「少しやった程度なのだけれどこれでもいけるかしら?」
蛍がルピーとして指定されたダンジョン付近に現れる。
「そんなに強い敵が出るダンジョンじゃないみたいだから多分いけるよ!」
「まいちゃんがそう言うなら信じるわ」
「あ、この人たちかな?」
そこには貴族的な外套と鎧に身を包んだ青年と純白のペガサスを連れた女性がいた。
『やあ、君がユーリの紹介してくれた冒険者かい?』
『こんにちは』
『はは。改まらなくていいよ』
『今回はよろしくお願いしますね』
『僕はマノレス。よろしくね』
爽やかに歯を見せる青年は王族と聞いてイメージしたよりも柔和で好印象だった。
『私はツーグ。頑張りましょ』
微笑む彼女は白く清廉な印象の鎧に身を包み傍らに居るペガサスを撫でる。端正な顔立ちは武装していながらも姫であることを隠しきれない高貴さがある。
『私はルピー。よろしく』
『よし、じゃあ行こうか』
自己紹介を終えた3人は歩き始めた。
『本当は別行動の方が攻略は早いのかもしれないのだけれど、今回はそういうものじゃないからみんなで行きましょう』
『どういうこと?』
『あぁ、気にしないでくれ』
意味深なものいいだったが……とりあえずは様子見しておこう。
『ひとまず……海辺みたいなフィールドね。ダンジョンに入ったはずがこんな場所に出るのね』
ルピーが冷静に分析する。
『おや?ダンジョンにはあまり来ないのかい?こういう風に水平線が見えるような場所もあるんだよ。どうも特定の位置までしか進めないらしいけどね』
『なぜか進んでも壁のようなものに当たるらしいのよ』
『まあそこはそういう映像が投影された洞窟だからという風に思うようにします』
『うん、いい判断だ』
マノレスさんが目を閉じて頷く。
『とりあえず進む前に近くにある街に寄りましょう』
『街まであるんですか?』
『あぁ、街のようなものがあるんだよ。そこにいる人……だと思うんだけどその人に話しかけると何かもらえることがあるんだよ』
『基本的に損になることはないから見かけたら寄るといいわ』
2人は交互に説明を重ねる。ナビゲートを希望した側なんだよな……?
『下にある街は……』
ルピーは進行方向と別の方向に見えた廃墟を見据えて言う。
『あぁ、あれはもう壊されてしまっているね……』
『壊されてしまった街はもうもとには戻らないわ……』
2人は残念そうにそう言う。
『近くの民家では物はもらえないけど情報を得ることができるよ』
『こっちは壊されることはないわ』
「ちょっと……なんなの?この人たち」
流石に蛍も訝しみ始めこちらに反応を求める。
「やけに詳しいね。歴戦の人たちなのかな?」
「侮れないな……王子と姫って言うから護られて世間知らずなのかと思った」
『さ、じゃああの街に行こうか』
一行はマノレスさんが示した先にある街に入る。
『海賊と戦ってくれるのですか?少ないですがこれを……』
街に立ち寄るとそこにいた老人から二ーディをもらった。
『ありがとうございます』
『現金をもらったの?』
『うん。役立てて欲しいって』
『でもやっぱりこの街って……』
『どうかしたかい?』
『あ、いえ……』
「どうもこの人たちはこのダンジョンの違和感については全く気にならないみたいだね」
「あきらかに街にしては小さすぎるし話をする人が1人いるだけだからね……」
そう、マノレスさんが街と言うからそう呼んでいるがそこは街と言うにはあまりにも不自然な形をしているのだ。人が1人立てるかどうかくらいのスペースに門がありそこを叩くと例の老人が入っていた。もはや犬小屋である。そして2人はそれについて言及も無く……やっぱおかしいよこれ。
『さ、進もう』
あれこれ考えているうちにもマノレスさんたちは進んでいく。
『前に敵が見えるわ』
『そうか。じゃあ戦闘になるね』
『そうですね』
『これだけは言わせてくれないか?』
マノレスさんが息を整える。
『なんですか?』
『海賊なんかに負けることはないさ!』
『……そうですね』
『うん、行こう』
マノレスさんは敵に向かって歩き出す。
「な……なんなの?」
「どうしても言いたかったんでしょ」
んなアホな……。
『海賊め!覚悟!』
マノレスさんが雄叫びを上げて武器を構える。
「あれ?この海賊……武器が斧よ?」
「あ、ほんとだ」
「なんか予想を裏切られたね」
「斧を使う海賊ってなかなか古風だね」
『僕は剣だから相性がいい。ツーグは下がっていてくれ』
