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【アラン視点】

 昼食をとるために食堂に向かうロベリアとリリーを見てアランは微笑んだ。


(やっぱり、この姉妹は可愛いなぁ)


 アランはふと、幼いころ父と共にディセントラ侯爵家へ行き、そこで初めてロベリアとリリーに会ったときのことを思い出した。


 まだ幼いロベリアとリリーが光の中で無邪気に微笑み、仲良く遊んでいる姿を見て、アランは『僕は妖精の国に紛れ込んだの?』と不思議な気持ちになったものだ。


 ディセントラ侯爵家の妖精たちは、学園に通う年になっても無邪気なままだった。


(まさかロベリアが男女の作法を教えられていないなんて)


 いつも凛としているロベリアが動揺している姿は、とても可愛らしかった。


 姉妹仲が良いのも見ていて微笑ましい。しかも、それだけではなく、この姉妹は利用価値がとても高い。


(人間は嫌いだけど、この二人は特別だよ。ちゃんとキープしておかないと)


 次期公爵になるアランにとって、最も理想的な結婚相手は、来年この学園に入学してくるカマル王子の妹、シャロル姫だった。


 シャロルと結婚すれば、より強い権力が得られるが、学年が離れていて直接シャロルと交流することは難しい。さらに、カマルに護衛が付いているように、シャロルにも護衛がつくと予想できる。


 護衛付きの姫を落とすのはかなり難しい。シャロルが無理な場合、アランの妻に相応しいのはロベリアかリリーだが、ロベリアのほうがより公爵夫人に相応しいとアランは考えていた。


(リリーも悪くないんだけどね。リリーはロベリアのことが好きすぎて、僕のことを嫌っているから)


 そういうわけで、アランとしては、シャロル姫と結婚するのが大変望ましいが、できなかった時のために、ロベリアをキープしておきたい。しかし、学園一の美女ロベリアをどうキープしておくか、それが問題だった。


 家同士の政略結婚が当たり前だった一昔前ならいざ知らず、最近では、爵位に大きな差がなければ、本人たちの意思による自由恋愛が尊重されるようになっていた。そのせいで『ロベリアを妻にしたい』と不相応な夢を見る馬鹿な男も多いはずだ。


 アランは、入学当初からこっそりとロベリアの悪評を広げ、彼女に人が近づかないように仕向けた。昔から話術を使って、それとなく人をコントロールすることが得意だったので、すぐにロベリアの周りから人は消え、学園で孤立するようになった。


 そうなれば、幼馴染の自分を頼って、ロベリアからアランの元へやって来ると思っていた。しかし、ロベリアは、一人きりでも少しも問題を感じないのか、アランを一度も頼ることはなかった。


(僕だけが、ロベリアの理解者になる予定だったのにね)


 そうしているうちに、いつしか根拠のない悪評は消え去り、今となっては近寄りがたい孤高の女神、学園一の美女ロベリアが誕生してしまった。


 そんな中、今年になってリリーが入学してきた。庇護欲をそそる美少女リリーが、ロベリアにべったりとくっついたものだから、学園内に美人姉妹を讃えるファンクラブのようなものまでできたと聞いている。


(計画通りにいかないなぁ。でも、簡単に思い通りにならないのが楽しいんだよね)


 ロベリアが『恋愛はゲームだ』と言っていたが、その感覚はアランにもよく分かった。


(恋愛といえば、ロベリアって、ダグラスが初恋だよね?)


 これまで一度もロベリアに男のウワサがたったことはない。


(だったら、これからは、ダグラスとの恋愛を応援しているふりをして、裏で潰して悲しむロベリアを優しく慰めてあげようっと)


 アランはとても誠実そうな笑みを浮かべた。


(あ、そういえば……)


 服のポケットに手を入れ、アランは媚薬が入っていた小瓶にふれた。


(媚薬のおかげでロベリアと良い感じになったのに、ダグラスに邪魔されちゃったなぁ)


 ロベリアにはサラッと嘘をついたが、この媚薬をくれたのは友達ではない。今日、商談をする予定だった生徒だ。その生徒は、『好きなだけ媚薬を納品する代わりに、金銭面の援助をしてほしい』と言っていた。


 その話を聞いた時は、媚薬をロベリアやリリーに使ったら面白いかも?と思い、興味があった。


(援助してもいいかもと思っていたけど……)


 先ほどのロベリアの言葉を思い出す。


『やだ。使いたくないわ』


 媚薬を使いたい?と聞いたら、そう即答されてしまった。


『ゲームの難易度を下げたら、つまらないわ』


(そう言われてみれば、そうだよね)


 アラン自身、今までの自分の人生を振り返ると、超絶イージーモードだと思った。家柄よし、顔もよし、頭よし。しかも、呼吸するようにウソがつけるし、話術で人を簡単に操ることもできる。悩みなんて一つもない。


 唯一、自分の思い通りにならないとしたら、幼馴染のこの二人くらいだ。


(うん、だからこそ、ロベリアとリリーはこのまま僕の思い通りにならないほうが面白いのかもね)


 そのほうが、今後の人生が楽しそうだ。


 アランはポケットに入っていた小瓶を取り出すと、ポイっとごみ箱に投げ捨てた。そして、何度も時計をチラチラと見ているロベリアに目を向ける。


(今日、僕に会いに来たのは、ダグラスとの恋愛相談をしたいのかと思っていたけど……)


 不自然にアランを引きとめる態度を見て、『もしかして、ロベリアは誰かにそうするように頼まれているのでは?』と予想した。ロベリアが真っ青になったので、予想は確信へと変わる。


 それだけはなく、ロベリアはなぜか媚薬の解毒剤を持っていた。そのことから、ロベリアに頼んだ人物は『学園内で媚薬を売買をしている犯人を探しているのでは?』という予想もできた。


(ロベリアに頼んだ相手は、今頃、僕の寮部屋を荒らしたり、いろいろと探りを入れてるのかな? まぁ、探られて困るようなものは何もないけどね。もし、犯人が捕まっても僕なら揉み消せるけど……媚薬1個もらっただけで、そこまでしてあげる義理もないか)


 そういうわけで、今後は媚薬には関わらないことを決めた。アランは前を歩くロベリアの肩をツンツンと人差し指でつつく。


「ねぇ、ロベリア。今日は何時まで遊べるの?」

「えっと、3時まで……」


(なるほどね。3時まで僕を引きとめないとダメなのかな?)


「よし、じゃあ3人で一緒に、3時になるまでピクニックをしようよ!」


 ホッと胸を撫でおろすロベリアの横で、リリーが「えー?」と不服そうな顔をした。

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