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【カマル視点】

 その日、この国で将来を有望視されている騎士ダグラスは、授業が始まる直前に教室から勢いよく飛び出して行った。


 入れ替わりに教室に入ってきた、人体と薬品専門の教師ソル=ブランカーが銀ブチ眼鏡を指で押し上げる。


「もう授業が始まりますが、ダグラスくんは、どこへ?」


 仕方がないのでカマルは「私が急用を頼みました」とウソをついてダグラスをかばった。隣に座っている護衛の一人が「ダグラスのやつ、まだロベリア様に声をかけることすらできていないようです」と小声で教えてくれる。


 カマルは「そうか」と返事をしながら腕を組んだ。


 今は三人の護衛を付けているが、ダグラスが優秀すぎたのか、三人でも心もとない。なぜなら三人もいる護衛をすり抜けて、令嬢たちがカマルの側に寄ってくるからだ。


 護衛をすり抜ける令嬢たちに足止めされるたびにカマルは『ダグラスなら一人でも、絶対にこんなことにはならなかったのに』と思ってしまう。早くダグラスに護衛に戻ってほしいが、カマルとしても偉そうに「お前以外にも護衛はいる」と言った手前、ロベリアとの件が片付くまでは、ダグラスに『護衛に戻れ』とは言えない。


(ダグラス……早くロベリアへの想いにけりをつけてくれ)


 カマルがそんなことを願っていると、授業が終わったころにダグラスが戻ってきた。護衛の一人が、ダグラスの短くなった前髪を見て「ダグラス、お前、どうしたんだ!?」と驚いている。


 問われたダグラスは、まるで魂が抜けたようにぼんやりとしていた。


(とうとうロベリアに振られたか)


 女性は失恋したら、髪型を変えて気分を変えることがあるらしい。ダグラスも失恋した勢いで前髪をバッサリやったのだろう。


 カマルの横を通り抜けて無言で席に座ったダグラスに、カマルは近づいた。


「ダグラス」


 声をかけても返事はない。護衛の一人が「おい、ダグラス! 殿下のお声がけだぞ!?」と言っても返事がなかったので、護衛がダグラスを殴ろうと構えると、素早く立ち上がったダグラスに右腕を取られ床に勢いよく叩きつけられた。


「ダグラス、やり過ぎた」


 カマルの言葉で、ようやく我に返ったダグラスは、「……殿下?」と間抜けな声を出した。自分の下で伸びている護衛を不思議そうに見つめている。


「前髪を切ったのか?」

「はい」


 ダグラスの目は相変わらず鋭いが、前髪が短くなった分、うっとうしさはなくなっている。


「似合っているぞ。ダグラス、気分は晴れたか?」

「はい!」


 意志の強そうな良い返事だった。


(もう大丈夫だな。ロベリアへの失恋はダグラスにとって良い経験になっただろう)


 カマルはダグラスの肩に手を置くと「次はきっとうまくいく」と力強く微笑みかけた。


「はい! 次は必ず上手くやります! ありがとうございます、殿下!」


 ダグラスの晴れやかな表情を見ていると、カマルは『男は振られて強くなっていくのだな』としみじみ思った。


「では、ダグラスは私の護衛に戻ってくれ」

「あ、いえ、それはできません」


 暑苦しいほどの忠誠心を持つダグラスに、ハッキリキッパリと断られてカマルは驚いた。


「……なぜだ?」

「当面はロベリア様の護衛に着くことになりました」


「は?」


 ダグラスは「ですから、殿下の護衛はできません」と言い切る。


「ちょっと待て。お前は私の護衛だろう?」

「はい、そうですが、殿下は私に『ロベリア様に振られて来い』と命じられました。私はまだロベリア様に振られていないので、その任が終わっていません」


「振られていないのか?」

「はい。告白はしましたが、ロベリア様の護衛任務が終わったあとにお返事をお聞かせくださいと、私からお願いしました。ロベリア様もそうするとのことです」


「な、なら、私の護衛は?」


 ダグラスは不思議そうな顔をした。前髪が短くなったせいで、以前より何を考えているのかよく分かる。


「殿下には、私以外にも優秀な護衛がたくさんいるではないですか」

「あ、ああ、そうだが……」


 カマルは『その中で、お前が飛びぬけて一番優秀なんだ』という言葉を飲み込んだ。


「じゃあ、ダグラス。振られたのではないのなら、その前髪はどうしたんだ?」

「あ、これは……」


 筋肉質なダグラスが、恋する乙女のように頬を染める様子は、かなり気味が悪い。


「私からお願いしてロベリア様に切っていただきました」

「いや……どういう状況だ?」


 ダグラスは「それは、その、いろいろありまして」と顔を赤くしている。


 その様子を見ながらカマルは『本当にロベリアにしろ、リリーにしろ、ディセントラ侯爵家の令嬢は行動が読めないな』と感心した。


(私から護衛騎士を奪うなんて……面白すぎるだろう!?)


 仕方がないのでカマルは、恋愛ごと以外はとても優秀な護衛騎士ダグラスの恋の行方を、もうしばらく見守ることにした。

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