優梨と吉野に付き合わされるようになってから俺は多忙を極めた。
勉強、勉強、息抜き、勉強……。このサイクルはいつの間にかゲーム、勉強、ゲーム、ゲーム……へと変わりつつあった。
いやまだ4月だから……なんてのは言い訳に過ぎない。俺は優梨に誓ったのだから、良い学校に入らなければならない。……いやでもその優梨が今こうして……あぁ……わからなくなる。
とにかくこうしてこいつといられることは俺にとっては幸せと言えた。……だが、現実世界にこいつはいないのだから、いつまたいなくなるともわからない。
だから……俺は俺の道を作らなければならないんだ。
「あ、おはよ~天太」
朝から教室で勉強していると吉野が声をかけてきた。
「吉野か。おはよう」
「ねぇねぇ、昨日またレベル上がったんだよ」
「お前早いな」
「ユーリィのためにも強くなって助けてあげなきゃ!」
そう言って胸の前で両拳を握りしめる。
「……ゲームにハマっただけじゃなくて?」
「それもあるよね」
しれっと目を逸らした。
「まあでも驚いたな。ゲームと現実が繋がってるなんて思いもしなかった。それであいつを手助けできるなら確かにいいんだが……」
「なんか問題ある?」
「現実世界の俺たちには何にも得はないってこと」
「天太……損得で友だちを助けるかどうかを決めるの?」
吉野は軽蔑の視線を俺に向ける。
「う……いや、違くてだな。学生生活の残された僅かな時間をゲームに浪費するのはどうだろうかとかそういう……」
「言い訳無用~!そんな子にはおしおきでぃ!」
吉野がポカポカと俺の頭を何度も叩いてきた。
「ちょ、おま……やめろ……結構痛いから……!」
「ユーリィはもっと痛いんだよ!」
「いやあいつ自身は戦ってねぇし……」
「だよね」
「言ってみたかっただけだろ」
「うん……」
「叩くのやめろ?」
「……いや……」
吉野はまだその手を止めない。
「あぁあもうっ!いい加減にしろ!」
俺は極めて紳士的に接しようとした訳だが吉野があまりにしつこいので声を荒らげてしまった。
教室内に俺の声が響き渡り周囲の目がこちらに集まる。
「天太……しーっ」
小さい子を宥めるかのように吉野は人差し指を鼻の前に突き出した。
「……お前が悪いんだろが……」
「それで~今日はどうする?」
「知らんっ!」
俺は行くあてもなく席を立った。
「……怒らせちゃった?」
当たり前だ。
「ふぅ……全くあいつは……何でそう俺につきまとうんだ……」
男子トイレに逃げ込んだ俺は洗面所で嘆いていた。
「困っているようだね」
「ん?誰だ?」
突然誰かも知らない男が話しかけてきた。
「僕は須賀 武志。君はどうやら吉野くんとの付き合いに悩んでいるみたいじゃないか」
キザな話し方をする男だ。髪もなんだかさらりと流していてポーズを決めている。
……ナルシストなんだろうなこいつは。
「……その事を知ってるってことは俺のことは知ってるみたいだな。それで?須賀くんは俺に何の用なわけ?」
「ん~。武志でいいよ。いやね、君たちが仲良さそうにしているのが目に入るとだね、なんだかすごく……うらやましくて」
「は?」
そいつの口から出たのは以外にも羨望の意思だった。吉野のことが好きなのか?
「もし……もしよかったら僕も友達にしてくれないかなぁ……!あのね、もし僕が君と一緒にいたら、ほら、吉野くんの相手をする人が1人増える訳だろう?そうしたら……君は吉野くんに構わないですむわけだ!ね、ね、いいだろう?君だって別に吉野くんと特別親しくしたい訳じゃあないんだろ?」
そいつはギラギラとした目つきで熱く語りながら俺に詰め寄って来る。クールに決めてたと思ったやつが豹変して情けない懇願をする様は初対面の俺からしても近寄りたくないという感想しか出てこなかった。
「いや……あのな。吉野は置いとくとしても、お前と親しくしたいとは言ってないぞ」
「んなぁっ!それは……僕がウザいってことかい……?」
わざわざ訊いてくるあたりは正直なヤツだ。俺もこいつに嘘を言うわけにはいかないな。
「包み隠さず言おう……うん、ウザいよ。その喋り方とか特に……」
「これはだね君……ポリシーってやつだよ……」
俺の言葉がやや響いたらしくちょっとその勢いは衰えた。
「まあ吉野に気があるんなら直接言やぁいいんじゃねぇの?あいつオープンだからすぐ友達になれるだろ」
「き……気があるだなんて……そんなわけないだろう?はは……今のことは忘れてくれたまえ。ではまたね」
武志はそそくさと去っていった。
「なんだったんだあいつ……」
あのアピールで気がないなんてのは無理があるだろ……。
そして昼休み。
「よーし、今日もやるぞ~!」
一人やる気を出す吉野がいた。
「とりあえずこの前みたいに急に電話が来るかもしれないから飯は食っておこうぜ」
「今日のメインはなにかな~」
「おい、そのセリフを言いながら俺の弁当箱に近づくな」
「あ、あのっ」
