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第15話 記憶の中の7月16日

 携帯電話のアラーム音で目が覚めた。僕は慌てて起き上がり枕元のその機種がiPhone5である事を確認した。カレンダーも10年前の7月16日、時刻は6:00だった。


(良かった)


 そこで居間から母親の声がした。


「蔵之介!起きてるの!遅れるわよ!」

「起きてるよ!」

「お弁当作ったから!机の上に置いたからね!」

「分かった!」


 僕が交通事故に遭うまで母親は近所のスーパーで棚卸しのパートタイマーとして働いていた。眠い日もあっただろう、それでも母親は早起きをして僕のために栄養のバランスを考えた弁当を作ってくれていた。16歳の僕はそれが当たり前だと思っていた。


(ありがとう、母さん)


 制服を着て階段を降りると少し背の曲がった婆ちゃんが庭先で洗濯物を干していた。居間のテーブルには弁当箱と水筒、真っ白に洗濯したサッカー部のユニフォームとタオルが畳んであった。


「婆ちゃん、ありがとう」

「なに、聞こえんかった」

「婆ちゃん、あ!り!が!と!う!」

「なに、珍しい。台風でも来るんか?」

「来ないよ!」


 何もかも当然の事だと思っていた。


(そうだ!)


 サッカー部の朝練まで時間に少し余裕があった。僕は自転車のペダルを漕いで市営住宅に立ち寄ってみた。幹の太いかえでの下には砂場とベンチがあったがそこに2階建ての市営住宅や太田の爺ちゃんの家庭菜園はなく(市営住宅建設予定地)と書かれた看板が立っているだけだった。


「やっぱり、ここは10年前だ」


 そこでLINEの着信音が鳴った。



今日は来ないの?

既読



 LINEは莉子からだった。最初はその意味が分からなかった。


「あっ!」


 そうだ、僕は毎朝8:00に莉子の家に迎えに行き莉子が通う図書館までの短い距離を2人で過ごしていた。




身体の具合でも悪いの?

既読


         ごめん!寝坊した!


それなら良かった

自転車だから心配した

既読

         ごめん!


また明日ね

既読

         ごめんね!




 28歳の莉子の手のひらを握った瞬間、26歳の僕は10年分の時間を飛び越えた。26歳の僕が生きている10年前のこの街、家族、そして莉子。このまま明日、明後日と時計の秒針を進めていけばあの夜を回避出来ると僕は確信した。

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