もはや、俺の昼休みは、完全に、安息でなくなりました……ってなばかりに、邪魔者だらけになってしまった。
そう、あの男、武志までもが昼休みのゲームに加わることになってしまったのだ……。まあこいつは吉野と違って毎日来る気は無いようだが……それでも昨日に引き続き今日も厚かましく俺の席に集まっている。
「ふふん。今日も一緒にやろうじゃないか」
既にスマホを構えて当たり前みたいにここにいる。
「いよっし、やるぞぉ」
吉野もやる気を見せている。
「お前ら俺の意見は?」
「じゃあとりあえず適当になんかやろ」
俺の言葉を無視して吉野はストストを起動する。
「おい」
「ほぇ?」
「お前らさぁ……いいか?座れ?」
まずは俺が説き伏せねばならないらしい。一先ず話を聞く姿勢を作ってもらう。
「はい」
武志は俺の言葉に従いぴしりと背筋を伸ばす。
「ふにゃ~」
吉野は身体をぐにゃりと机の上に伸ばす。
「座れ?」
「ぴし」
ようやく居直る。
「吉野には何度も言ったが、武志」
「はいっ!」
良い返事。
「俺たちはなんだ?」
「……友達……かね?」
武志が恥ずかしそうに呟く。
「いや、そういう意味じゃないんだ……。こう……なんだ……もっと切羽詰まるものがあるだろ……」
「ああ、受験生だってことか」
分かりきったことのようにあっさりとそう言う。
「わかってるじゃん」
「それが?」
しかし武志はさもどうでもいいことのように問い返す。
「え?」
「なに?」
「いや、こんなことしてる場合か?」
「ふっ……ふはは……。おいおい天太クン。君はどうやら随分心配症らしい。暦を見たまえ。まだ4月だぞ?」
失笑気味にそう言う武志だが、俺はその言葉には反論せざるを得ない。
「いやいやいや!4月だからこそ!俺たち3年は気合を入れ直すんだろが!いいか?青春は確かに1度きりかもしれないが、進学できなかった場合はその後の青春を失うんだぞ。ここは頑張る場であって最後の青春を楽しむ場じゃないんだ!」
「熱くなるなよ……」
武志は俺を宥めるように手で扇ぐ。
「んー。でもどうかなぁ。まいはそうは思わないけどなぁ」
吉野も反対するような声を上げる。
「お前はそうだろうな」
呆けた顔の吉野には何もかもどうでもいいに違いない。
「んーん。頭が良いとか悪いとかじゃないと思うの。まいだって進学するかどうかよりも離れちゃうみんなと色々つながっておこうって思ってるもん」
「はは。吉野はまず進学が厳しいんじゃないか?」
「えへへ~」
吉野は頭をぽりぽりとかく。
「はっはっは。君は吉野くんのことを知らないからそんな風に言えるんだろうな」
突然武志が笑いだした。
「なんだよ?」
「……余計なこと言わないで?」
なぜか武志の腕を吉野が掴んだ。
「ひっ」
「どうしたんだよ?」
「いや、なんでもないよ、うん」
武志は引き攣った顔でぎこちなく笑った。
「ね~」
相反して吉野はいつもの様にふんわりと笑うのだった。
「とにかくだ、お前らも勉強をした方がいいぞ」
「まあ君がそこまで言うなら僕たちも邪魔するわけにいかないか……」
スマホをスリープにして武志が席を立つ。
「じゃあねぇ、武志くん」
吉野は椅子に座ったまま武志に手を振る。
「あれッ?!」
「さて、それじゃあどうする?」
そうしてまだここに居座るつもりらしい。
「こいつ……」
「この子がどうなってもいいの~?」
吉野は俺の弁当を持っていた……。
「いや、なんやかんやいつもお前がメインを攫っていくじゃないか……」
「うん……だってもう武志くんのメインはないもの……」
「あっっ!」
武志が鞄の中を見て大きく口を開けた。
「お前こういう時だけははやいよな……」
呆れて嘆息してしまう。
「能ある鷹はなんとやら……まいはこの緩急で4倍のスピードを出してるような気分にさせるんだよ~」
「わけがわからん」
「それではやろうか」
「だぁからぁ!もうやらないって!」
あまりにしつこいので俺は周囲に音が響くくらい机を叩いた。
「……ケチ」
吉野は口を尖らせて席を立った。
「あ、吉野くん……待って」
「ついてこないでいいよ~」
武志は吉野について行こうとしたが一蹴されて2人はそれぞれの席に戻っていった。
「……これでいいんだよ。俺にはまだやることがある」
その様子を見送ってから俺は一人呟いた。
『よくないよー!!』
その時、携帯からいきなり声が響く。
「うわっ!な、なんだ?」
『どうしてせっかく仲良くなった子たちを突き放すようなことするの!成長したと思ったのにやっぱり冷たいんだから!』
「え?ちょ……は?携帯……は鳴ってないし……」
『ふふふ……驚いてるね……!そう、私は進化したのだ!なんと念話でまーくんを呼び出せるようになったよ!ちなみに呼び出し用なのであと3秒で強制的に会話は途絶えてしま……』
言った通り会話は強制的に途絶えてしまった。
「こいつ……また厄介なことを覚えやがった……」
ピロロロロリロリロ!
