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27 極悪令嬢を目指します

 アランと分かれ、学園の廊下を歩きながらロベリアは必死に考えていた。


(あのサイコパスアランからリリーを守らないと……。どうしたらいいのかしら?)


 ゲーム内のアランを思い出してみると、とにかく優秀で隙がないキャラクターだった。勉強ができることはもちろん、アランの穏やかそうな外見からは想像できないが、剣術の腕前もすごい。その上、目的のためなら手段を選ばない苛烈さも持っている。


(やっぱり、天才レグリオに味方になってもらわないと!)


 幸いレグリオは、ロベリアの転生前の記憶の話に興味を持ってくれていた。さらに、リリーのことを大切な友人と思ってくれているので、話せば協力してくれそうだ。


(でも、レグリオだけじゃダメだわ。アランに実力行使に出られたらどうしようもないもの。うーん、アランからリリーを守れるくらい強い人……)


 ロベリアの頭にソルが浮かんだ。


(ダメ元で先生にお願いしてみるしかないわね……。カマルもリリーを狙っているし、もう頭が痛くなってきたわ)


 ため息をつくと「ロベリア様!」と名前を呼ばれた。ロベリアが驚いて振り返ると、長い距離を走ってきたのかダグラスが荒い息と共に肩を上下させている。


「ダ、ダグラス様!?」


 『今は授業中では?』とか『護衛騎士がカマルの側を離れていいの?』とか、いろいろ疑問に思ったが、『ダグラスに二度と話しかけない』と約束した手前、どういう顔をすればいいのか分からない。ロベリアが困っていると、ダグラスは勢いよく両膝を地面についた。ガツッと痛そうな音が聞こえる。


「ロベリア様! 今までのご無礼、大変申し訳ありませんでした!」

「え?」


 目の前のダグラスは、相手に服従する意味に取れるくらい深く頭を下げている。


「何を!? お、おやめください!」


 ロベリアは、慌てて周囲を見渡したが授業中のおかげか人影はない。


「ダグラス様、お立ちください!」


 首を振るダグラスは、頑なに立とうとしない。


(こんなところを人に見られたら、ダグラス様が何を言われるか分からないわ!)


 急いでダグラスの手を引いて「立ってください、お願いします」と懇願すると、ダグラスは「うっ」と低く呻いたあとにようやく立ってくれた。


「とにかくこちらへ」


 ロベリアは、ダグラスの手を引いて部活棟の裏まで歩いた。


(ここなら誰も来ないわね)


 ホッとしたロベリアは、ダグラスの手をつかんでいたことを思い出し慌てて放す。


「あっ、ごめんなさい!」

「いえ……」


 少し落ち着いたのかダグラスは、「本当に申し訳ありませんでした」ともう一度謝ってきた。


「なんのことですか……?」


 ロベリアが首をかしげると、ダグラスは「今までのこと、全てです!」と苦しそうに答える。


「あの、よく分かりませんが、私はダグラス様に謝っていただくようなことはありません。むしろ、たくさんご迷惑をかけた私のほうが謝らないと……」


「私はロベリア様に、ご迷惑などかけられていません!」

「えっと……?」


 ダグラスは、困ったように自分の髪をかき乱した。前髪の隙間から、今にも泣き出してしまいそうな黒い瞳と赤くなった頬が見える。


「ロベリア様。私は、その……こんなことを、今さら貴女に言う資格はないのですが……」


 顔をうつむけたダグラスは、必死に何かを伝えようとしている。


(ダグラス様が、こんなに必死になるなんて……)


 ロベリアはふと思いついたことを口にしてみた。


「もしかして、カマル殿下に何か言われましたか?」


 その言葉に弾かれたように顔をあげたダグラスを見て、ロベリアはなんとなく状況を理解した。


「殿下に、私に謝るように言われたのですか?」

「はい! あっいえ、違います! きっかけはそうなのですが、そうではなくっ!」


 慌てふためくダグラスを見て、ロベリアの予想が確信に変わる。


(カマルはリリー狙いだから、リリーの姉である私と、自分の護衛騎士を仲良くさせたいのかも? ダグラス様が私を嫌って避けているから、きっとカマルにそれを注意されたんだわ)


 主(あるじ)であるカマルに命令されたのなら、ダグラスが必死に謝る理由も分かる。


 試しに「ダグラス様、カマル殿下のお側にいなくて良いのですか?」と尋ねると、ダグラスからは「今は、殿下の護衛を外されています」と気落ちした声が返ってきた。


(なるほど。私に謝れとカマルに命令されて、許してもらえるまで護衛から外されてしまったのね。だから、あんなに必死に……。そんな理由で謝られて、無理やり仲良くしてもらっても悲しいわ)


 胸が締めつけられるように痛んだが、それと同時にこれは『チャンスかも?』と思った。学生なのに騎士の称号を得ていて、カマルの護衛に抜擢されているダグラスはもちろん強い。


(ダグラス様なら、アランからリリーを守れるかもしれない)


 ロベリアがまっすぐダグラスを見つめると、珍しくダグラスは顔をそらさなかった。


「ダグラス様が謝るということは、私に許してほしいんですよね?」

「は、はい!」

「正直、何をどう許せば良いのかよく分かりませんが……許します」


 よほど嬉しいのかダグラスは「ロベリア様」と感極まった声を上げた。


「ただし、許すには条件があります」

「条件、ですか?」


 戸惑うダグラスに、ロベリアが顔を近づけると、ダグラスはビクッと大きな身体を震わせる。


「ダグラス様。これからは、私の言うことをなんでも聞いてください」

「え? あ、は、はい?」


「もちろん、ずっとではありません。カマル殿下の護衛に戻るまでの間でいいので」

「そ、それは、恐れ多くも私がロベリア様にお仕えする、ということでしょうか?」


「まぁ、そうなりますね。どうしますか? 私の言うことを聞いてくれないと許しませんよ? 私が許さないとダグラス様は殿下の護衛に戻れないのでしょう?」


 できるだけ怖い顔を作ってダグラスを脅迫するが心の中では、『ダグラス様、すみません!』と謝ってしまう。


(本当はこんなことしたくないけど、今は、アランからリリーを守るために強い人が必要なの! リリーを守るためなら、私は愛しのダグラス様すら利用する極悪令嬢になってみせるわ!)


 さすがに抵抗するかと思ったがダグラスは「あ、はい。私でよければ喜んで」と、あっさりと承諾した。


 つい「本当にいいのですか?」と聞くと、「ロベリア様こそ、その……私で良いので?」と聞かれたので、「ダグラス様がいいんです! 嫌になっても途中で私から逃げちゃダメですからね?」と睨みつけておく。


 ダグラスは、右手で口元を押さえて「う、くっ」と言いながら顔を赤くした。


(ダグラス様、きっと悔しいんだわ。殿下の護衛なのに、こんなワガママ女に仕えさせられるなんて屈辱よね……。それに、ダグラス様の想い人の女性にも誤解されてしまうかも……)


 あまりの申し訳なさにロベリアは、「私のお願いを全部聞いてくれたら、次はダグラス様のお願いを私が聞きますね。その……ダグラス様の恋が叶うようにお手伝いもします」と伝えると、ダグラスはロベリアがびっくりするほど激しくむせた。


「だ、大丈夫ですか?」


 顔だけでなく耳や首まで赤くなったダグラスからは返事がなかった。

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