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24 先生に報告します

 次の日。


 ロベリアは、まだ朝日も昇っていない時間に目を覚ました。時計の針は、午前4:30を差している。ソルがここに来るまであと30分。顔を洗い髪をとかし、制服に着替えて身なりを整えた。


(どうにかして、ソルを説得して、レグリオのお兄さんが殺されないようにしないと!)


 ロベリアが胃が痛くなるくらい緊張していると、約束の時間ピッタリに扉がノックされた。扉を開けたロベリアは、ソルを無言で中に招き入れ扉を閉めて鍵をかける。


「先生、私と取引してください」

「急ですね。何かありましたか?」


 銀ブチ眼鏡の奥で、ソルの琥珀色の瞳が怪しい光を帯びている。


「媚薬売買の犯人が分かりました。教えるので、私のお願いを聞いてください」


 ソルは「そうですか」と呟くと「別に教えていただけなくとも、貴女から無理やり聞き出す方法はいくらでもありますよ?」と、口元だけでニコリと微笑んだ。


(怖い……けど、怖がっている場合じゃないわ! レグリオのお兄さんの命がかかっているんだから!)


 ロベリアは、少しも笑っていないソルの瞳を真っすぐに見つめた。


「でしたら、また学園内で問題が起こったとき、私が先生に協力します。だから、先生、私のお願いを聞いてください」


 ソルは、ロベリアをジッと見つめたあと「その瞳は、そそりませんね」とため息をついた。そして、どこからともなく薄い本を取りだす。


「まぁ、これにも『貴女の意思を尊重し敬愛するように』と書かれていますので、その通りにしましょう」


「先生、それはなんですか?」


 ソルは『よく聞いてくれました!』と言わんばかりに、自慢げに説明をする。


「これ、すごいんですよ! なんと、貴女のファンクラブの会報誌です!」


 いろいろツッコミどころがありすぎて、どう答えたらいいのか分からない。


「……先生、もしかして……私のファンクラブに入ったんですか?」


 そういえば、前に会ったときに、ファンクラブがどうこうと言っていたような気がするが、全て冗談だと聞き流していた。ロベリアは、「え? というか、私のファンクラブって本当にあったんですか!?」とそっちのほうに驚いてしまう。


「もちろんですよ。教師でも入れてくれました」

「あ……はは」


 変な笑いが出てしまった。


「ちょ、ちょっと、その会報誌、見せていただいても良いでしょうか?」


 「どうぞ」とソルは会報誌をロベリアに手渡した。恐る恐るページをめくると、中にはロベリアを讃える詩やらイラストが描かれている。


(……反応に困るわ)


 パラパラと流し見していたら、ロベリアだけでなくリリーのイラストも多く見つけた。天使姿のリリーやドレスを着たリリーなど、可愛らしいリリーが満載だ。


「先生、これ、リリーのところだけ切り取っていいですか?」

「怒りますよ?」


 ソルの声が予想以上に冷たかったのでロベリアは「すみません」と急いで謝った。


「でも、先生はどうして私のファンクラブに入ったんですか?」


「前にも言いましたが、貴女の怯えた瞳が好きすぎて」


(それとこれとは関係がないような気がする……)


 ソルはロベリアの言いたいことを読み取ったのか、ククッと低く笑った。


「私が何かを好きになる日が来るなんて思ってもいなかったので、せっかくだから、この際、法にふれない程度に、とことん追求してみようかと。あと、貴女のファンクラブ会員には厳しい規律がありまして、『違反者には死を』というノリも先生が過去に所属していた組織と似ていて居心地が良いです」


 それは、ソルが所属していた護衛暗殺部隊「太陽の影」と、ロベリアのファンクラブのノリが似ているということで。


(その集団、だいぶ危ないんじゃ……)


 ロベリアが怯えていると、ソルが嬉しそうにこちらを見ていた。


「……その瞳、良いです」

「そ、そうですか」


 気まずくてロベリアが視線をそらすと、ソルはロベリアから会報誌を取り上げる。


「というわけで、私の新しい太陽は貴女です。『お仕えしたい』と言いたいところですが、私が教師で貴女は生徒なのでそれは不可能。だから、これからは、できる範囲で貴女の意思を尊重します」


 ソルにそう言われてロベリアは思い当たることがあった。


「もしかして、前はめんどくさいと言っていたのに、今回はポケットにメモを入れて、いつ来るか教えてくれたのは、私の意思を尊重してくれた結果ですか?」

「はい、そういうことです。先生は心を入れ替えました」


 この言葉がソルの冗談なのか本気なのかは分からないが、ロベリアにとって悪い話ではない。


「じゃあ、私のお願いを聞いてくれますか?」


 ソルは、うやうやしくひざまずくと「我が太陽。貴女の仰せのままに」と首(こうべ)を垂れた。


(あ、これ……)


