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結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳
恋愛結婚生活
2025年01月05日
公開日
3.5万字
連載中
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」

既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。

紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!

純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。

このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。


瑞木純華
みずきすみか
28

イベントデザイン部係長

姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち

後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち

×

矢崎紘希
やざきひろき
28

営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長

サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質


秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

第9話

翌日は母がお昼にお寿司を取るというので、それにあわせて矢崎くんの運転で実家へ行った。

そう。

彼は車を持っていて、しかもSUVタイプの高級外車だったが、それにはもう触れない。


「ただいまー」


「おかえりー」


ドアを開けるとすぐに、母が出てくる。


「こんにちは」


爽やかに白い歯を見せて矢崎くんは笑って挨拶したが、私に言わせれば胡散臭い。

しかし。


「まあ。

あら、あら……!」


母には効果があったみたいで、乙女のように頬を赤らめた。


「もう。

こんなイケメンの彼氏がいるならそりゃ、見合いも断るわよね。

早く言いなさいよ」


「えっと……ごめん」


お茶を淹れている母に、曖昧な笑みを向ける。

あの日、母との電話の時点では、矢崎くんと結婚するなんて微塵も思っていなかったのだ。


「突然お伺いして、すみません」


「いいのよー。

こんなイケメンならいつでも大歓迎だわ」


にこにこ笑いながら母がお茶を出してくれる。

しかし、機嫌がいいのはここまで。

きっと彼の正体を聞いて、機嫌が悪くなる。

もしかしたら帰れと言われるかもしれない。

それを想像して、そわそわと落ち着かなかった。


「えっと。

結婚……を考えている、矢崎さん」


さすがに結婚したとは言えず、言葉を濁す。


「矢崎紘希と申します。

純華さんとは同じ会社の同期です」


矢崎くんは頭を下げた。


「そういえばときどき、純華から聞いたことがあるわ」


期待を込めてぱーっと母の顔が輝く。


「もしかしてずっと前から付き合ってたの?」


「えっ、あっ、それは」


「付き合い始めたのはつい最近です。

でも、ずっと前から互いに意識はしていて。

それで、もういっそ結婚しようかという話になりまして」


爽やかに笑いながらすらすら嘘が出てくる矢崎くんが恐ろしい。

しかし今はそれに乗るしかないので、うんうんと頷いておいた。


「そうなの。

純華から聞いているでしょうが、うちは母子家庭なの。

夫は女を作って出ていってね。

そういうの、親御さんは気にしないかしら?」


母は笑っていたが、その目は完全に矢崎くんを試している。


「気にしないと思います。

父は弁護士で、お母様のような人を守る立場の人間ですし。

それにもし、万が一にもそれを理由に反対するようなら、僕のほうから縁を切ってやりますよ」


「あら。

お父様は弁護士なの?」


「はい、父は弁護士をしております。

ちなみに母は専業主婦ですが、子供食堂でボランティアをしております。

そんな人たちなので、純華さんが母子家庭だという理由で反対しないと思います」


「立派なご両親なのねー」


さっきから母と矢崎くんの会話が、腹の探り合いに見えるのは私だけだろうか。

まあ、母としては変な人間に娘をやるわけにはいかないだろうし、そうなるか。


「そんなご家庭なのに、なんで普通の会社員を選んだの?」


母の質問に、矢崎くんよりも私のほうが緊張した。

この先を聞くのが怖くて、逃げ出したいくらいだ。


「祖父が今勤めている会社の会長をしておりまして。

その後を継ぐためにこの会社に入りました」


「……そう」


母の声は落胆の色が濃い。

きっとこの答えを聞くまでは、矢崎くんにかなりの好印象を抱いていたのだろう。

でも、彼の正体を知ってしまったから。


「祖父の七光りっていいわね」


たっぷりの皮肉を込めて母が言う。


「違うの!

