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20 指令をすっかり忘れていました

 完成したレナの絵を見せてもらい、ロベリアは感動した。


 レナのスケッチブックには、優しいタッチで描かれたリリーとロベリアが幸せそうに微笑み合っている。


「レナさんは、絵がすごく上手なのね」

「でしょでしょ? レナってすっごいの」


 乙女ゲームの設定でレグリオが絵が上手いことは知っていたが、実際に作品を見るとその繊細な美しさに目を奪われる。


(天才って、なんでもできるのかしら?)


 リリーの後ろで、レナが恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めている。


「レナさん、ありがとう。リリーがすごく可愛いのはもちろんだけど、私もこんなに素敵に描いてもらえるなんて……」


 ロベリアがお礼を言うと、レナは不思議そうに首をかしげた。


 リリーが「お姉さまは、自分がお綺麗なことに気が付いていないのよ。まぁ、そこが私のお姉さまの可愛いところなんだけど」と真面目な顔でレナに説明している。


(私だって、ロベリアが綺麗なことくらい知ってるわ)


 ロベリアは確かに整った顔をしているが、悪役令嬢の名に相応しく全体的に派手なイメージで、顔の作りもきつい。だから、鏡を見るたびに『綺麗だけど、性格が悪そうね』と思ってしまう。


 でも、レナが描いてくれた絵には、優しい笑みを浮かべてリリーを見つめる理想の姉ロベリアが描かれていた。


「私、この絵、欲しいわ」

「だーめ、これは私がもらうから」


 リリーに取り上げられた絵を、ロベリアが物欲しそうに眺めていたら、レナが「あの……もう一枚描きましょうか?」と聞いてくれた。


「いいの!?」


 コクコクと必死にうなずくレナが可愛い。


 ロベリアが「じゃあ、今度何かお礼をするわね」と伝えると、レナは首を振った。


「そんなっお礼なんていいんです! ……お二人の絵を描くの、すごく楽しくて……もっと描きたい」


 大きな瞳をキラキラと輝かせているレナは、ウソをついているようには見えない。


 前世の記憶があるロベリアとしては『神絵師さんに無料で絵をお願いするなんていけないわ』と思ったが、レナは頑なにお礼を断る。


「本当にいいの?」


 レナがコクンとうなずいたので、ロベリアは「じゃあ、私に何かして欲しいことがあったら言ってね?」と伝えた。ハッとなったレナは、モジモジしながら顔を赤くする。


「えっと、じゃ、じゃあ、ロベリア様とリリーの絵を、たくさん描いてもいいですか?」


 予想外のレナからのお願いに、ロベリアとリリーは顔を見合わせた。


 ロベリアが「もちろん良いわよ。そんなことでいいの?」と言うと、リリーも「レナ、そんなの聞かなくても好きに描いていいよ?」と驚いている。


「あ、ありがとう、ございます」


 ふわっと微笑んだレナは、美少女以外の何者にも見えない。


(これが少年だなんて……)


 リリーがレナに「絵を描いたら、私にも見せてね!」とお願いすると、レナは照れながらコクコクとうなずく。仲の良い二人を見て、ロベリアは微笑ましい気分になった。


「二人はとっても仲良しなのね」


 ロベリアがそう言うと、「うん!」「は、はい」と可愛らしいお返事が二つ返ってくる。


(はぁーこの空間、癒されるわー)


 最近では、ソルに脅されたり、ダグラスに失恋したりとつらいことが続いたが、可愛らしいリリーとレナを見ていたら、つらいことも忘れられそうだ。


(……あっ、ソルの指令をすっかり忘れていたわ)


 確か、ソルはレグリオの『交友関係と、これまでの薬品制作の有無』を探れと言っていた。探れと言われても、もう目の前にいるので、ロベリアは率直に聞こうと思った。


「ねぇ、レナ。あなた、リリー以外に親しい人はいるかしら?」


 おかしな質問をされて、レナをきょとんとしている。


「い、いえ、いません」

「そう……」


 リリーが不思議そうにロベリアを見つめている。


「お姉さま、急にどうしたの?」 


 『実はソルに協力して、学園内で媚薬の売買をしている犯人を捜しています』と本当のことは言えないので、誤魔化すために、ロベリアはリリーにも同じ質問をした。


「リリーは、レナ以外に親しい人、いる?」

「いるよ」


 リリーは、ロベリアの腕に自分の腕を絡めると、ぴったりとくっついた。


「それは、お姉さま」

(私の妹が可愛すぎるわ!)


