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第7話

 立っていたのは女性だった。革製の肩当てと胸当てをした武装姿。身に纏うロングスカートには深くスリットが入り、すらりとした白い足をブーツに包んでいる。

 猫のごとく大きい琥珀色の瞳が印象的な美貌の女性だ。足と同じく白い顔はなめらかで、鼻梁はすっと通り、唇は艶やかに色づいている。紫色に染まった長い髪を掻きあげ、女は胡乱な瞳でマチルダとゼアを見やる。

 それから床に倒れる賊を見おろし、やれやれといった様子で肩をすくめた。


「まあ、いいんだけど、別に。こいつらうるさかったし。正直黙ってほしかったからね」

「あなたは……」


 マチルダは警戒して表情を強ばらせた。女は腰に曲刀をさげている。館に迷いこんだ一般人ではない。おそらくは。


「何者です? あなたも黒鴉の者、ですか?」

「人のことを尋ねたいなら、まず自分から名乗りなさいよねえ。常識でしょ?」

「わたしはマチルダ。タガの修道女です」

「ふぅん」


 女は興味なさげに小さく鼻を鳴らし、値踏みするように数秒の間マチルダを睥睨した。

 やがて唇の端をつりあげて妖艶な笑みを浮かべる。


「あたしはマリカ。あんたの言うとおり、黒鴉の仲間よ。まあ、ていうか……黒鴉に協力してる賊の頭ってところかしら」

「賊の、頭……」


 黒鴉はとある地域の大きな賊集団を従えていると大陸紙には記載されていた。

 その賊の頭がこの女性というわけか。


「悪いんだけど、もう『食事』は終わったあとなの。エントランスを見たでしょう? それにしても気味悪いわよねえ、人間を喰うなんてさあ」

「食事……? そういえば、この男たちは言っていました。『餌』と。それはどういう意味ですか? あのエントランスの惨状はやはり、あなたがた黒鴉の仕業なのですか!?」

「だったらなに?」

「……え?」


 マチルダは困惑して息をのみこむ。対してマリカはスッと目を細めていた。


「あんたに関係あることなのかしら?」

「な……! あ、当たり前でしょう。あなたたちをこのままにはしておけません。理由は知りませんが、無実の人たちをこうして傷つけるなんてあってはなりません!」

「あらあら」


 女は鼻を鳴らす。マチルダを見るその瞳が嘲るような色を宿す。


「あたしね、あんたみたいな口だけの箱入り娘が一番、嫌いなの。どうせ今までの人生、ぬるま湯に浸かって生きてきたんでしょ? そんな娘が、一丁前にお説教なんて笑える話だと思わない?」

「あ……」

「あんたひとりじゃあ、こいつら雑魚相手にもなーんにもできないくせにね」

「……っそれは」

「マチルダ、もういい。話をするな」


 ゼアが正眼に剣を構え、声を低くひそめる。


「話は終わりだ。用がないならもう失せろ」

「つれないわねえ。なんだか悲しいわ」

「ゼア! 待って。彼女はなにか知ってるかもしれない……!」


 マチルダは途端に足を踏みだしていた。横に立っていたゼアが、マチルダの前に立ちふさぐと庇うよう動きを制する。帯剣の柄に手を当てつつマリカを睨み据えている。

 逸る気持ちを抑えられない。マチルダは早口で言い放つ。


「黒鴉の男を捜しているのです」

「はあ?」

「あの男に大切な赤石を取られました。あれは取り戻さなくちゃいけないんです。あの男は……どこですか? どこにいるのですか?」

「ふん。ほんとに。甘ったれた女ね」


 つまらなそうに言い捨てるとマリカは突如として肉薄した。マチルダは動くことができなかった。マリカは音もなく曲刀を鞘から引き抜いている。とっさに身を引いたマチルダの耳にやかましい金属音が鳴り響く。

 マリカの斬撃をゼアが剣を盾に防いでいた。

 交錯する刃が火花を散らし、女は身軽な動きで後ろに飛ぶ。曲刀を構え直すと眉をつりあげてみせた。


「そうねえ。あたしをここで楽しませてくれたら教えてもいいわ」

「意味が……わかりません! 戦ってどうなるというのですか!? こんなことはやめてください!」

「うるさいわねえ。雑魚がキャンキャン吠えないでくれる? もちろん、断ってもいいのよ。ただその場合、あんたたちはここで頭目の『餌』になるわけだけど」


 頭目――眉をひそめるマチルダの前にゼアが立った。


「さがれ、マチルダ」


 今は彼の言うとおりにするしかなかった。己の無力さが情けない。マチルダが一歩ほど後ろに身を引くと同時にマリカが再びゼアに迫る。

 薄暗い館内に再び剣戟の音が響いた。互いの刃が鋭く交わる。流れるようなマリカの動きは速かった。曲刀がしなり、的確にゼアの死角を捉えてくるのがマチルダにもわかる。

 ゼアは苦々しく舌打ちしつつ応戦していた。

 交戦する両者を見ていることしかできなかった。なにか、できないか。逡巡するマチルダの視線の先に、なにかが掠めていったのはその刹那だった。

 賊の男が立ちあがっていたのだ。よろよろと身体をふらつかせながら得物を構えている。血走った目が応戦するゼアを睨んでいた。

 思わずマチルダは目を見開いた。男が彼の背後に襲いかかる。


「死……ねえ!」

「ダメッ!」


 考えている暇などなかった。マチルダは襲いかかる男の前に両手を広げて飛びこんでいた。武器を振りあげる男の動作がいやにゆっくりと視界に映る。頭上に衝撃がくるのを覚悟する。

 ――痛みはなかった。


「……造作もない」


 低くしわがれた声。視線を跳ねあげるマチルダのそばで、いつの間にかタキザワが立っていた。老人は男の頭を鷲掴みにしている。ギチギチと力を加えるような音が響いた。やがて男は泡を吹いて気を失うと、その場に倒れこんだ。

 物凄い力だ。

 ゼアに刃を向けていたマリカが驚いた様子でこちらを一瞥した。その隙をつき、ゼアが素早く剣を一閃させる。

 刀身は女の皮鎧を切り裂いていた。マリカがたじろいで後退する。

 タキザワは手を叩き、ゼアと同様に女へ身体を向けた。


「――ふん。まあ、いいわ。残りの『餌』はまた別に集めればいい」


 劣勢を悟ったのか、鼻を鳴らして退くマリカ。彼女はマチルダに視線を向け、胡乱な眼光で睨んでくる。


「あんた、これ以上、首、突っこまないほうがいいわよ」

「ま、待ってください! あの男はどこに――ッ!」


 マチルダの叫びもむなしくマリカはその場を去っていくのだった。

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