今まさに争いが繰り広げられようとした最中、間に割り入るように声が投げかけられる。
「ん?」
「その……だね。もしよかったら……僕が昼食をご一緒してあげてもいい……けど?」
声をかけてきたのはさっきトイレで会った武志だった。しかしその誘い文句はあまりにもヘタクソすぎる。
「は?」
「……ともだち?」
「さっき知った」
「な、なぁにを言うんだね。僕たち友達だろ?」
俺の友達と言い張って同席して吉野に取り入ろうって魂胆か。見え見えなのはいいとして、それをこんな浅はかなやり方で実践されるのは気に食わない。
「なぁ、とりあえず上から目線みたいなのやめようぜ」
「す…すまない」
俺が指摘すると武志は申し訳なさそうに肩を落とす。
「この人あれだ。武志くんだ」
吉野が武志を見てその名を呼ぶ。
「知っているのか!?」
「クラスメイトくらい覚えなよ」
「あ、そうだったんだ」
吉野はゲームのことといい意外と記憶力が良いな。
「無理もない……君と僕とは同じクラスになるのははじめてだからな。だが……吉野くんとはかれこれ3年の付き合いとなるのだよ」
「話したことあったっけ?」
吉野が思い出すように頭に手を当てながら考え込む。
「え、えーと……これから話すんだよ」
「じゃあ付き合いとはいわないね!」
吉野はにっこりとしながら武志を突き放した。
「まあいいじゃないか。僕も一緒にお昼食べてもいいだろう?」
「いいけど……」
あまりに一方的な武志の誘いは断り切れなかった。ちらりと吉野の方をみると吉野の顔は曇ったようだった。
「まいは嫌だな」
珍しく真顔できっぱりとそう言う。本気で嫌らしい。
「はっきり言うね!」
武志は手で額を叩く。多分こいつの中では冗談だと思ってんだろうな……。
「だってゲームやれなくなっちゃう」
言い訳には違いないがそう言って武志を見ないようにスマホの画面に注視する。
「ん?何をやっているのかな?」
「ストスト」
「おーっと、これはこれは奇遇だね。僕もやってるんだ。ストスト」
彼は懐からスマホを出してぶらぶらと揺らす。
「へー」
興味無さそうな声。
「どうかね、一緒に」
「……」
吉野は武志の方を見ずに携帯を握りしめている。
「い……いいじゃねぇか。な、吉野」
流石に武志がいたたまれなさすぎるのでここは俺もなんとかフォローをしてやることにした。
「むうぅぅう!いいよっ!」
至極嫌そうな感じだが吉野はなんとか了承した。
「おー、ありがとう。じゃあ遠慮なく」
そう言って近くの椅子を引きすわりこむ。
どう考えても遠慮するべき態度を取られてるんだが……厚かましいなこいつ……。
「しかしどうしようかね。今日は優梨が電話してこない」
「適当にどっかのダンジョン入るしかないかぁ」
「誰か他にもいるのかい?」
その問いに答えず吉野はゲームを続ける。
「じゃあまいがいるダンジョンきてね」
「どこ?」
「はいこれ」
そう言うと吉野は俺にだけその画面をひょいと見せてすぐに操作を始めた。
「えっと、僕にも教えて?」
「よーし、いこう~!」
「僕まだ教えてもらってないよ……」
武志は困惑しつつも吉野の携帯を覗き込もうとする。しかし吉野はその全てを無視しつつ携帯の画面も一切みせてはやらない。
「おいおい、露骨に無視してやるなよ。ちょっとひどいんじゃないか?」
「だって……だってぇ……」
吉野はまだ武志を受け入れられずにいるようだ。……気持ちはわかるが。
「もしかしたら優梨に協力できるくらいの実力があるかもしれないしキープしといてもいいんじゃないか……?」
吉野を納得させるようにそれっぽいことを囁いておく。
「はっ……!それもそうかも……!」
「ん?なにをこそこそ言ってるのかね」
「いやぁ、ごめんごめん。教えるよ。ちょっと集中してて気がつかなかったんだ。えへへ」
明らかに無視しておいて気づかなかったでは済まないと思うが、吉野は笑いながらごまかす。
「そうかそうか」
そう言うと武志はにっこりと微笑む。特に何も疑問には思っていないというような清々しい笑顔だ。
「こいつメンタルすごいな……」
「えーと、どれが武志くん?」
「ふふ……実はもういるのだよ」
集合場所には俺と吉野以外には他数名のプレイヤーしかいない。しかしそのどれもがまた別のグループの者たちと交流しており武志らしきプレイヤーはいなかった。
「えー?いないよー?」
「ここだ!」
武志が叫ぶと唐突に画面上にプレイヤーが表示された。
「え?なにこれ、バグ?」
「アサシンでしょこれ!」
全くわからない俺と対照的に吉野が即答する。
「流石だね吉野くん。そう。僕は闇に忍び獲物を狩るアサシン!時には敵の目を欺くため味方の目にさえ映らなくなることも可能なのだ!」
「へぇ、そんなこともできるのか」
「でも戦闘性能はどうかな~」
「ま、まあ……そこそこかな」
図星らしい。
「とりあえず行ってみよう」
吉野の示したダンジョンに向かった。