 我慢できずリリーをギュッと抱き締めると、ロベリアの腕の中からふふっとリリーの可愛らしい声が聞こえる。その様子を見ていたレナが「あ、そういう意味なら……」と呟いた。


「兄がいます」

「お兄様が?」


 レグリオに兄がいることは、ゲーム内では語られていなかったため、ロベリアも知らなかった。


「この学園にいる方かしら?」


「はい、兄は、わ、わたしより、2つ年上なのでカマル殿下と同級生です。兄は、とても優しいんです。それに、将来お医者さんになりたいって言っていて、すごく立派な人なんです」


 レナの口から出た『お医者さん』というキーワードから『薬品』という言葉を彷彿させて嫌な予感がした。


「レナ、もしかして、そのお兄さんに何か頼まれなかった? 例えば、媚薬とか、そういう薬品を作る手伝いをお願いされた……とか?」


 ロベリアは、慎重に言葉を選びながら、恐る恐る聞いてみる。


「媚薬? いいえ、あ、でも……気化麻酔薬なら、兄と一緒に作ったことがあります」

「きかますいやく? それ、詳しく教えてくれないかしら?」


 レナとリリーは顔を見合わせた。


「えっと……お姉さまは、なんの話をしているの?」


 レナも戸惑っている。


(疑われないためには、ここで止めたほうがいいのは分かっているけど……)


 ロベリアは、二人に向かって頭を下げた。


「ごめんなさい、少し事情があって詳しくは言えないの。でも、リリーの安全のためだから、よければ話しの続きを教えて欲しいわ」


 真っすぐにレナを見つめると、レナは視線を逸らさなかった。


「リリーの安全のため、ですか?」

「そうなの」


「だったら、話します。別に隠すようなことでもないですから」


 レナは、いつもよりしっかりした口調で話し始める。


「気化麻酔薬についてですが、今の医療の麻酔は、麻薬性鎮痛薬を麻酔として使っていることがほとんどです。でも、それでは患者さんの身体に負担になるから、もっと安全で効果がしっかりとしたものを作れないかと兄に相談されて、一緒に考えたことがあり、できたものが気化麻酔薬です」


 難しい言葉が並んでいるが、ようするに、この世界の医療現場では、麻薬を麻酔として使っているので、もっと良い麻酔を作りたいと兄に相談されたようだ。


「気化麻酔薬って、どういうものなの?」


「液体を気化した状態……蒸発させた状態で使用する麻酔です。少量では、患者さんの意識を残したまま、多幸感を増幅させ鎮痛作用を発揮します。大量に使用すると、患者さんは酩酊状態になります。さらに、自分で動けず思考できなくなり、痛みもまったく感じなくなります。催眠作用も出てきます」


(うーん、よく分からないけど、前世の世界で使っていたような医療用の麻酔を発明したって思えば良いのかしら?)


 それなら何も問題はなさそうだ。


「じゃあ、レナとお兄さんは、より安全な麻酔を作ったということなのね?」


「はい、そうです。まだまだ改良は必要なのですが……」

「どうして?」


「気化麻酔薬自体は、とても薄めた状態で気化させ使うもので何も問題がないのですが、原液の匂いを嗅いでしまうと危険です。独特な香りと共に、多幸感が増幅し、身体が興奮状態になり、幻覚作用が現れます。だから、今のままでは取り扱いがとても難しいんです」


「うん?」


 独特な香りという言葉を聞いて、ロベリアは媚薬を嗅いでしまったことを思い出した。


(まさかね?)


 そう思いつつ、念のために「それって、もしかして媚薬の効果に似ていたりする?」と確認すると、レナはコクリとうなづく。


「はい。原液が引き起こす症状は、限りなく媚薬に近いです。なので、改良をしないといけないんですが、兄の勉強が忙しくなってしまって……」


(どうしよう……犯人が分かってしまったわ)


 ロベリアが急に青ざめたので、レナは口を閉じ辺りはしんと静まり返った。少し離れた木々の間から、鳥の囀りが聞こえてくる。


(媚薬を作ったのは、レグリオ。ただし、レグリオが作ったのは気化麻酔薬で、それを悪用しているのがレグリオのお兄さんってことよね? だったら、犯人はレグリオのお兄さん?)


 しかも、優しくて医者を志す、レグリオが尊敬しているお兄さんだ。


(どうしよう、ソルにばれたら、レグリオのお兄さんが殺されてしまうわ! でも、ソルはウソを見抜くから、私の顔を見ただけで絶対にバレてしまう!)


「お、お姉様?」

「ロベリア様?」


 心配する二人に、ロベリアは「ごめんなさい、急に気分が悪くなってしまって……。今日は帰るわね。とても楽しかったわ。ありがとう」と精一杯の作り笑顔を浮かべてその場をあとにした。

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