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【カマル視点】面白い姉妹

 遠くにロベリアが見えたので、カマルが挨拶をするために近づこうと思った瞬間、ロベリアはベンチから立ち上がり、反対方向へと歩き出した。


「うーん。ここ一週間、ロベリアに避けられているような気がするのだが、ダグラスはどう思う?」


 背後に控えているダグラスからは返事がない。


「ダグラス、心当たりは?」


 少しの沈黙のあと、ダグラスから「……あります」と暗い声が返ってくる。


「話せる範囲でいいから話せ」


 そう言うと、ダグラスは、ポツリ、ポツリと話し出した。


「ふーん? ようするに、私が親しくしている女性だから、ロベリアと距離を取りたくて、『今後一切話しかけるな』的なことをロベリアに言ったということだな?」


 ダグラスは返事をする代わりに、陰気臭くうなずいた。


「なるほど。では、今の状況は、お前の望み通りになったということか。分かった。ロベリアには、今後はお前がいないときに話しかけるとしよう」

「……はい」


 ダグラスは、この世の全ての不幸を背負い込んだような声で返事をする。


(はぁ……まったく)


 ダグラスは、ここ一週間ほど、この調子でひどくうっとうしい。ただ、護衛の仕事は完璧にこなしているし、授業にも支障をきたしていない。問題がないといえば問題はないのだが、終始暗く、背後に立たれると陰気臭くて仕方がない。


「ダグラス、主(あるじ)としての命令だ」

「はい」


 ダグラスは、主(あるじ)という言葉に反応し背筋を正した。


「ロベリアに、お前の本当の想いを伝えて、きちんと振られてこい」


 驚くダグラスにカマルは笑う。


「なんだ? まだロベリアに好かれているとでも思っているのか? 女は男と違って気持ちの切り替えが早い。お前はロベリアの好意に応えなかったんだ。ようするに、お前はロベリアを振ったんだ。ロベリアも、自分を振った男のことなんて、もうなんとも思っていないだろう。だから、今度はお前がロベリアに振られて、お前も気持ちを切り替えろ」


 返事をしないダグラスに、カマルはため息をついた。


「ダグラス、何を誤解しているのか知らないが、私はロベリアのことは友だと思っていて、それ以上の好意はない」

「……え? し、しかし」


「しかしも何もない。ロベリアはお前の妻に相応しいと思っていたんだがな。残念だ」

「つ、ま? わ、私の?」


 ダグラスはカッと赤くなったあとに、サァと青ざめていく。その様子を見ながらカマルは、『あのロベリアなら、まだダグラスのことを好きでいてくれそうな気もするが……。まぁ、男女のことは分からないからな』と密かにため息をついた。


「もう一度言う、これは主命だ。ロベリアに告白して振られて来い。終わるまでお前の護衛の任を解く」

「しかしっ!」


 焦るダグラスを「私には、お前以外の護衛もいる」と突き放すと、ダグラスは、暗いオーラを背負って、重い足取りでその場から立ち去った。


(二人のことは温かく見守るつもりだったが……私はダグラスに甘すぎるな。まぁ、私のせいで二人がこじれたようだから、これくらいのことはしてもいいか。結果はどうであれ、気持ちに区切りをつけるとダグラスの心も晴れるだろう)


 ダグラスを護衛から外したので、女子生徒に囲まれて動けなくなる前に、別の護衛を呼ばなければと思って歩いていると、見たことのある女子生徒に声をかけられた。


「カマル殿下!」


 女子生徒は、上位貴族にしては珍しく庶民的なブラウンの髪色だ。


(確かロベリアの妹リリー。ディセントラ侯爵家のもう一人の令嬢だな)


 リリーの表情はこわばっていて、カマルに好意を寄せているようには見えない。


「何か用かな?」


 カマルが穏やかに微笑みかけると、リリーはキッと睨みつけてくる。


「先ほどのお話、本当ですか!?」

「先ほど?」

「殿下が……ロベリアお姉様のこと、『友としか思っていない。お姉様は殿下の護衛騎士の妻に相応しいと思っている』という話です!」


(ああ、そのことか)


 聞かれてしまったのなら、今さら隠しても仕方がない。ここは女子寮の近くで人通りも多いので、リリーを手招きして人気(ひとけ)が少ないほうに誘う。大人しくついてきたリリーにカマルはもう一度微笑みかけた。


「その話だけど、そうだよ。私はそう思っている」


 リリーは傷ついたような表情を浮かべる。


「そんな……。殿下がロベリアお姉様に頻繁にお声をかけるから、学園内では、殿下とお姉様が婚約するとウワサになっているんですよ!? 今さら、そのつもりがないなんて……」


「今さらも何も、私はもちろん、ロベリアも私と婚約するつもりなんてないと思うけど?」


「で、でも、殿下が侯爵家の令嬢を優遇したらどうなるか、少し考えたら分かるじゃないですか!? 殿下と恋仲のウワサがある令嬢を誰が妻に求めますか?」


 リリーはハッとなり、顔を歪めた。


「殿下……まさか、わざとですか?」


 咎めるような声音を聞きながら、カマルは『可愛らしい外見に似合わず鋭いこだな』と思った。


「殿下は、護衛騎士とお姉様をくっつけるために、わざと殿下とお姉様とのウワサを立てたのですか!? お姉様に別の男が近づかないように!」


「まぁ、そうだね。私の護衛騎士は奥手だから、ロベリアに思いを告げるのに、少し時間がかかりそうだなと思ってね」


 その間、ロベリアに悪い虫が寄ってこないように牽制しておこうという気持ちがあった。


「ひどい……」


 怒りで我を忘れたようにリリーが右腕を振り上げたので、その右手首をカマルは素早くつかむ。


「リリー。君は、王族に手をあげるつもりかな?」


 ニッコリと微笑みかけると、リリーは「学園内では身分の差はないわ!」と叫んでつかまれている腕を振り払った。


「二度とお姉様に近づかないで!」

「それは私が決めるよ」

「お姉様は、護衛騎士なんかと付き合わないわ!」

「それはロベリアが決めることだよ」


 リリーは「この陰険クソ野郎!」と叫ぶと、汚らわしいものを見るような目でカマルを睨み、舌打ちと共に去っていった。


(ブッ、ふふっ……ロベリアだけでなく、妹のリリーも面白いのか。ディセントラ侯爵家の教育はどうなっているのかな?)


 一人取り残されたカマルは、口元を手で押さえながら必死に笑いをこらえた。

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