 目の前の光景が、ゲーム『悠久の檻』でロベリアの首を掻っ切りリリーに忠誠を誓うソルと重なり背筋が寒くなる。でも、今は殺される心配はなさそうなので、ロベリアは『大丈夫、大丈夫』と自身に言い聞かせて心を落ち着かせた。


(ソルは加虐趣味もあるけど、それ以上に忠誠心が高いのかもしれないわ)


 ソルのこれまでの素性や、ゲームの裏ルートでのリリーへの態度を見る限り、『自分が認めた主(あるじ)に仕えたい』という欲求が強いのかもしれない。その主が「太陽の影」時代は国王であり、ゲーム『悠久の檻』では初めて愛したリリーになった。そして、今はロベリアを主(あるじ)と決めたようだ。


(だったら話が早いわ)


「先生。とりあえず、話を戻しますね。レグリオは媚薬を作っていませんでした。ただ、気化麻酔薬というものを作った結果、偶然、媚薬のようなものができてしまったみたいです。えっと……」


 いつまでも、ひざまずいたままソルに「話しにくいので立っていただけませんか?」と言うと、ソルは渋々と立ち上がった。


「それで、貴女の思う犯人は?」

「それは……レグリオのお兄さんです」


 ロベリアは、偽の手紙を渡してレグリオの兄が来るか確認したことを話した。


「ストレイム子爵家のレオンくんですね。なるほど。あとはこちらで調べて裏を取ります。貴女はこの件から手を引いてください」

「はい」

「ご苦労様でした。さて、犯人にはどういったお仕置きをしましょうか……」


 ソルの赤みが強い琥珀色の瞳が細くなり、残虐な色が浮かぶ。


「先生、それで私のお願いなんですが……」

「はい、なんでしょう? ロベリアさんは、立派に役目を果たしてくれましたし、今ならなんでも叶えますよ」


「じゃあ……レグリオのお兄さんが、もし本当に犯人でも殺さないで欲しいんです。もちろん、悪いことをしたので罰は受けるべきです。でも、レグリオはお兄さんのことが大好きなので……殺すのだけは……」


 犯罪は絶対にいけない。でも、どうしても悪役令嬢ロベリアとレオンの姿が重なってしまう。ゲームのロベリアがカマルへの片思いに苦しんだように、もしかしたら、レオンにもなにか事情があり、地獄の苦しみを味わっているかもしれない。


 ソルはパチパチと瞬きすると「殺しませんけど?」と答えた。


「……え?」

「殺しませんよ。ロベリアさんは先生のことを、いったいなんだと思っているんですか?」


「で、でも……」


「まぁ私の仕事を増やしたのは極刑に値しますが、あくまでここは学園で私は教師です。犯人は、二度とこんな愚かなことをしたくないと思える程度に懲らしめて、謹慎か退学くらいが妥当じゃないですか?」


 その言葉を聞いて、ロベリアは全身の力が抜けた。その場に座り込んでしまいそうになったロベリアをソルが支える。


(よ、良かった……)


 ソルに報告することで、誰か人が死ぬかもしれないとこの一週間悩み続けていた。


「先生は、私が思っている以上に、ちゃんと先生なんですね」


 ロベリアの口元に自然と笑みが浮かんだ。ソルは咳払いをすると、なぜか不機嫌になる。 


「そう解釈していただいてもかまいませんが……。この事件をあまり大事にすると、購入した生徒まで罰しないといけなくなりますからね。王族や貴族が通うこの学園内での不祥事は、国王陛下の顔に泥を塗るようなもの。決して公(おおやけ)にはできません。不祥事を揉み消すのも私の役目ですので……。だから、貴女は私にもっと怯えてくれて良いのですよ?」


 ようするに、ソルは『私はまともな先生ではないから、怖がってください』と言いたいようだ。


(先生、もしかして照れてる?)


 ソルの表情からはよく分からない。


「先生にどういう事情があるにしろ、私は誰も殺されないと分かって安心しました」


 安心したら、気が抜けてふいに涙が滲んだ。ロベリアは慌てて指で涙をぬぐい顔を上げると、すぐ近くにソルの顔があった。こちらを見つめるソルの瞳がどこかうっとりとしている。


「前から思っていましたが……」


 ソルはロベリアの耳元に口を寄せると熱っぽく囁いた。


「貴女は泣き顔も最高です」


「先生、本当に心を入れ替えました?」


 ロベリアがあきれてソルを見ると、口端が少しだけ上がった。それは笑顔と呼ぶには程遠い、ほんの僅かな動きだったが、先生を演じているときのような偽物の優しい笑みや狂気を含んだものではなかった。


 ロベリアは、なぜかこれがソルの本当の笑顔のような気がした。

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