一緒に街に出て、適当なカフェで少し遅い昼食を摂る。
「今から映画だと速攻でここ出るか、宝飾店の予約時間にちょい間に合わないかだな……」
料理が出てくるまでの時間で、矢崎くんは上映時間を確認していた。
「ごめんね、仕事の時間がかかって」
もう少し早く終わらせられていれば、ゆっくり映画も観られたのだ。
せっかく楽しみにしていたようなのに、申し訳ない。
「いや。
俺も無理矢理、宝飾店の予約を夕方に入れたし」
なんでもないように笑って矢崎くんは水を飲んでいる。
そういう気遣いの仕方、素敵だな。
「それでどうする?」
「そうだねー。
矢崎くんが絶対にこれが観たい!
とかじゃなきゃ、無理して観なくてもいいかな」
映画が目的じゃないし、絶対に観たい作品があるわけでもない。
矢崎くんが観たいのがあるっていうのなら付き合うけれど。
「じゃ、映画はまた今度にするか。
俺も観たいのがあるわけじゃないしな」
これで決まりだと彼は携帯をポケットにしまった。
「それで、ここ出たあとなにしようか」
料理が届き、食べながら話す。
「そーだね……」
さっきから、こちらに向かう視線が鬱陶しい。
まあ、これだけのイケメンがいたら、気になるよね。
「モデルかな」なんて声も聞こえるし。
でも、一緒にいる私が似ていない姉妹と思われているのはいい。
しかし。
「……結婚詐欺でカモられてるんじゃない?
じゃなきゃあんな女、相手しないって」
すぐ後ろで聞こえてきた声にぴくりと反応する。
反射的に立ち上がり、声の主を引っ叩きたくなったが、かろうじて抑えた。
「……矢崎くんを詐欺師呼ばわりとか許せない」
矢崎くんほど誠実な人間を私は知らない。
なのに、私が彼と釣りあわないからって、こんな評価をするなんて。
「んー?
俺は純華が怒ってくれてるだけで満足かなー?」
しかし当の本人は、ゆるゆるふわふわ笑っていて、なんか気が抜けた。
「なんか……ごめん」
しかしそれもこれも、私が地味で男から相手にされなさそうな見た目なのがいけないのだ。
後ろに座っている子の半分でいいから可愛らしければ、矢崎くんにこんな思いをさせずに済んだ。
「なんで純華が謝るんだよ。
悪いのはあの女だろ」
淡々と彼は料理を食べている。
それはそうなんだけれど、そう言わせている自分が情けなかった。
なんか空気が悪くなって、食事が終わって速攻で席を立つ。
しかし私に一万円札を渡して会計に向かわせ、矢崎くんは後ろの席へと行った。
なにをするのか心配で、会計をしながらチラチラと店の奥へ視線を送る。
「結婚詐欺じゃなく俺たち、正真正銘夫婦なんですよね」
テーブルに手をつき、彼が彼女たちを冷たい目で見下ろす。
「憶測で適当なこと言ってると、名誉毀損で訴えますよ」
にっこりと綺麗に口角をつり上げてゆっくりと手を離し、矢崎くんがこちらに向かってくる。
彼女たちだけじゃなく、店全体が凍りついていた。
「あっ」
お冷やを注いでいる最中だった店員が溢れているのに気づき、声を上げる。
それで一気に喧噪が戻ってきた。
「いこ、純華」
私の手を掴み、矢崎くんは店を出た。
「もしかして、怒ってた?」
やっぱり、詐欺師呼ばわりされたのが嫌だったんだろうか。
なんて思ったものの。
「当たり前だろ。
俺の可愛い奥さんを結婚詐欺の被害に遭ってる女とか馬鹿にされて、許せるかっていうの」
ぎゅっと私の手を握る彼の手に力が入る。
そうか、矢崎くんは自分だって馬鹿にされていたのに、私が馬鹿にされたことに怒ってくれるんだ。
というか、彼女たちの自分に対する評価は当たり前で、私は私自身が馬鹿にされているとすら感じていなかった。
「ありがと、矢崎くん」
甘えるように肩を軽くぶつける。
「お、俺は別に」
照れたように彼が人差し指でぽりぽりと頬を掻く。
こんな素敵な旦那様で、本当によかった。
「それで今から、どうしようか」
歩きながら矢崎くんが聞いてくる。
結局、なにも決めないまま出てきてしまった。
「んー。
服、見に行きたい」
「了解」
彼が軽い調子で返事をする。
やはり、服くらい可愛くしたい。
そうすれば少しくらい、あんなことを言われないでいい……はず。
「ここ、入っていい?」
「いいよー」
適当に見えてきたファッションビルに入る。
しかし、いつもファストのお店でしか買わない私は、どこに行っていいのかわからなかった。
「……もしかして、さ」
「うん」
店を探すフリをして案内板の前に立ち尽くす私に、矢崎くんが声をかけてくる。
「俺のために無理に服を買おうとしてる?」
「あー……。
無理は、してない」
……矢崎くんのためはそうなんだけれど。
「ふぅん」
興味なさそうに言い、彼も案内板に視線を落とす。
「じゃあ、さ」
「うん」
「俺が服、選んでも、いい?」
「あー……。
いい」
私が選んだところでどうせ決められないし、それに彼の好みの服が知りたいとも思っていた。
だったら、選んでもらうのが一番いい。
「じゃ、行こうか」
「うん」
矢崎くんに軽く手を引っ張られ、一緒にエスカレーターに乗った。
適当にビルの中を見て回る。
「ここ、ちょっと」
彼が足を止めたのは、きれいめファッションのお店だった。
「純華はさ、可愛いのよりこういう上品なのが似合うと思うんだよな」
私の身体に服を当て、矢崎くんは真剣に選んでいる。
「そういやスカート姿って見たことないけど、抵抗あるの?」
「あ、いや、機動性重視っていうのと、似合わないかなーって」
別に中高と抵抗なくスカートを穿いていたし、嫌だとかいうのはない。
「ふぅん。
じゃ、これ着てみて」
「う、うん」
差し出された服を受け取り、試着室へ入る。
ベージュのブラウスと黒のAラインスカートは落ち着いているが、似合うのか心配だ。
「ど、どうかな……?」
おずおずと自信なくドアを開いて彼の前に出る。
「うん、よく似合ってる。
俺の見立てに狂いはなかったな」
彼に回れ右をさせられ、改めて一緒に鏡を見た。
光沢のあるブラウスが私を上品に見せ、細身のスカートが腰高に、足をすらりと長く見せている。
「意外と似合ってる……?」
「だろ?
あと、ちょーっと化粧して、髪もひっつめやめたらよくなるって」
鏡越しににっこりと微笑まれ、頬が熱くなっていく。
「まあ、俺は今の純華だって可愛いと思ってるから、このままでもいいけどな」
見上げると眼鏡越しに目があった。
目尻を下げた彼の顔が近づいてきて、額に口付けを落として離れる。
「……人前なんですケド」
熱を持つ顔で唇を尖らせ、苦情を言う。
店員が気まずそうに視線を逸らしていて、いたたまれない。
「んー?
俺は可愛い純華に、いつでもどこでもキスしたい」
言った端から頬にキスされ、頭が痛くなってきた……。