカだ』と、わざと大声で周囲にアピールした。


 私闘なら最悪、退学処分もあり得るが、ケンカならどれだけ重くても謹慎処分で済む。


(コイツ……意外と考えているな)


 ただの脳筋かと思っていたが、ダグラスは予想以上に頭が切れるようだ。


(僕が人の内面を見誤るのは珍しい。思い通りにいかない驚きをくれるのは、ロベリアだけだと思っていたけど……)


 アランは、もう一度ダグラスを観察した。ダグラスは、リリーが騙そうとしたことには少しも反応せず、アランの言動がロベリアへの不敬だと怒っている。


(ロベリアはロベリアで、リリーがダグラスを誘惑しようとしても怒らないけど、たぶん、リリーが僕に唆(そそのか)されてそれをやっていると知ったら、信じられないくらい怒るんだろうなぁ……。あっ、なるほど、この二人、すごく似ているんだ)


 立場も外見も全く違うのに、ロベリアとダグラスの性質はそっくりだ。


(ロベリアがダグラスに惹かれた理由はこれか)


 彼らは『自分への攻撃は問題とはとらえず全て受け流すが、大切なものを守るためなら、命懸けで戦うことすら厭(いと)わない』そういう変わった人種だ。


 『全ての人を自分の利益のためだけに、都合よく使い捨てて生きよう』としているアランとは両極端なので思考や行動パターンを読むのが難しい。


(まぁ、でもそれが分かったら対処ができるね。まずは騒ぎを大きくしよう)


 アランは、食堂のテーブルの上に並べられていた未使用のナイフをつかむと、ダグラスを刺す勢いで投げつけた。ダグラスは少しの表情も変えずに、投げつけられたナイフをキャッチする。


(そうこなくっちゃ!)


 新しいおもちゃを見つけたように心が弾む。アランは別のナイフを手に持つと、剣のように構えた。


 それに応えて、ダグラスが先ほどアランに投げつけられてキャッチしたナイフを騎士らしく胸元に掲げる。


(よし、相手も戦(や)る気だ!)


 アランの視界の隅で、食堂にいた生徒たちが「先生を呼んだほうが……」と話している。


(そうそう、さっさと呼んで!)


 アランは素早く踏み込み、ダグラスに向かってナイフを突き出した。ダグラスはそれをわずかな動作でかわすと、アランの腕にナイフを振り下ろす。あまりの速さによけきれず、アランの手からナイフが床へと落ち、カランッと金属音がした。


(一撃で!? わーお、すごい!)


 アランは内心で歓声を上げながら、近くのテーブルクロスを引き抜きダグラスに投げつけた。フワッと空中に浮いたテーブルクロスがダグラスの視界を一瞬奪う。その隙に、アランは近くにあったフォークをつかむと、ダグラスの死角からフォークを突き刺した。


 テーブルクロスが床に落ちると、突き出したアランの腕はダグラスにガッチリとつかまれていた。


(本当にすごい、完全に死角を突いたつもりだったのに)


 アランを見るダグラスの鋭い瞳は、とても冷ややかだ。


「公爵家の令息が使うにしては、卑怯な手口だな?」


「僕の生家のグラディオス公爵家は『どんな手を使ってでも勝てばいい』教育だから」


 ダグラスにつかまれた腕がビクともしない。しかも、わざと肉にめり込むように強く握られてかなり痛い。


「そんなに殺気立っちゃって……。乱暴な男は嫌われるよ? ほら、ロベリアがこっちを見ている」


 『ロベリア』と言ったとたんに、ダグラスが動揺したので、その隙に腕を振りほどき距離を取った。


(ダメだ。僕ではダグラスに、絶対に勝てないね。騎士の称号を得るくらいの武力を持つ人間は、敵対するより恩でも売って手駒にしたほうが良さそうだ)


 騎士の実力を測れて満足したので、アランは降参の意味を込めて両手を上げた。


「ダグラス、ごめん。悪気はなかったんだ。僕は、本当に君の恋を応援したかっただけなんだ。許してほしい」


 真摯な表情を作り謝ると、ダグラスは毒気を抜かれたように驚いていた。


 気がつけば、遠巻きに人だかりができている。アランは、人だかりに向かい「お騒がせして、すみません。僕のせいでとんでもないことを……」と申し訳なさそうな顔を作り謝罪した。


 食堂の従業員達には、「壊れたものは全て僕が弁償します」と伝えておいた。


(まぁ、こんなものかな?)