矢崎くんはそうやって言われるのが嫌で、普通の一般社員として扱ってほしくて、会長との関係を隠して働いているの!」


思わず、彼を庇っていた。

それにそうやって言われるのを彼が嫌っているって、もう理解している。


「真面目だし、アイツとは違うんだよ」


「でも、アイツと血が繋がっているんでしょう?」


苦しげに母の顔が歪む。

いまだに母も、あの件で苦しんでいる。

だからこそ、矢崎くんとの結婚を迷ったのもあった。


「あの。

……アイツ、って?」


話に置いてけぼりを喰らっていた矢崎くんが、控えめに聞いてくる。


「あー……。

鏑木社長の、こと」


言いにくい、しかし答えないわけにもいかず、その名前を口にした。


「アイツとなにかあったのか」


心配そうに眼鏡の下で、矢崎くんの眉が寄る。


「ええっと……」


本部会社でも悪名を轟かせている彼のことだ、私が嫌がっているのは不思議ではない。

しかし関係ない母もとなると、不思議に思うだろう。


「ちょっと、ね」


しかし、適当に笑って誤魔化した。

これは父の気持ちを立てるため、母と私と、あの人の胸の中にだけに留めておこうと決めた話なのだ。


「……はぁーっ」


重いため息が矢崎くんの口から吐き出される。

次の瞬間。


「申し訳ありませんでした!」


彼はソファーから下り、土下座をした。


「アイツと血が繋がっているなんて吐き気がするほど嫌なんですが、それでも身内の不祥事です。

なにをやったか知りませんが、謝ります!」


「え……」


さすがに私も母も、矢崎くんの勢いに気圧されて、唖然とした。


「アイツに嫌な思いをさせられて、血の繋がる俺と娘さんとの結婚に反対なのはわかります。

でも、俺は誠心誠意、純華さんを大事にし、愛することを誓います。

アイツにも近寄らせません。

だから俺たちの結婚を許してください……!」


顔を上げて真っ直ぐに母を見る、レンズの向こうの瞳は、強い決意で光っている。


「お母さん、お願い。

矢崎くんとの結婚を認めて」


彼の隣で、私も頭を下げた。

母はなにも言わない。


「……わかったわ」


まるでため息のように母は言葉を吐き出した。


「あなたはアイツと違って、とても真面目な人みたいだし。

結婚を許可します」


まるで仕方ないわね、とでもいうように母が笑う。

それでほっとしたのも束の間。


「でも。

少しでもアイツと同じだと思ったときは、速効で別れてもらいますからね」


すっと細くなった母の目はどこまでも冷たくて、肝が冷えた。


「肝に銘じておきます」


矢崎くんも同じだったらしく、神妙に頷いた。


そのあとは比較的穏やかに、取ってあったお寿司を三人で食べた。

なんだかんだ言って母も、アイツと血縁というのを除けば、矢崎くんを気に入っていた。


「紘希くんの親御さんとの顔合わせとか、式の日取りとか、決まったら早く教えてね」


「わかったー」


和やかムードで実家をあとにする。


「よかったー、純華のお母さんが結婚を認めてくれて」


矢崎くんは心底ほっとした顔をしているが、昨日は自信満々でしたよね?

「そんなに不安だったの?」


「だって純華が散々、不安を煽っただろ。

しかもアイツの話が出て肝が冷えた」


「そうなんだ」


いつもさらっとなんでもこなしてしまう彼にも、こんな不安があったりするのだと初めて知った。


「……アイツと、なにがあった?」


「え?」


真っ直ぐ前を見たまま運転している矢崎くんの顔を、思わず見ていた。


「さっきは聞けそうな雰囲気じゃないから、聞かなかった。

でも、やっぱり知りたい」


これは今後、彼の弱点になる話なのだ。

話さなければいけないのはわかっている。

それでも。


「ごめん。

今は言えない」


「〝今は〟ってことは、いつか話してくれるんだよな?」


「……そう、だね」


誤魔化すように言い、窓に肘をついて流れていく景色を見る。

……ごめん。

これは矢崎くんにも絶対に言えない。

そのときが来たら、私は黙ってあなたの元を去るよ。

それまでは、私と夫婦でいてください……。

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