『わかったわ』
「な……なんかそういうのあるの?」
「いや……このゲームにはないけど……」
『えいっ!』
マノレスさんがレイピアを天に向けた後に海賊を一突きすると海賊は一撃で倒れた。
『やりましたね!』
『うん!レベルも上がったよ!』
『あれ?あなたたち……』
ルピーが2人のステータスを確認する。
『うん、レベルが2になったんだ』
『最初のダンジョンですものね』
『なんでそんなに詳しかったんですか?』
そこが疑問だ。初めてのダンジョンならナビゲートは必須だがこの人たちはむしろ積極的にこちらを導いている。レベルが今ひとつ上がっただけだなんて信じられない。
『レベルが上がったままだとは限らないということさ』
『私たちは何度もダンジョンを経験してるのよ』
『そんなこともあるんですね』
『さ、向こうの街に行こうか』
ルピーたちは海賊と戦いながら街まで進んだ。
『私も連れて行っていただけませんか?』
その街には僧侶のような老人が佇んでいた。
『この人はソフ。戦いは苦手だけど治療の杖が使えるんだ』
『なんで知ってるのよ……』
『ふふふ。この人はこのダンジョンの中からは出られないのよ。毎回ここにいるの』
『こわ……』
ルピーはその老人を見てドン引きしている。マジで人じゃないだろそれは……。
『さ、あとは北に上ってあのお城を制圧すれば僕たちの勝利だ!』
『行きましょう!』
「あのさぁ、この人たち多分このダンジョンのすごいリピーターだろ?」
「そんな気がするわね……余りにも熟知しすぎよ」
「レベルまでわざわざ下げてるから相当なファンだね……」
「なんか貴族の娯楽に付き合わされてる気がしてきた」
「多分間違ってないぞ」
『どうしたんだい?進もうか』
俺たちが内輪会議をしているとマノレスさんが先を促してくる。
『あ、はい』
『さぁ!あの海賊の大将を倒したらクリアだよ!』
『あなたがとどめを指すといいわ』
そう言って向こうに見える街同様の城のハリボテのとこで仁王立ちする海賊頭の方を示す。
『さっきから僕たちばかり戦っていたからね』
『私……勝てるかな?』
『大丈夫さ。君は魔法使いだろう?あの海賊はあそこから動かないから反撃できないんだ』
「ちょっと待って!こんなの簡単すぎない?」
「そういうルールなら仕方ないよ」
「なんか抵抗しない相手を倒しちゃうのも嫌なんだけど……」
『もしかして無抵抗の相手を倒すのは辛いかい?』
こちらで文句をいう蛍のせいで動かないルピーを見てマノレスさんが良い風に捉えたようだ。
『あなたは優しいのね』
ツーグさんもそれに同調して微笑む。
『でも大丈夫さ。このダンジョンは幻影が相手なんだ。だから僕たちは何度もこのダンジョンに来て知っているしソフもここからは出られないのさ』
ようやく種明かしといった風にこのダンジョンの正体について言及してくれた。
『そういうのもあるのね……』
それならば合点がいく。海賊も人間の姿をしてるしソフも最初の一言以外全く話さずにピッタリついてきてる。これが人だったら流石にキモすぎる……。
『さ、とどめを!』
『わかりました!やります!』
ルピーは手に持った本を開いた。
『グリモア!』
本から光が放たれたかと思うと海賊に向かって鋭い閃光となって突き進んだ。
『ぐわー。やられたー』
海賊はわざとらしくばたりと倒れた。
『海賊をやっつけたぞ!』
『おめでとう!』
マノレスさんとツーグさんもわざとらしく盛り上がってみせた。
『あ……ありがとうございます』
ルピーは困惑した様子で頭を下げる。
『どうだい?楽しかったかな?』
『これでこのダンジョンはおしまいだけど気が向いたらまた挑戦できるわよ』
2人はまた何かを知った風に感想を求める。
『あなたたちは一体……』
『実はだね、ダンジョンを管理して運営するシステムができたんだ』
『私たちはこのダンジョンを買い取って設定したの』
どうやら本当に富豪の遊びだったらしい。遊びって言っちゃうとちょっと失礼か……何かしらの目的があってのことだろう。
『もし気に入ったなら他の冒険者にも宣伝してくれないかな?ここで手に入った戦利品や経験値はしっかり持ち帰れるからさ』
『でもそれじゃあ尚更あなたたちにメリットが……』
『簡単に説明するとね、ダンジョンに設定した敵を生成しているのがここの魔素で、これを消費する度に僕たちは二ーディをもらえるのさ』
