目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
第8話 お兄ちゃん……今、逢いに行くよ





「だからお願い! 私の恋人になってよ……もうこんな出逢いは二度と無い気がするから」


 気圧けおされそうになるルナ。しかしやがて少しうつ向き加減につぶやいた。


「―――でも今は男の人を好きになんて……そんな気になれない……」


 やはりこの子……


 顔に陰を落とすルナに何と思ったか気遣きづかわしげに首をかしげる流火るか

 だがルナはうつむいたまま、



「ボク達、体が逆だったらね……でも今のボクはどうしても女の子と……って……」



 いや待てよ、ホントそうか? だってこの可愛さ! そして健気で一途で謙虚。 更に深く結ばれる事も可能?!


 うああ予定が狂う~、くああ……ボクはどうしたらぁぁ!……


 あれっ ?! ……そう言えばこれって付き合ったらカレシになっちゃうんじゃ? そしたらボクは……



『死ぬ……』



 死……まさかね。にしても……カレシ?……


 答えが出せず両目をぎゅっとつむり固く握り締めたルナの膝上の手に、小さく柔らかな流火るかの掌が載ると、透き通る様なボーイソプラノが切ない調子で愛を迫る。


「じゃ……じゃあルナさん……ホントに私じゃダメか、キ、キスして見れば本能が答えを出してくれるかもしれない!」


「!!!……キ……」



 その潤んだ瞳でじっと見つめる流火るか。どうみても美少女。思わず吸い込まれる。


「あるいは別の道を行くか、共に歩むか……運命が分かるかも!!」


 運命……ちょっ、そんな目で……なんて可愛いの。もう無理~、それ以上ダメ~!


「……一度だけ……たった一度でいい……お、お願いします……」


 勝手に顔が吸い寄せられてゆく。そして気持ちの抵抗も虚しく唇を重ねてしまうルナ。

 長いキスのあと、陶然と見つめ合ったままつぶやく。


 やっぱりこれは……


「……運……」

『……命……』




 そしてその歯車が回った――――




 その交差点に突如鳴り響く、その奇声の様な音に切り裂かれる運命。



『キキキキ――――――――ッ!』


 強烈なブレーキ音に即座に振り向く二人。

 とある車の信号無視。直後、


『ガアァァンッ……』


 交差点に響く激突音。弾かれ大スピンする2台。

 ルナ達の眼前で信号待ちしていた数人へ猛然と突っ込んで来た。


〈キミはそっち!〉

〈分かった!〉

 と目配せだけで全てを読み取る二人。


 弟をかばい硬直する姉。その二人をルナが流れる様に両脇に抱えてフワリとかわす。


 一方、流火るかは三人の小さな子達を守る。 護身術の天才は余裕のひと抱えでクルリ。研ぎ澄まされた体術。


 助かった!

 流火るかの方もサスガ大丈夫か、

 と安堵あんどするルナの視界に入るまさかの光景。


「んっ!―――」


 完全に軌道を避けた筈の流火るかと助けられた三人の子。だがもう1台が電柱に激突、急反転して迫る。


 その極めて困難な不測の事態にも神憑かみがかった赤い袴は捨て身で子供達を道路植栽へと突き飛ばす。だが、飛び込んで無理な前傾姿勢となった流火るか自身はもうけきれない。


 刹那、ルナの脳裏を熾烈にぎる無念と後悔。


 とある事故で兄の挺身ていしんにより命を救われ、それにより眼の前で命を落とす最愛の兄。



 蘇る地獄の感情と絶叫の記憶。

『何で私なんか……』

《うあああああああああああぁぁぁぁぁぁ……》



 どうしてボクの大切なものはいつも……

 神は何がしたい ?!


 いや、させるもんかっ、絶対に助ける!

 例え神を敵に回そうとも……


 もう二度とその悔いは受けない!!



 『ボクの、初めての、友達なんだ――――っ!! 』



 地をうような超低空から流火るかと地面の僅かな隙間へ猛突進。

 ルナが窮地でのみ使う一撃必殺技『胴廻どうまわし回転蹴り』 で赤袴を瞬時に弾き飛ばした。



 ダンッ―――



 鈍い音が響く日中の目抜き通り。その全てが静まり返る。


『助かってる ?!』


 と慌てて周囲を見回す流火るか。 自分を蹴り飛ばしてくれたそれはかたわらで大量に血を流し微動だにしない。駆け寄って顔を近づけ、呼吸さえ忘れてヘタり込む。



……ん、流火るか? 良かった……無事で。でもボクにはもう見えないよ。ああ、死ぬ間際ってこんな感じなんだ……なんだかフワフワする。


『あの日』こんな事されて……残されて……死ぬ以上に苦しんだ……。

 なのにあれ程されたくなかった事を人にはするなんて……

 けどこのコだけは絶対助けたかった。


 ゴメンね、流火るか。でもまあ出逢って間もないし、大して悲しまれる事も無いか……

 にしても、苦しみ抜いた人生の土壇場で、生涯で一度は本気で好かれたボクは……


 フッ、これでも幸せな人生だったのかな、結局届かなかったけど。


 ……ああ、もう意識が……サヨナラ、最後に夢をありがとう……



 そしてお兄ちゃん……どれ程この日を待ったか……




 ルナは今まで兄を追うため何度も自殺を図るも、命を賭して救ってくれた兄を裏切れず失敗を繰り返していた。しかし今のルナは喜びの心境で意識が遠のく。

 最期にハラリと涙が溢れた気がした。




 やっと……遂にこれでやっと……あの人の元へ……




―――― 今、逢いに行くよ―――――




『救急車―っ!』

 と絶叫する流火るか最早もはや正気の沙汰でなく現実を否認する。


 ……初めてありのままを認めてくれた………諦めてた私に希望をくれた……なのに護身のプロの私は何なの……

 この子は人助けの約束を身をもって果たしてくれたのに………約束を破ったのは……私の方……


「ルナさんっ! ルナさんっっ! ルナァ――ッ! ……イヤ―――――ッ!」





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?