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【ダグラス視点】うっかり告げてしまった想い

 ダグラスは、激しい動悸(どうき)と息切れを感じていた。目の前にいるロベリアが、不思議そうにこちらを見ている。


(い、一度、冷静になろう)


 振られる予定だった女性から、今、とんでもないことを言われた気がする。


 ――ダグラス様がいいんです! 嫌になっても途中で私から逃げちゃダメですからね?


 そう言ったロベリアが少し拗ねるような魅惑的な表情を浮かべたので、ダグラスは心臓を槍で貫かれたような衝撃を受けた。


「う、くっ」


(し、死ぬ……。このままでは、ロベリア様の可憐さで、私は死んでしまう……)


 ダグラスが本気で死期を感じていると、脳内に父の言葉が走馬灯のようによみがえった。


 ――ダグラス。これよりお前はカマル殿下の剣となり楯となる。断じて己に都合の良い言葉に振り回されるな。常に敵を疑え。殿下の周囲は魔の巣窟だぞ。


(はっ!? そうだった!)


 今まさに己にとって都合の良い言葉に振り回されている。


(冷静に現状を分析するんだ! ロベリア様を敵かもしれないと疑え!)


 心を落ち着かせようとダグラスが息を吸うと、ロベリアに「私のお願いを全部聞いてくれたら、次はダグラス様のお願いを私が聞きますね」と言われてしまう。


 ダグラスは、激しくむせたあとに『父上……未熟者の私には、ロベリア様を疑うのは無理です』と早々に諦めた。しかし、ロベリアの別の言葉が引っ掛かった。


 ――その……ダグラス様の恋が叶うようにお手伝いもします。


(どういう意味だ?)


 ダグラスの想い人は、ロベリアだ。そのロベリアが恋のお手伝いをするということは、ダグラスの気持ちを受け入れるという意味にも取れた。ただ、それはあまりにも都合が良すぎて腑(ふ)に落ちない。


 また父の言葉が聞こえた。


 ――ダグラス、小さな違和感を見過ごすな。


(違和感……。確かにロベリア様の言い回しがおかしかった)


 ロベリアの言い方では、まるでダグラスが他の女性に恋をしていて、その恋を応援すると言っているように聞こえた。


(しかし、以前、ロベリア様に『好みの女性』を聞かれた際に、私はロベリア様の外見をお伝えしたはず?)


 その際のロベリアは、ニコリと上品に微笑んだ。その微笑みにも今さらながらに違和感を覚える。


(もしかして、あのとき、ロベリア様に私の想いが伝わっておらず、別の女性が好きだと思われたのか!?)


 ハッキリとロベリアの名を言わなかったので、その可能性はあった。さらに、そのあとからダグラスはロベリアをあからさまに避け始めたので、まさかロベリアもダグラスが自分に好意を持っているとは夢にも思っていないだろう。


(ようするに、ロベリア様から見た私は『ロベリア様を嫌っていて、別の女性を好いている男』なんだな)


 ようやく現状が正しく見えてきた。


(それなら、なぜ、ロベリア様は私を側に置こうとしているんだ?)


 冷静になったダグラスがチラリとロベリアを見ると、不安そうに揺れる翡翠の瞳とぶつかり、また激しく動揺してしまう。


 ダグラスが何も言えないでいると、ロベリアが覚悟を決めたように両手をギュッと握った。


「ダグラス様が嫌がっても、言うことを聞いてもらいますから!」

「は、はい!」


 ロベリアの必死な様子を見て、ダグラスはロベリアに頼まれてレオンに手紙を届けたときのことを思い出した。あのときのロベリアも必死で『もう一度だけ、私を助けていただけないでしょうか』と言われた。


(助け……? そういえば、どうしてロベリア様は助けが必要なんだ?)


 今さらながらにレオンになんの用があったのか気になった。


(もしかして、嫌われていると誤解している私に助けを求めないといけないほど、ロベリア様は困ってらっしゃるのか?)


 ダグラスの頭の中で、抜けていたピースがパチパチと綺麗にハマっていく。


(きっとそうだ。おそらくロベリア様は、レオンのときも、今も何かに困っていて、解決するために私を側に置こうとしているんだ。だったら、私のやるべきことは一つ)


 ダグラスは片膝をつくと、ロベリアに頭を下げた。


「ロベリア様。今より私は貴女様の護衛としてお仕えいたします。けっして裏切りません。もちろん、途中で逃げもいたしません。騎士の名にかけてロベリア様に忠誠を誓います」


 ホッとロベリアが胸を撫でおろしたのが分かった。


(やはり、これが正解か)


 ダグラスは、ひとまず、ロベリアが困っていることを解決し許してもらった暁に、改めてロベリアに告白しようと決めた。


(今、困っているロベリア様につけこむようなことはしたくないからな)


 それなのに、満面の笑みを浮かべたロベリアに「ダグラス様、ありがとうございます」と心の底から嬉しそうに言われると、ダグラスは何も考えられなくなった。


 気がつけば、「ロベリア様。私の想い人は、ロベリア様です」と告げていた。


「……あっ」


 ダグラスが我に返ったときにはもうすでに遅く、ロベリアが美しい瞳をこれでもかと見開いている。


「も、申しわけありません! あ、いえ、しかし、事実です! お返事はロベリア様が私をお許しになったときに聞かせてください! 例えどういう返事であっても、決してロベリア様を恨みません!」


 ロベリアが気まずそうに少しうつむいたので、ダグラスは自分自身を殴りたくなった。

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