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桃色の脅威

『よし、ここで最後だよ』

『どれ、軽くひねってやりましょうか』

『僕は後から行くから扉開いてくれよ』

『行くぞ!』

扉を開くと……その先に広がっていたのはそこそこ大きそうな広間だった。しかし内部は道中に篝火のあった洞窟内とは違い灯りが灯されておらず扉の前にあった篝火がその入口付近を頼りなく照らすだけだった。

『薄暗いな……。あんまり中が見えないぞ』

足許に注意を払いながらその扉をくぐる。

やはり画面内は自分の周囲しか表示されずその空間の全貌どころか数メートル先さえもわからない。

『ぐるるる……』

その時、獣の唸るような音が聴こえた。

『なんか聞こえる!』

『がる……ぐぅ……』

『おい……こいつは……』

『おおきい……龍だね……』

広間の中央には大きな寝息をたてながら巨大な龍が眠っていた。

『聞いてないですぞ!まさかドラゴンをハントするクエストだったなんて!』

アイランさんがその迫力に驚き声を上げる。

『おい……!大きい声を出すな……!』

『ぐるるるる……』

『こいつ寝てるんだ……。不意打ちもできるし宝だけとることも出来る……。ほら、あそこにある銅色の宝箱、あれを取るぞ……』

俺たちはゆっくりと龍の傍を歩いていった。

『あともう少し……!よし、開けるぞ……!』

幸いにも眠ったままの龍をそのままに遂に宝箱にたどり着き手をかけた!

『……開かん』

しかし宝箱は開くことはなかった。

『え、なんで?』

『鍵だ』

宝箱の表面にはいかにもな鍵穴がついている。

『そんなのどこに……!』

『……あいつの首を見てみろ』

『あっ!』

その龍の首にはネックレスのように鎖がかけられ鍵が吊り下がっていた。

『まあオシャレな龍だぁ……じゃなくてあれ鍵だ!』

マイマイがひとりでツッコんでいる……。

『やるしかないか……』

『勝てそう?』

『わからん。何しろ大きいから強いだろう』

その体躯から見ても並大抵の強さではないだろう。しかしまぁここまで来たからには挑戦してみるのもいいだろう。……別にゲームオーバーになってもいいし。

『ふむ、私の龍スラッシュが役に立ちますぞ』

アイランさんが剣に手をかけて前に出る。……なんかしっくり来ない名前だな。

『当てる前にやられないといいけどね』

『なに、寝ている間に攻撃すれば良いことです。それではいきますぞ……!』

そう言うとアイランさんは案の定ノロノロとしながらも龍に向かっていった。

『勝てるかなぁ……』

『弱気になったらだめだよっ!』

マイマイが小声ながらに励ましの言葉をかける。

『……そりゃあ!龍スラッシュ!』

アイランさんが怒涛の叫び声を上げると、立ち昇る龍のようなオーラを放つ斬撃を龍に喰らわせた。

『ぐえぇえぇえ!』

無防備な腹部に龍スラッシュを受けた龍が絶叫とともに目覚める。

『やったか!?』

『いった……おい、お前か!わしが寝てる間にそんなことするのはお前なんじゃな!』

周囲に響いたかわいらしい声……その声を上げたのは他の誰でもなく龍だった。

『おい、普通に喋るぞ……』

『いやなんだ……剣が滑ったようですぞ』

アイランさんは目を逸らしながら頭をかく。

『聞き苦しい嘘までついて……』

『なるほど、そうか……とでも言うと思ったかぁ!貴様ら冒険者の魂胆などわかっておるわい!大方この宝箱の鍵を手に入れるために寝てるわしからオキニのネックレスを取ろうとしたんじゃろう?だが残念。みな失敗してこの中よ』

