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【ダグラス視点】

 ダグラスは何が起こったのか分からなかった。


 気がつけば、ロベリアの後ろ姿を見送っている。


(確か、ロベリア様にお礼を言われて、ハンカチをいただいて……?)


 夢でも見たかと思ったが、手の中にロベリアのハンカチがあるので、夢ではなさそうだ。


 まっすぐにダグラスを見つめるロベリアの瞳は、まるで新緑のように美しかった。


 カマル王子の護衛に抜擢されてからというもの、ダグラスはカマルを守る壁に徹していた。わざわざ壁を気にかける者はいない。


 ダグラスにとって、カマルの指示に従うことが最優先であり、ロベリアのことだってカマルの命令で保健室に運んだだけだ。それをきっかけに、少しロベリアを気にかけるようになっただけ。


(それなのに、ロベリア様はわざわざ私にお礼を言ってくださり、私が優しいと……?)


 優しいだなんて生まれて初めて言われた。そんなことを言ってくれる女性に今まで出会ったことがない。それだけではない。


(……ん? ロベリア様に、お茶に誘われなかったか?)


 ロベリアは頬をほんのりと赤く染めながら「今度、ご一緒にお茶でもいかがですか?」と言ったような気がする。ロベリアから礼を受け取ろうなんて思ってもいなかったので、何も考えずに断ってしまった。


 そのときに気がついたのだが、ロベリアの目元が赤くなっていた。目尻に涙が浮かんでいたようにも見える。それを見た瞬間、ダグラスは『泣いている!?』とあせった。


 女性を怖がらせて泣かしてしまうことが良くあるので、『またやってしまった!』と思ったが、ロベリアは怯えもせずに「泣いていません」と可憐に微笑みかけてくれた。


(しかし、あれは確実に泣いていた……。私を怖がっていなかったのならどうして?)


「ダグラス!」


 背後から名を呼ばれた。振り返ると、カマル王子が立っていた。


「すまない、ダグラス。女性に囲まれてしまって困っているんだ。少し護衛をしてほしい」


 ダグラスは、カマルに好意を寄せている女性たちが、刺繍入りのハンカチをカマルに贈っていることを思い出した。


(好意を寄せている相手に、女性からハンカチを贈る習慣があったはず。だとすれば、もしかしてロベリア様は演技ではなく、本当に私のことを……?)


 カマルは、いつものように『はい』と返事をしないダグラスをまじまじと見た。


「どうした? ダグラス、熱でもあるのか?」

「……いえ」


 ダグラスは赤くなってしまった顔を隠すために、必死にカマルから顔を背ける。


(そうすると、ロベリア様が泣いていたのは……私がお茶のお誘いを断ったから? いや、そんなことがあるはずがない!)


「おい、ダグラス? おーい!」

「はっ!?」


 気がつけば、カマルがダグラスの顔の前で手を振っていた。


「私の話を聞いていたか?」

「いえ、殿下、申し訳ありません!」


 我に返ったダグラスは慌てて頭を下げた。カマルは興味深そうにこちらを見ている。


「そのハンカチは?」

「これは……」


「ロベリアか?」

「うっ」

「なるほど、やはりロベリアとは一度話をしないといけないな」


 カマルは嬉しそうに口元を緩めた。

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