そしてしっかりと電話を仕掛けてきたのだった。
「きた……!」
俺は電話に出た。
「やっほー!ユーリちゃんだよ!」
「はいはい……」
「む……何その反応!私の大魔術を前にして!」
「いやあの……もしかしてなんだけどさ。こっちの映像見えてる?」
「………見えてないよ」
「嘘つけ!なんだ今の間は!あとあの2人のことなんでわかったんだ!答えてみろ!」
電話はそっと切れた。
「ぬぁあーっ!!」
「ちょっ……ちょっとちょっと天太~。どしたの?」
頭を抱える俺を心配してか吉野が俺の席までやって来た。
「いや、ユーリが……」
「きかせて?」
「こっちの映像を見ながら携帯を介さずに俺に話しかけられるようになったらしいんだ……」
「それは便利だね~」
吉野がふんわり笑う。
「いやプライバシー!あっちはいつでもみられるんだぞ!」
「それはほんとう?」
吉野は頭に指先を当てて俺に問いかける。
「え?だってそういうことだろ?」
「ちゃんときいたの?」
そうしてじっとこちらを見つめる。
「……いや……きいてないけど……」
「決めつけはよくないよぉ。もしかすると何か条件があるかもしれないし」
「うぅむ……たしかにそうかもしれない。わかった。もう一度きいてみよう」
誤解があってはいけないので優梨にリダイアルした。
「あ、もしもしぃ?まーくん?どうしたの?」
「いや何事も無かったかのようだな……。さっきの件についてだ」
「な……なにかな~?」
「その……根拠もないのに疑って悪い」
ばつが悪そうな声を出した優梨だったが、まずは俺が謝ることにした。
「ううん!いいのいいの!私も勝手なことしてごめん……。あのね、今回の通信は窓みたいなものなの。声は直接届けられるようになったけど映像はノーフとまーくんの携帯のディスプレイをつなげたみたいな……。だからね、まーくんの携帯の画面が私の世界を映してもいるんだよ」
「じゃあもしかして2人のことは声しか聞こえてなかったのか?」
「その通り!でもまーくんの許可なしに数秒間画面をつなげちゃうから確かにプライバシー的にはよくないかも……ごめんね」
申し訳なさそうに優梨が謝罪する。
「いやまあ……いいよ。せっかく覚えたみたいだし」
「ありがとう~!」
「まあ映像繋げるのは声で確認してからにして欲しいけどな……」
「すぐ返事がなかったら画面もつなげることにするよ!」
「……逆にそういう時って取り込み中なんじゃないかな……」
手が空いてなくて電話出れないからって画面繋げられたら流石に嫌だな……。
「この会話中にも映像をつなげられるように修行しておくからね!」
「別にいいんだが……」
「……ご、ごめんね。私……1人で舞い上がってたみたい……じゃあね……」
なんか急に落ち込んだ様子になった優梨は自ら電話を切ったようだ。
「……ん?何が言いたかったんだ」
「天太って、時々ヒドイよね」
吉野はため息をつきながらそう言った。
「は?」
「ん~今日はもういいや。またね」
吉野はそう言うとまた席に帰っていった。
「……なんだよ」
俺には再び訪れた、望んでいたはずの静寂がやけに居心地悪く感じた。