龍は腹をぽんと叩く。

『我が名はドラジェ。何人たりともこのわしのお部屋を荒らすものは許さんぞ!』

ドラジェが咆哮を上げると部屋に一斉に明かりがついた。

ボス戦……ってことかな。

『やっぱ怒らせちゃったか……』

『ていうかこの部屋……暗くてよくわかんなかったけどやけにファンシーじゃないか?』

その部屋の内部はピンク色のグッズに溢れておりかわいらしい装飾の家具や小物がたくさん置いてあった。

『かわいい~』

マイマイが龍そっちのけで部屋の装飾に見とれている。

『お、わかるかの?かわいいじゃろ?』

興味を持ったマイマイを見てドラジェが反応する。

『うんっ!このぬいぐるみとか特に!』

マイマイが示したのはなんか……正直あんまりカワイくはないイキモノのぬいぐるみだった……。

『ほぉ~っ!わかってくれるか!そうなんじゃ。みんなそれがキモいだなんだと言うんじゃが……それがかわいいというのがわからんのじゃ!』

『ね~!そういうのを真っ向から否定するの良くない!』

『じゃろじゃろ!』

思わぬ所で意気投合したらしく、ドラジェとマイマイがきゃいきゃいとおしゃべりをはじめた。

『……おい、何を話してるんだ』

『あ、ごめ~ん。ドラジェちゃん、ちょっと友達になれそうだった……』

『……いかんいかん。わしとしたことが敵の娘っ子なんぞに気を許してしまったわい。次はないでな!』

ドラジェはぺしと両手で頬を叩くとこちらに向き直った。

『あ、この服もかわいい~!ネックレスといいドラジェちゃんオシャレだね』

その声を聞いてドラジェは再びマイマイの方へ向き直る。

『じゃろじゃろ~?わかっとるの~貴様』

『マイマイって呼んで!』

『マイマイちゃ~ん!このお菓子食べてみるのじゃ~!』

『あま~い!』

ドラジェとマイマイは気づけばお茶会を始めていた。……あいつ操作してるだけだから味覚ないはずだろ……。

『……帰っていいか?』

『おっとすまない……。また惑わされてしまったわ……。さぁかかってくるがよい!わしの首を落とさねば宝箱は開けられんぞ!』

俺が呆れているのを見てドラジェは今更ながらにボスらしい態度を取り始める。

『望むところだ!』

やはり戦わなくては宝は手に入らない。俺たちは一斉にドラジェに飛びかかった。

『……待って!』

『は?』

マイマイが俺たちとドラジェの間に割って入る。

『あの……宝箱、いらないから』

『おいおい、何言ってんだよ』

『そうですぞ。何のためにここまで来たのですか』

『……でもマイマイ……ドラジェちゃんは倒したくない……』

マイマイが悲しそうにそう言う。

『ば……ばかなことを言うでない!貴様ら冒険者は喜んで殺戮を繰り返す血も涙もない連中じゃろうが!わしもそんな貴様らを幾度も腹に収めてきたのじゃ……。この先にあるのは食うか食われるか……それだけなんじゃ……』

マイマイの悲痛な願いを聞いたドラジェは困惑したようにそう言う。

『そんなことないっ!』

だがマイマイはそれを強く否定した。

『マイマイちゃん……』

『ドラジェちゃんは龍だけど、素敵な心を持った女の子だよ………。そんなドラジェちゃんをこうしてしまったのは、私たちみたいに勝手にあなたから大切なものを奪おうとした冒険者の方……だからマイマイは、もう奪いません。友達に、なろ?』

そう言ってマイマイは手を差し出す。

『……幾度も冒険者を見てきたが……そなたのような者ははじめてじゃ。……あいわかった。わしも矛を収めよう。その他の冒険者よ。ヌシらに戦う意思があれば別じゃが、どうする?』

ドラジェは俺たちを今一度見回す。

『いや……俺ももういいや。こいつがここまで言うんじゃ邪魔できない』

戦わなくてもクリアできるなら戦うメリットもない。俺は両手を挙げて戦う意思がないことを示した。

『こういうイベントもあるんだな。僕も敢えて戦わない選択肢を選ばせてもらおう』

ジヴルも武器を収めた。

『拙者は……斬っちゃったけど許してくださるのかな?』

アイランさんはおずおずとドラジェを見上げる。

『そなたの鎧はわしと同じピンクだし許してやるわい』

『そらみたことです!ピンクも役に立ちましたぞ!』

アイランさんは勝ち誇ったようにこちらを見てきたが無視した。

『じゃあ、マイマイたちは帰るね』

『待て待てどこへ行く。土産のひとつも持たさんで友人を返す訳にはいかんのじゃ』

ドラジェは帰ろうとしたマイマイを慌てて引き止めた。

『え?』

そして自らネックレスを首からはずしてマイマイの方に差し出した。

『使え。欲を張らない者にこそわしはこれを受け取って欲しかった』

ドラジェはにっこり微笑むとマイマイに鍵を渡した。

『ありがとうドラジェちゃんっ!』

マイマイはドラジェを抱きしめた。……とても手の回る大きさじゃないが。

『ふふっ。いつでも遊びに来るのじゃぞ』

『じゃあ、これ、開けてみていい?』

『良いぞ。……少々照れくさいものなんじゃがな』

マイマイは宝箱を開けた。

『これは……!』

『……リボン?』

中に入っていたのはピンク色のかわいらしいリボンだった。

『俺たちには不要なものだったかな』

『これってもしかして!』

マイマイがドラジェを見上げる。

『流石マイマイちゃん。わかってくれたかの?』

『うん!ドラジェちゃんがつけてるのと一緒だ!』

『え?つけてた?』

『失礼っ!』

ジヴルが言った無神経な言葉にマイマイが口をとがらせる。

『……ごめんなさい』

『ありがとう!大切にするね!』

『わしの加護を授けておく。きっとマイマイちゃんを守ってくれるよ』

『えへへ……じゃあ、これ、持ってて?』

マイマイは自分の服から装飾をはずしてドラジェに渡した。

『これはなんじゃ?』

『マイマイのブローチだよ!』

『……ふふ。ありがとうな』

ドラジェはさっきまでこちらと戦おうとした時からは考えられない程の笑顔だった。

『じゃあまたね!ありがとう!』

『……その……なんか悪かったな』

こんなにも人の心に似たものをを持った相手に攻撃を仕掛けたことが申し訳なくなりつい謝ってしまう。

『いいんじゃよ。わしも冒険者にも良いヤツがいるんだと知れたしの』

『私の龍スラッシュ……大丈夫でしたかな?』

『なんともないわい!わしを誰じゃと思っとる!』

ドラジェが胸をぽんと叩いた。

『はは……流石ですな』

『ばいば~い!』

俺たちはダンジョンから出た。



『いやあ、楽しかった~!アイランさんもありがとう!ボス戦できなくてごめんなさい!』

『いえいえ、いいんですよ。私も久しぶりに心温まりました。人間と魔物の友情……素晴らしいですな。私もいつかは回復のできるような魔物とともに旅をしてみたいものです』

アイランさんは豪快に笑いながらそう言った。

『ははは。できるといいね』

『どっから出てきた願望だよ……』

『まあ道中でアイテム稼げたし僕も問題ないね』

『今度ユーリィに依頼する時はぜひ呼んでね!』

『頼もしいですな。その時はユーリどのに尋ねてみましょう』

アイランさんにもユーリをしっかり宣伝出来たな。

『じゃあこれで解散ということで』

『おつかれさまでした』

パーティは解散された。


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