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第7話

「そう、だね。

……もし、さ」


座り直し、レンズ越しに真っ直ぐに彼の瞳を見る。

何事か感じ取ったのか、彼も姿勢を正して私を見つめ返した。


「私の父が犯罪者……だったら、どうする?」


どくん、どくんと心臓の音が妙に大きく響く。

じっと私を見つめたまま、矢崎くんは黙っている。

私を拒絶する答えだったとしても、失望しない。

それが、普通の反応だ。

でも。

――それでも。

彼が私の欲しい答えをくれたなら。

少しだけ、この結婚を受け入れてもいいかもしれない。


「純華とお父さんは別の人間だ。

お父さんが犯罪者だからって、純華自身が罪を犯したわけじゃないから、関係ない」


矢崎くんの瞳は、確固たる信念で溢れていた。

ここまでの答えには満足して、さらに先を続ける。


「……もし、私が犯罪者、だったら?」


そんな事実はないが、それでも聞いておきたかった。

それに、こちらのほうが重要かもしれない。


「場合による、かな。

なにか事情があって純華が罪を犯したのなら、全力で俺が守る。

悪意だけでやったのなら、俺の全部で純華を更生させる」


強い信念のこもる目が、レンズの向こうから私をいるように見つめている。

ああ、この人は……。


「まあ、純華に限って悪意でなんかするとかないだろうけど」


ふっと唇を緩ませ、彼はグラスを口に運んだ。


「わかった、ありがとう」


歓喜に沸く顔を見られたくなくて、俯いた。

こんな人に愛されて、私は幸せ者だ。


――矢崎くんが、好き。


初めて自覚した、自分の気持ち。

こんな彼なら母も、あの男の親戚でも受け入れてくれるかもしれない。

だから。


「日曜、矢崎くんをお母さんに会わせるよ」


「それって……」


驚いたように目を少し大きく見開いた彼に頷く。


「私はこの結婚、受け入れようと思う。

でも、お母さんに反対されたときは、ごめん」


誠心誠意、矢崎くんに頭を下げる。

私も、母を説得しよう。

もしかしたら親子の縁を切ると言われるかもしれない。

そのときは矢崎くんには悪いけれど、母を取る。

私はもう、母をあの男の件で悲しませたくないのだ。


「わかった。

できるだけお母さんに気に入られるように頑張るよ」


力強く頷く彼は頼もしかった。


遅くなったので互いの家に帰ろうと提案したものの。


「じゃあ、俺が純華んちに泊まるー。

俺のお泊まりセット置いてあるから、問題ないだろ?」


悪戯っぽく顔をのぞき込み、もうその気なのか私の手を掴んで矢崎くんはタクシーを拾っている。


「うっ。

そ、そうだ、ね」


そうだった、酔って送ってもらうことが多いから、遅くなったときは泊まれるように置いてあるんだった……。


タクシーで私の住んでいるマンションに向かう。

もちろん矢崎くんちのような高級タワマンではなく、ごく普通の1LDKマンションだ。


入れ替わりでさっさとお風呂を済ませてしまい、布団に入る。

矢崎くんはいつも、リビングに引いた布団だけれど、今日は。


「純華と一緒に寝るー」


せっかく布団を引いたというのに、枕を抱えて私のベッドにやってきた。


「えっ、狭いよ」


矢崎くんのお家のベッドはキングサイズだったからふたりでも楽々だったが、うちはシングルサイズなのだ。

大柄な彼とふたりとは狭いに決まっている。


「いいから」


私を追いやり、彼はベッドに入ってきた。

思ったとおり、狭い。

ふたりでぎゅうぎゅうになり、寝返りを打ったら落ちないか心配になるくらいだ。


「すーみか」


矢崎くんは腕を伸ばし、私を抱き締めてきた。


「こうやって寝たら狭くないだろ」


いや、これはこれで身動きができないからなんというか……。

しかし、彼はご機嫌だ。

それになんか……落ち着く。


「そうだね」


甘えるように彼の胸に額をつけた。


「純華?」


「んー?」


疲れているからか、意識が溶けていく。


「純華はいっぱい頑張って、疲れてるもんな。

おやすみ」


額に落ちた優しい口付けを最後に、完全に眠りに落ちた。



翌日は矢崎くんに見送られて仕事に行った。


「いってらっしゃい」


今日も彼が、私にキスしてくる。

それが、くすぐったくってちょっと嬉しい。


「いってきます」


彼に少しだけ笑顔を向け、家を出る。

なんだか今日は、いつも以上に頑張れそうな気がした。


休日は会議がないし、クライアントからの電話も減るので仕事に集中できる。

いつもはなかなかできない、請求書の作成などの溜まっている雑務をこなしていった。


「すーみか」


「うわっ!」


突然、後ろから肩を叩かれて思わず悲鳴が出る。


「驚いた?」


びっくりしている私の顔をのぞき込んでおかしそうに笑ったのは、矢崎くんだった。


「そりゃ、びっくりするよ」


急に肩を叩かれたら、誰だって驚くに決まっている。


「純華、集中してて全然気づかないんだもんなー」


「うっ」


それは……そう、かも。


「どうしたの?

矢崎くんも休日出勤だったの?」


今朝、家を出るとき、なにも言っていなかったが。


「いや?

純華の仕事、手伝おうと思って」


にかっと笑って隣の椅子に座り、彼がパソコンを立ち上げる。


「えっ、そんなの悪いよ。

それにいろいろまずくない?」


営業部の彼がイベント企画部の手伝いをするとか。


「んー?

仕事重なってる部分多いし、事務処理なら問題ないだろ。

それに仕事が明日にまで持ち越して、純華のお母さんに紹介してもらえなくなったら大変だからな」


大真面目に矢崎くんは頷いていて、ちょっとおかしくなってくる。


「そう、だね。

じゃあ、お願いします」


実際、仕事が回っていないのは事実だ。

ありがたく、手伝ってもらおう。

もし、上司になにか言われたら、そのときはこの件について改めて話をするきっかけになるかもしれない。


「おう、任せろ。

なにからしたらいい?」


「じゃあ……」


それに、矢崎くんとふたり並んで仕事をするなんて、ちょっと新鮮でどきどきした。

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