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第19話

矢崎くんが少し休憩させてくれたおかげで体力も復活し、それからもバリバリと動く。


「ねえ!」


水分補給と休憩を兼ねてきた控え室で、お弁当を食べていた営業部の男子三人を見つけて近づく。


「軽い熱中症だって聞いたけど、大丈夫?」


私の問いになぜか、三人が顔を見合わせる。


「熱中症?

誰がですか?」


代表するようにその中のまとめ役っぽい子が怪訝そうに質問を返してきた。


「えっと。

きぐるみに入ってくれてた子が軽い熱中症になったって矢崎課長が言ってたけど?」


どの子かはわからないが矢崎くんは〝うちの若いの〟と言っていたので、この三人の誰かで間違いないよね?

なのになんで、彼らはこんなに、不思議そうなんだろう。


「あー……」


長く発したあと、また三人が顔を見合わせる。

そしてなぜかおかしそうに笑いだした。


「もしかしてきぐるみに入ってたヤツが熱中症になったから代わった、とか言われたんですか?」


「そうだけど……」


もしかして、違う?

でも、聞き間違ったりしていないはずだ。


「それ、違いますよ」


「女性に声かけられるのが嫌で、俺が入る!って進んで入ったんですから」


「愛されてますね、瑞木係長」


矢崎くんが進んで入ったのまでは理解する。

だって一緒に街を歩いているときも、声をかけようとする人がいるもの。

まあ、だいたい、彼から冷たい視線を送られて退散していくけどね。

でも、最後の「愛されてますね」がわからない。

私に秘密と言いながら、矢崎くんは会社で私と結婚したとか話しているのか?


「え、えーっと……?」


困惑している私を無視して、三人は話を続けていく。


「今日の手伝いもいつもお世話になってるからーとか言ってたけど、あきらかに瑞木係長のためだし」


「あれで隠してるつもりなんっすかね?

もうバレバレっすよ」


「もしかしてこれで、一気に距離を詰めようと思ってるとか?」


「ありえるー!」


上司の話だというのにけらけらと軽く笑う三人を、呆然と見ていた。


「まあ俺らは、高級焼き肉にありつけるんでいいですけど!」


「あ、これ、俺らが言ったの、矢崎課長には秘密で。

あの人、バレてないと思ってるんですから」


悪戯っぽくひとりが、人差し指を唇に当てる。


「あー、うん。

わかったよ……。

今日はありがとう」


そのままふらふらと控え室を出た。

あれか?

私たちは私たち自身が気づいていないだけで、周囲にバレバレな行動を取っているのか?


「あーっ!」


奇声を発し、その場にしゃがみ込む。

いったい、どれだけの人が私たちが少なくとも付き合っていると気づいているんだろう?

いや、彼らの口ぶりからして、矢崎くんの片想いと思われている……?


「まっ、いいや!」


いきなり私が立ち上がり、通りかかった人が驚いて身体を震わせる。

別にどんな憶測をされようと、私たちが結婚している事実は変わらないわけで。

……そしてきっと、そのうちこの噂は矢崎くんがフラれたというので終わるのだろう。

そう考えて泣きたくなったが、気づかないフリをした。


初日は小さなトラブルのみで終了した。

残り二日もこの調子でいきたいと願ったものの……。



二日目も特段大きなトラブルもなく、終わった。


「……あと一日……」


「頑張れ」


ぐったりと疲れてお弁当を食べている私を、矢崎くんが励ましてくれる。

今日はさすがに彼も帰って準備する気力もないし、外食するよりも早く帰ってゆっくりしたかったので、お弁当を買って帰った。


「お疲れの純華にいいお知らせ」


「……なに?」


聞きながらつるんとうどんを啜る。

食べる気力がないときのうどん弁当は最高だ。


「会長、俺の提案書を読んでくれたって」


「そうなんだ」


提案書とは育児中社員を抱える部署の負担軽減……要するに、私および私と同じ状況になっている、これからなるかもしれない社員の負担を減らそうというヤツだ。

矢崎くんは育児中社員がいる、過去にいた部署から仕事の合間に丁寧にヒアリングし、改善案をまとめていた。


「そうなんだって、他人事みたいに」


不満そうに彼が、少し唇を尖らせる。


「あ、いや。

そんなわけじゃないんだけど……」


それに笑みを貼り付けて取り繕った。

矢崎くんには悪いが、これで会社が変わるなんてあまり期待していない。

私だって何度も、上司に訴えたのだ。

でも、なにも変わらなかった。

もうすっかり諦めてしまうほど、私はこの件に関して疲れ切っていたのだ。


「まあ、純華の気持ちもわかるけど」


私の気持ちを表すがごとく、はぁっと短く彼がため息を落とす。


「でも、産休・育休中の人員不足はわかっていたが、育児中の社員のフォローがこんなに大変だなんて盲点だったと、言っていたぞ」


「ふぅん、そうなんだ」


「近いうちに純華にも話が聞きたいって言ってたし、絶対変わるって」


力強く矢崎くんが頷く。

それで、信じようって気持ちになるのはやっぱり愛の力?

「だったら、いいな」


もし、変わらなかったとしても、矢崎くんを恨まない。

それに、こうやって会長に問題提起してくれただけで感謝したいくらいだ。

今、変わらなくても、きっと未来には変わると信じたい。

それに。


「どうした?」


私の視線に気づいたのか、僅かに矢崎くんが首を傾ける。


「ううん、なんでもない」


それに、笑って誤魔化した。

矢崎くんが社長になったら、絶対に変えてくれる。

でも、それを見られないのが残念だけれど。

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