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その後のスイートデイズ ~幼児退行系女子に恋した女の子の末路~ (1)


 わたしはまだ、恋をしている。


    *


 ちょっとだけ『そのあと』の話をしよう。


 あのあと、わたしたちは石橋先生に「教室に帰る? それとも――」と提案され、散々二人で迷ったあげくに後者を選んだ。

 すなわち、早退である。

「えへへっ。ふたりで悪いこと、しちゃおっか」

 そう笑った彼女の顔は、きっと今後一週間以上は脳裏にこびりついて離れないだろう。


「ねね、まーどか」

 そう呼ばれると、わたしは「なぁに」と答える。

 保健室。白い部屋の中、憑きものがとれたような清々しい笑みを浮かべる彼女――ゆかり。わたしもつられて口角をつり上げた。

「おむつ、だいじょうぶ?」

「もう、子供扱いしないでよ」

 膨れるわたし。ゆかりはというと、ニヤニヤしながら。

「でも、ちょっとにおうよ?」

 告げられると、わたしの顔は急激に熱くなった。

「……自分で替えられるし」

「わたしが替えたいのー」

 甘い声でそんなわがままを言ってくる彼女。

「じゃあ……おねがいします」

 折れるのはわたしの方だった。

 こんなかわいい犬系彼女の言うことなんて、聞かない方がムリという話だ。だって、かわいいんだもん。


 何を言ってるのかわからなくなってきた思考をぽいっと放り投げて、わたしは保健室のベッドの上に転がる。

 仰向けになって、手を頭の横に。足を広げて……ちょっと恥ずかしい、おむつ替えのポーズ。

「んぅ……さっさとやって」

 羞恥心にもだえながら告げると、あろうことか彼女はスマホを取り出しパシャリ。

「なにやってんの!?」

「いやあ、かわいいなあって」

「やっ……撮んないでよ見世物じゃ――」

「恥ずかしがってるまどか、すっごくかわいいよ?」

 たぶんかわいいのベクトルが違う。

 スカートを押さえて下着を見せないようにしながらもだえるわたし。

「だいいち、そんなエッチな写真、何に使うつもりよ!」

「……言わないもん」

 スマホから火照った顔を覗かせるゆかり。……モヤモヤしたわたしは、こんなことを言ってやった。


「ここにホンモノがいるでしょ! やるなら、わたしと、いっしょに……」


 一瞬我を忘れてた。

 ぷしゅう、と固まって頭から煙を出すわたし。一瞬何を言われてるのかわからなくなったように固まって、そのあと火照った顔をさらに赤くしたゆかり。

「~~~~~~! 忘れてっ!」

「それって、えっ」

「言わないでよ恥ずかしい!」


 そんな恥ずかしい言い合いのさなか。

 突如、シャッと音がした。

 音のした方を向いた。

 そこには真顔のクラスメイトがいた。


「あっ……」


 押し倒されてるわたし。押し倒してるゆかり。それを見守るクラスメイト。苦笑いする石橋先生。呼吸音。沈黙。

 もはやごまかしは効かなかった。

 休み時間。ドタバタする廊下の音。

 響く音の数々の中で、ただ保健室だけが無音だった。


「井上さんって、意外と……」

「……オトナ、なんだね」


「……ひゃい」


 こうしてわたしの『嘘』は学年中のほとんどの人間どころかほぼ全学年にまで知れ渡ることになるのだが、それは別の話。

 ……噂程度に収まってくれたのは不幸中の幸いだったとずっと後になってから胸をなで下ろすのも、また別の話である。



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