 教師を呼びに行った生徒が戻ってきた。銀ブチ眼鏡をかけた若い男性教師は、「何事ですか?」と驚いている。


(確か、一学年上の人体と薬品専門の先生……ソル=ブランカーだったかな?)


 ソルは、平民出身の上、研究者気質で権力にも興味がなさそうなのでアランも重要視していなかった。


 ダグラスは、ソルに向かって「ブランカー先生。お騒がせして申し訳ありません」と頭を下げている。


 そんな光景を眺めていると、やっとアランのお目当ての人が来た。


 女子寮から食堂まで走ってきたのかロベリアの呼吸は荒い。リリーはロベリアの腕を引きながら「お姉様! 危ないわ、戻りましょう!」とあせっている。


 リリーの静止を振り切ってロベリアは、騒ぎの中心に近づいてきた。


「ダグラス様とアランがケンカをしていると聞きました。何があったんですか?」


 ロベリアに聞かれてダグラスは「うっ」と言葉に詰まった。ロベリアは、キッとアランを睨みつけてくる。


「アラン! いったいダグラス様に何をしたの!?」

「ひどい言われようだね?」


「だって、ダグラス様が自分からケンカを売るわけないじゃない!」

「そんなことないよ。僕がダグラスにケンカを売られたんだからね。ダグラスは、僕に木剣をつきつけて『許さん』って言ったよね? そうだよね?」


 アランがダグラスに近づき肩を叩くと、ダグラスは気まずそうにロベリアから視線をそらした。それでもロベリアはアランを疑う。


「もしそうだとしたら、アランがダグラス様を怒らせるようなことを言ったんだわ」


 その言葉でロベリアがダグラスを、どれだけ信頼しているのかが分かった。


(ダメだよ、ロベリア。君たち妖精姉妹は僕のものなんだから)


 アランは悲しそうに見えるように顔を作った。


「そっか……分かったよ。僕がリリーの悪口を言ったから、ダグラスはあんなに怒ったんだね……」


 ダグラスから「は?」と戸惑う声が聞こえる。


 チラリとリリーに視線を送ると、リリーはそれだけでアランの意図を理解したようだ。


(リリーって昔から、無駄に鋭いんだよねぇ。僕のこともずっと気持ち悪がっていたし)


 そんな気持ち悪い相手と手を組んででも、リリーはロベリアとダグラスをくっつけたくないようだ。


(さぁ、リリー。君の出番だよ、頑張って)


 舞台の幕は上がった。主演女優リリーは頬を赤らめ、嬉しそうにダグラスに近づく。


「ダグラス様は、私のために怒ってくださったのですか?」

「いえ、ちがっ」


 ダグラスの言葉をさえぎり、リリーはダグラスの胸に飛び込んだ。リリーを素早く避けようとしたダグラスを、アランが横から抑えつける。


「なっ!?」


 リリーはダグラスに抱きつきながら「嬉しいです、ダグラス様」とうっとり囁いた。


(人のことは言えないけど、リリーも役者だねぇ)


 顔を上げたリリーは、ダグラスを上目遣いに見つめる。


「大好きです。ダグラス様」


 リリーの告白を聞いたダグラスとロベリアが、同時に目を見開いた。


(さぁ、ロベリアどうする? 君が愛する妹は、君が好きになった男が好きなんだって)


 ダグラスが「ろ、ロベリア様! 私の話を聞いてください!」と叫んだが、ロベリアの耳には届いていないようだ。


 ロベリアの翡翠のように美しい瞳に涙が浮かび、悲しそうに伏せられた。ロベリアの身体は小刻みに震えている。


(……いいね)


 悲しみに打ち震えるロベリアは、ゾクゾクするくらい美しかった。


(ふふっ優しい君なら、愛する妹のために、大好きなダグラスを譲っちゃうよね?)


 アランの予想通り、ロベリアは思い悩んだ表情のまま静かにこの場から去って行った。アランは、ダグラスとリリーの肩をポンッと叩く。


「じゃあ、お幸せに」


 ダグラスの絶望した表情が面白い。


(あとは、悲しむロベリアを僕が慰めて……)


 ロベリアのあとを追おうとしたアランは、急に首に圧迫を感じた。気がつけば、アランはソルに後ろから制服の襟首をつかまれていた。


(いつの間に!?)


「アランくん、ダグラスくん。理由はどうであれ、ケンカはいけませんよ。今から先生に事情をしっかりと説明してくださいね。貴方たちは、処分が決まるまで寮部屋で謹慎です。一歩も外に出ないでくださいね」


 ニコリと微笑んだ無害そうな教師に、アランはなぜかゾクッと寒気がした。

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