『あなたたちは冒険ができる。私たちは魔素を消費した分だけ二ーディがもらえる。素敵でしょう?』
『なるほど……ほっとくと魔法生物を自然発生させてしまう魔素を個人管理させていくということね……』
『まぁ放置されちゃったらそれはそれでいいダンジョンになるだろうということでこのシステムが始まったわけさ』
「知ってた?」
「いや、初耳……」
優梨ですら多分わかっていなかっただろう。ゲームとしてのストストしか知らない吉野が知っているはずもない。
『まぁ僕たちは第一期の申請でこのダンジョンを手に入れたから普及はまだ先だろうね』
『ユーリさんに期待しているんです。ナビゲートもお上手ですしきっとこれからはこういったスポンサーも増えると思いますよ』
こんなダンジョンを買い取っちゃうような貴族に目を向けて貰えたのはかなりのアドバンテージだな。内容がヤラセとはいえ初めてナビゲートに参加するルピーにとってはいい訓練にもなっただろう……。
「なんだかユーリの力になれたみたい」
蛍が嬉しそうに笑う。
「あいつもこの世界で地位を高め始めたな」
「よかったよかった!」
『じゃあ今回の依頼はこれで終わりだね。さっきの話だけど、このダンジョンの宣伝をしてくれたらさらに追加で報酬を払うからよろしく頼むよ』
『今回の戦利品も差し上げます』
『ありがとうございます!』
『ルピーさんもこれから頑張ってくださいね』
『ユーリさんに紹介されるくらいだから、きっとすぐ名のある人になるでしょうね』
『そんな……』
ルピーは照れくさそうにもじもじと指を突き合わせた。
『それではまた会いましょうね』
『はい!』
「どうだった?」
「すごく楽しかった……」
スマホを机に置いて満足気に天井を見上げている。
「でしょでしょ?ユーリィの助けにもなるしゲームとしてもバッチリ楽しいの!」
「画面の向こう側にいる人間がしっかり意志を持っているとわかると……なんというかほんとにすごいことだな」
武志も改めてストストの世界が実在していることを実感したようだ。
「ねぇ、これからも一緒に仕事させてもらってもいい?」
蛍が吉野に問う。
「何言ってんの!蛍ちゃんはもうまいたちのメンバーだよ!」
当たり前といったように吉野は蛍を受け入れハグする。
「初めての依頼もちゃんとできてたしな」
「なんかとても簡単な依頼だった気もするけれど……」
「とはいえだ。NPC相手にも対応できてたし大丈夫だ」
「ありがとう」
「おつかれー!いや~蛍ちゃんもすごいね!」
再び優梨と回線がつながった。
「あ、優梨。帰ってきたか」
「まさかあっちもビジネスだったとはね!でも私のところでこういう管理ダンジョンも扱えるようになったからすごく助かったよ!」
「力になれて良かったわ」
「よし、ひと段落したし弁当食べよう。時間なくなっちまう」
「あ」
吉野が声を出す。
「ま……まさか吉野……お前また……」
「メイン食べとくの忘れた……」
珍しく今日は弁当を盗られなかったようだ。
「いやそれでいいから。全く油断出来ん……」
「ちぇ~」
「あら、まいちゃんはメイン料理が好きなの?」
蛍が吉野に問う。
「うんー!」
「食べる?私のお弁当」
そう言ってお弁当箱を吉野に見せた。
「んー、でもこっそり食べるのが美味しいからいいかな」
「あらそう」
蛍は少し寂しそうに弁当を引き下げる。
「なんて厄介なやつ……」
「あーあ。武志くんの方は忘れずに食べたのになぁ」
吉野が残念そうに言う。
「んなぁッ!?」
驚嘆の声を上げた武志が自身の弁当箱を開けて肩を落とす。
「私の食べる?」
そんな武志に蛍が弁当を差し出す。
「いいのかい?」
「かわいそうだもの」
「う……そう言われるともしかして悪いことなのかな……?」
吉野は今更ながらに良心の呵責に苛まれている。
「悪いことだよ」
「僕は別に構わないよ。吉野くんが喜んでくれるならね」
だが武志はあまり気にしていないようだ。
「わぁ」
その肯定をきいて吉野は嬉しそに頬を緩ませる。
「甘やかすなよ」
「じゃあ食べちゃお」
吉野はますますやる気を出したようだ。……いやなほうの。
「はぁ……」
「あれ?窓の外に……」
吉野が何かに気づいたかのように窓の外を示す。
「ん?……何も無いぞ」
「見間違いかな?」
俺が振り返ると1つの違和感があった。
「……おい」
「ふぇ?」
「……その頬はどうした?」
吉野の頬が大きく膨らんでいたのだ。
「にへ」
「もう帰れぇぇえ!」