別部屋を与えられ、夜は隔離状態のルカ。
シャワーで身を浄め、その長い髪を乾かしながら一人、物想いに耽る。光の加減で少し苺色がかった紅紫の美しく艶やかなそれにタオルを当て、サイキックで軽く風を当てる。
……ルナとの乱取りでアップしたサイの力。
各倍率合わせて今や9万越え。これは本来かなりの力らしい。サイキックpsychic(サイ・psy)、それはいわゆる超能力。
瞬間移動、念動力、千里眼(遠隔視)、未来予知、心眼(読心術、ステータス確認)、透視、精神攻撃、精神ヒーリング、テレパシー、分析智(≒脳内量子コンピューティング) 等が使えるらしい。
でも余程の力量がないと実用的ではない。もっと修練しないとルナの役に立てないな。
にしても合気術のお陰で〈読心〉は得意だけど心の奥まで覗くのは『盗撮』並に人の道にもとるから敵以外にやっちゃダメだよね。うん。
でもこんなにダダモレして来る想念だけは読みたく無くても伝わって来てしまう……そう、今日も流れ込んで来るこのルナのイヤラシイ心の声が……
着替え ――――
(ああ同性だと警戒されないからつい近くで着替えつつ世間話をするフリとかしてチラチラ見ちゃうんダヨネー! 更衣室のノゾキ見を堂々とやるようなこの透明人間的な背徳感がタマラン! 下着チェックとか、ルカが来てから毎日が楽しい~!)
メイク ――――
(ああ、このメイクかわいい! かわいいこそ正義! 鏡を見ながらリップとか塗ってる仕草とかなんかもう尊スギ! なんでこんなに可愛いんだよ、ジュルッ……プツ~ン……もう押し倒してやろうか!……ゴキュッ)
シャワー ―――
(ああ、このシャワーカーテンの向こうに生まれたままの姿のルカがいる……スベスベの肌にこのハーブのソープの香りがほんのり漂うそれはもはや天使。もうガマン出来ない~! はあっ、はあっ、ぜ、絶対に襲ってやる!!)
……なのに別部屋? その割に覗きだけ? 終いに自分をツネって自制した……一体どういうこと? 単なる妄想ヘンタイ? もう訳わかんない!
こっちは心の準備はいつでも出来てるのに……しかも今ルナは女子のまま。つまり私の事が好きなら私がルナに望むジェンダーの逆、 男子になってるハズ!
てことは『好き』 でなく、エロの対象としてだけ見てる?……全くもうコノ変態!
そのうちに色々ハッキリさせてやるんだからぁ~!
鼻息あらく髪を解かし終わると、ハタと強張らせた面持ちとなり立ちすくんだルカ。心の中で呟く。
……そしてもう一つ、微かに……でもズットだだ漏れしてくるこの心の声……
『どうして……どうして……どうして私をこんなにツライ目に会わせたの……お兄ちゃん……私は……生きたくなんて……なかった……』
凍りつくような余りにもツラそうな心の響き。ルナに一体何が有ったのか……
逡巡しながら溜め息混じりに手を握りしめたルカ。しかし直ぐに瞳に一つの明かりが灯り、
……でもいつかきっと、あの子の癒やしになってみせる……。
***
―――所はラグレイシア王国
ラグール宮殿 執務室。
瞬間移動でスッ……と現れ、任務から戻ったサルビアブルーの軍服姿の女。その妖精のような美麗さに似合わぬ金糸の肩章。それの内側からショール状に羽織る薄千草色の衣装が何か天使の羽根を思わせる。
「ファスター様、ルナさんはその後、順調にやってらっしゃるようですね」
そのミニスカートの如き軍服の裾から折れそうにスラリと伸びた下肢、華奢な体躯に
窓から外を眺めるファスターは柔らかな表情で振り返り、その美女へアイコンタクトする。
「ああ順調だ。先日の国境戦での当国の援護要請にも介入して、あのレイメイ兄弟の指名を計らったが、読み通り仲良くなってくれた。彼らはフリー転生者中でトップクラスの実力者だが、その割に非常に協調性が高い。きっとルナとも上手く行くと思っていたよ」
「はい。流石です。結局、栗色の髪の少女と逢ってしまいましたがファスター様の直々の出動が間に合って幸いでした」
「まあギリギリではあったが……」
「その後、失意の彼女と再びBROSと引き合わせるキッカケを与えましたが、何とか復活にも至ったようです」
「あの気転は大きかった」
「恐れ入ります。追って転生して来た友人とすぐに出逢えるような段取りもごく自然に出来たと思います」
「ご苦労だった。思う所あって二人の再会は許し合って手を取り合えるものになるか……それがこの先この世界の運命を変えてしまうほどの事になるのではないかと……そう私の予知が疼いている。
確率イーブンの選択だったから、半ばキモを冷やしながら千里眼で見ていたよ……」
「杞憂に終わりましたね。私も嬉しく思います」
「その友人効果で落ち込む事も忘れたようで一安心だ。それにしても彼女が転生でフィジカル偏重に成るとは十分予測していたがこれ程までとは……しかしそのフィジカルの特異性には可能性を感じる……この世界でも極めて珍しい」
「私も驚きました。とても興味深いです」
「おそらく私の計画に重要な役割を担うようになるかも知れない……が、しかしこの先の道のりはまだまだ遠いな。キミにも苦労をかける」
「いえ、なんなりと。そう、いずれ計画通り彼女達は実力者エマさんとも上手くいくかと。彼女に気に入ってもらえればきっと良い影響を受けるでしょう。
後は自由人エマさんも我らの協力者に……、そちらは私にお任せ下さい。必ずや希望が叶うようお力に」
「無理の無いようキミ自身も大切に。でも期待しているよ」
僅かに微笑んで静かに頷く美女。だが表情の少ないハーフエルフのこの女はその透き通ったグレー系の碧眼を僅かに曇らせて問う。
「……ファスター様が滅多にされないこの様な介入。やはり『その日』はそう遠くないのでしょうか……少なくとも私の予知はそう感じています」
「ああ私もだ。その日は多分近い。大きな波乱がやって来る。そして長引けば大変な事に。最悪の事態もあり得る。私の動き一つで世界の命運さえ大きく変わりかねない」
ファスターは再び窓の外を遠い目で見渡して呟いた。
「未曾有の大災厄……それを食い止めなければ。
……その為にもルナ達にはいち早く強くなって貰わないと……」