いつ、家族に、会長に紹介される日が来るのか、戦々恐々として過ごす。
しかし、幸いというのはあれだが、会長が膝の手術で一ヶ月ほど入院するらしく、退院してからだと言われた。
もともと、矢崎くんの契約結果を見届けてから、かねてより悪かった膝の手術をするように予定を組んでいたらしい。
会長には悪いが、矢崎くんと一緒にいられる時間が延びたと、喜んでいる自分がいた。
「いい天気でよかったね」
「そうだな」
その日、私たちは休日出勤の振り替えを使って四連休を確保し、旅行に出かけていた。
私はもうすぐ次のイベントが動き出すし、矢崎くんもこれからいろいろと変わっていく。
その前に慰労会をかねて旅行に行こうって話になった。
きっと、これが最初で最後。
だからなにもかも忘れて、楽しもうと思う。
それでこれを、大事な想い出にするんだ。
「それで。
どこに連れていってくれるの?」
「着くまで内緒」
そう言って運転している矢崎くんは、教えてくれない。
ドレスコードがあるようなところには行かないと言っていたし、イブキも連れている。
ペットも可の温泉とかかな。
イブキは初めての旅行だし、車慣れしていないから近場だろうし。
高速でサービスエリアに寄る。
イブキももちろん、降ろしてあげた。
「ドッグラン、あるんだ」
抱っこしているイブキをちらり。
遊ばせてあげたいけれど、どうなんだろう。
「イブキにはまだちょっと早いかな」
それでも気になるのか、矢崎くんはドッグランへと近づいていった。
「予防接種、終わったばっかりだしな」
「そうだね」
今回の旅行はイブキを連れて回れる時期を待って計画した。
それでもまだ、無理はさせられないけれど。
「次、来たときはここで遊ばせられるな」
「喜んで駆け回りそうだね」
私の腕の中で、イブキは目をキラキラさせて駆け回る犬たちを見ている。
きっと自分も仲間に入りたいんだろうが、もうちょっと待ってね。
でも、そのときはママはいないんだ、ごめん。
パパと一緒に来てね。
車はもう少しだけ高速を走り、家を出て一時間ちょっとで目的地らしきところに着いた。
「ここ?」
「そう」
矢崎くんが車を停めたのは海辺にある、立派な豪邸の駐車場だった。
というか、ここはどこだ?
まさか、会長の家とかないと思いたい。
本人は入院中だし、サプライズで連れてきたりもしないだろう。
「祖父ちゃんの別荘なんだ。
ここならイブキも好きに過ごせるかなと思って、借りた」
「そうなんだ」
それを聞いて、少ししていた警戒を解いた。
どうも今日は、私たちだけっぽい。
「本当は俺の別荘に招待したいけどなー」
「え、矢崎くん、別荘持ってるの?」
凄いなー、なんて感心したものの。
「さすがに別荘は持ってない。
そのうち、建てる予定だけどな」
と、苦笑いされてしまった。
「荷物、運び込んどくから、中見てていいぞ」
「え、いいの?」
別荘なんて来たことがないので、わくわくしてしまう。
「いいよ。
俺は何度も来たことあるし」
「じゃ、お言葉に甘えて」
矢崎くんがドアを開けてくれたので、イブキと一緒に中に入る。
玄関からリビングにかけて、吹き抜けになっていた。
広い庭にはプールが見える。
日が燦々と降り注ぎ、嵌め込まれているステンドグラスから色とりどりの光が落ちていた。
「外、出て見ろよ。
そのへんにサンダルあるだろ」
「あ、うん」
荷物を持ってきた矢崎くんから声をかけられ、ウッドデッキを見たらサンダルが置いてあった。
それをつっかけて庭に出る。
その後ろをイブキが追ってきた。
半島の先にぽつんと建っているのでなにも遮るものがなく、気持ちのいい風が吹く。
遠くの海までよく見えた。
「海に出られるんだ」
プールの脇に小道があり、すぐ砂浜へと繋がっていた。
「凄いなー、さすが会長っていうか」
開放的な気分になって思いっきり深呼吸し、別荘へと戻る。
ちょうど矢崎くんも、イブキのケージを設置し終わったところだった。
「ごめんね、全部やらせて」
「いいよ、別に。
純華のためだったらなんだってするし」
キスしてくる唇が、くすぐったくて気持ちいい。
「海に出られただろ?」
「すっごい気持ちよかったー」
冷蔵庫からペットボトルと、棚からグラスをふたつ出して掴み、矢崎くんがソファーへと向かっていく。
目でおいでと言われ、腰を下ろす彼の隣に私も座った。
「プライベートビーチなんだ。
ここにいるあいだは俺たちふたりだけのもの」
「あと、イブキもね」
「あん!」
意味がわかっているのかイブキが得意げに鳴き、ふたりで笑ってしまった。
矢崎くんが注いでくれた炭酸水で、少し渇いていた喉を潤す。
「素敵な別荘だね」
まるで南国リゾートのようで、ここが日本だと忘れそうだ。
「去年、リフォームしたばかりなんだ。
祖父ちゃんは引退したら、ここに住むつもりらしい」
「ほえー」
つい、周りを見渡してしまう。
こんな素敵なところで余生を過ごせたら、いいだろうな。