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16 悪役令嬢みたいなことを考えてしまいました 

 ロベリアは、リリーとレグリオを探して学園内をウロウロしていたが、結局、見つけることができなかった。


(仕方がないわね)


 夕食の時間になればリリーに会えるので、ロベリアは今日は諦めて女子寮へと戻った。その途中で、バッタリとリリーに出会う。


「お姉様!」

「リリー、ずっと探していたのよ。どこにいたの?」


 リリーは「それは私のセリフよ!」と、やわらかそうな頬を膨らませる。リリーの側には、『レナ』という偽名を使って女装しているレグリオの姿もあった。


「レナに私たちの絵を描いてもらおうと思って、ずっとお姉様を探していたのに。もうこんな時間になっちゃった……」


 リリーの言うとおり、日は暮れ辺りは夕焼け色に染まっている。


「そうだったの? ごめんなさいね。私もリリーを探していたから、すれ違ったみたいね」


 ロベリアがレナにも「ごめんなさいね」と謝ると、レナは『とんでもない』とでも言いたそうにブンブンと首を左右にふる。


(やっぱりレナ……レグリオは優しい良い子ね。レグリオが違法な媚薬を作って売りさばいているなんてありえないわ)


 ロベリアがそんなことを考えていると、リリーはギュッとロベリアの腰に抱きついた。


「もうお姉様! すごく心配したんだから!」

「ごめんなさい……」


 リリーは、すねたような可愛い顔で「お姉様が無事ならいいけど……」とため息をついている。


「お姉様、変な男にからまれていないでしょうね?」

「もちろん」


 変な男にからまれるどころか、こちらから愛しのダグラスにからんでしまった。今さらながらに『ハンカチを無理やりおしつけたのは良くなかったわね』と反省してしまう。


「お姉様、明日は絶対にレナに絵を描いてもらうから、授業が終わったらお部屋にいてね?」

「分かったわ。せっかくだから、このまま三人で食堂に行かない?」


 リリーは「いいわね」と言ったが、レナは「わ、わたしは……部屋で食べます。その、人が多いところは苦手で……」と断られてしまった。

「そう?」


(レグリオの話が聞けないのは残念だけど、無理やり引き留めて変に思われても困るし……。明日また会えるからそのときに聞いたほうがいいわね)


 三人並んで女子寮へ歩き出した。リリーとレナは明日の授業について話している。


(仲良し美少女二人組って、なんて絵になるのかしら? 私の絵より、この二人の絵がほしいわ!)


 ロベリアが内心ニヤニヤしながら人生を満喫していると、リリーに「お姉さまったら、またぼんやりしてる」とあきれられてしまう。


「ごめんなさい」


 美少女に見とれて本気でぼんやりとしていたのでロベリアは素直に謝った。


「お姉様、今は何を考えていたの?」


「えっと、リリーもレナさんもこんなに可愛くてどうしましょうって思っていたわ。私より貴女たちこそ、変な男性にからまれないの?」


 リリーとレナはお互いに顔を見合わせた。


「ないよね?」

「……ないです」


「おかしいわね。こんな超絶美少女に声をかけないなんて……この学園の男子生徒は皆、視力が悪いのかしら?」


 ロベリアが真剣に悩んでいると、レナがクスッと笑った。


 リリーが「ね? 私のお姉様ってなんていうか……ズレているというか、ぼんやりしているでしょう?」とレナに言うと、レナは「ううん。ロベリア様は、とっても素敵だわ」とクスクス笑っている。


「もうレナは優しいんだから。お姉様こそ、カマル殿下じゃなくて、殿下の護衛が素敵だなんて、視力を疑うわよ?」

「何を言っているの? ダグラス様はとっても素敵よ!」


 リリーとレナは戸惑いながら視線を交わす。


「お姉様、もうそろそろ、その冗談をやめないと、あの護衛、本気で勘違いするわよ?」

「冗談じゃないわ!?」


「あんな根暗そうで顔面凶器みたいな男のどこが良いの?」


 ダグラスのあまりの評価の酷さに、ロベリアは驚いた。


(あ、あれ? ダグラス様の評価ってこんななの?)


 ロベリアが戸惑いながら「レナさんはダグラス様のこと、どう思う?」と尋ねると、レナはビクッと身体を震わせたあと、もじもじしながら口を開いた。


「……ダグラス様は、大きくて強くてとても憧れます。でも……」

「でも?」


「す、すっごく、怖いです」


 レナは、追いつめられた小動物のようにカタカタと震えた。


「そうなのね……」


(あの鋭いけど優しい雰囲気の瞳に、鍛えられた身体、それに真面目すぎて王子にからかわれやすい性格とか、女性が苦手なところも含めて、私的には最高なんだけど……)


 リリーが「どうしてアレなの?」と本気で不思議そうに聞いてきた。


「ダグラス様を、アレ呼ばわり!?」


(でも、もし、リリーの言う通り、ダグラス様が女性に人気がないなら、私にまだチャンスがあるってことよね? だって、ダグラス様もいつかは誰かと結婚しないといけないんだし、だったら、それが私でも良いかも? こうなったら、侯爵家の権力をつかって、無理やりにでもダグラス様と婚約を……)


 そこまで考えてロベリアは心の中で激しく頭を抱えた。


(ダメ! これ、ダメなやつ! 典型的な悪役令嬢の考え方だわ!! しかも、このパターンは、数年後にダグラス様と本物のヒロインが運命的に出会って恋に落ちて、私が婚約破棄されるやつ!!)


 ただでさえ、ゲーム『悠久の檻』の中でロベリアの死亡フラグが多発しているのに、これ以上、問題をややこしくするわけにはいかない。


(しかも、ダグラス様に軽蔑されて断罪された日には……もう、生きていけない……)


 こっちを見たリリーが「お姉様。また、おかしなことを考えているのね?」とあきれた顔をする。


「だって、ダグラス様に嫌われたら、どうしよう……」

「もうっ! お姉様は、どうしてそんなにあの護衛のことが好きなの? 相手のこと、何も知らないでしょう?」


 リリーの言葉に『ゲームで知っているの』と言いたかったが、言えずにロベリアは黙り込んだ。


「護衛のどこが好きなの? 何か好きになるきっかけがあったの?」

「何って……」


 転生前からゲームのキャラとして大好きなのでうまく説明できない。


(でも、よく考えたら、リリーも私もゲームのキャラとはまったく違う性格だわ)


 もし、この世界にロベリア以外の転生者がいて『ゲームのロベリアが大好きだから結婚してくれ』と言われたらどんな気分になるだろうと考えてみた。


(ゲームのキャラと私は別人だから、そんなことを言われても困ってしまうわ。……そっか、私って今まで現実のダグラス様を見ていなかったのね)


 それなのに、ダグラスと両想いになりたいとか、あわよくば結婚したいなんて考えていたことが恥ずかしい。


(こんなんじゃ、お茶に誘っても断られるはずだわ。欲張りはダメよ、私。ダグラス様と同じ空気が吸えるだけで、もう奇跡なんだから)


 ロベリアが「そうね、リリー。これからは、ダグラス様にご迷惑をかけないように気をつけるわ」と言うと、リリーは「分かってくれて良かったわ」と天使のような笑みを浮かべた。


「お姉様には、もっとお似合いの素敵な方がいるわよ!」

「そうよね、ダグラス様にも選ぶ権利はあるわよね……」


 微妙に食い違う仲良し姉妹の発言を聞きながら、レナは困ったように微笑んだ。

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